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-History-
私達リーハイバレー・ジャパニーズ・ミニストリーは2006年からベツレヘムを拠点として、アレンタウンやイーストンなどのリーハイバレーのエリアで仕えてきました。
2011年にピュア・パッション・ミニストリー番組で放送されたハイディ・ベイカーのインタビューに日本語字幕を付ける作業をした事がきっかけとなり、テレビ、インターネット番組、及び映画の字幕翻訳や、キリスト教関係の本の翻訳などを行うようになりました。
リーハイバレー・ジャパニーズ・ミニストリーズはエル・シャダイ・ベツレヘム・ミニストリーズの霊的覆いの下にあります。エル・シャダイ・ベツレヘム・ミニストリーが2003年に設立された当初から、神様は創設者の心にリーチアウトする国を3つ示されており、日本はその一つの国でした。
From 2006, Lehigh Valley Japanese Ministries, centered in Bethlehem, PA, began its service to Bethlehem, Allentown, Easton, and other areas of the Lehigh Valley. Starting in 2011, after seeing a Pure Passion Ministry interview with Heidi Baker, we began to translate television shows, interviews, videos, and Christian books into Japanese. Lehigh Valley Japanese Ministries functions under the spiritual covering of El Shaddai Bethlehem Ministries. Japan is one of the 3 countries which God impressed upon the hearts of the founders of El Shaddai Bethlehem Ministries when that ministry began in 2003.
-Focus-
主から頂いた日本人としてのギフトはたくさんありますが、中でも勤勉さ、丁寧さ、繊細さ、忠誠心は国民性として顕著に現れています。この良さを生かし、日本人が世界中で輝き、用いられることは私達の願いであり祈りです。
しかし特に日本には不品行と姦淫の罪がある上、恥の文化とも呼ばれる恥の霊で覆われています。また偶像礼拝、占い、スピリチュアリズムなどのオカルトも日常生活の中で気軽に行われています。特にこのエリアに関して気づきと悔い改めに導き、癒しと解放を与えるリソースを多く世に送り出したいと願っています。
As Japanese we have been given many gifts by God. In particular, Japanese are diligent, polite, sensitivity and very loyal. They try very hard to seek unity as a group. Our prayer and wish is that we are able to be the light in the world and be used by God. There are major sins of adultery and immorality that exist in Japan, causing guilt and shame to fall upon the people of Japan. Casually, and on a daily basis, the average Japanese person encounters idol worship, fortune telling, and occult practices such as spiritualism. We want to send out resources that will bring them to repentance and revelation and from there healing and deliverance.
~奇跡・癒し・解放に関する当ミニストリーの見解~
①常にその「現象の結果」や「メッセージを発する者」が誰に栄光を帰しているかを見分けます。
自分やミニストリー・特定の団体に栄光を帰しているか、それともイエスに栄光を帰しているか。
「人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい」第一ヨハネ4章1-2節
と聖書にあるように、ミニストリーをしている者が告白している霊が誰かを見極めます。
②実がなっているか。
「あなたがたは、実によって彼らを見分けることができます。ぶどうは、いばらからは取れないし、いちじくは、あざみから取れるわけがないでしょう。 同様に、良い木はみな良い実を結ぶが、悪い木は悪い実を結びます。 良い木が悪い実をならせることはできないし、また、悪い木が良い実をならせることもできません。良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。こういうわけで、あなたがたは、実によって彼らを見分けることができるのです。」マタイ7章16-20節
悪い木に良い実がならないように、悪いミニストリーから真の救いは起きません。人の人生が、ミニストリーによって救いを受け、変えられていくかご自分で見分けてください。
③私たちは「現象」だけを見て、簡単に批判したり裁いたりすることをしません。
もし聖霊の働きを批判するなら、神に敵対する者となり、自分が裁きを受けることになります。パリサイ人たちは、悪霊を追い出していたイエスに「悪霊の王ベルゼブルを使って追い出している」 と言いました。
「わたしをどんなに悪く言おうと神は赦してくださいますが、聖霊を汚すことだけは絶対に赦されない」(マタイ12:22〜24)とイエスは警告しました。とても厳しい言葉だと思います。
「先生、わたしたちはある人があなたの名を使って悪霊を追い出しているのを見ましたが、その人はわたしたちの仲間ではないので、やめさせました」イエスは彼に言われた、「やめさせないがよい。あなたがたに反対しない者は、あなたがたの見方なのである」(ルカ9:59-50)
~夢・幻・啓示に関する当ミニストリーの見解~
神は無限です。聖書は神の御ことばですが、文字数、文章やページ数などによる制限があり、聖書を持って神の全てを語ることはできません。私たちは聖書に書かれていないからと言って「これは神からのものではない」と簡単に裁いたり批判したり拒絶したりしません。
神は聖書に記されている以上の多くのことについて語られようとしています。神はご自身とご自身の計画について、夢や幻・啓示を通して神の民に、今日も明らかにしてくださるからです。しかし今日の神の啓示は、常に御言葉(聖書)やご自身の明らかにされている性質と一致しています。
「主であるわたしは変わることがない。」(マラキ3:6)
「わたしには、あなたがたに話すことがまだたくさんありますが、今あなたがたはそれに耐える力がありません。しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は、自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。」(ヨハネ16:12-13)
「この書には書かれていないが、まだほかの多くのしるしをも、イエスは弟子たちの前で行われた。」(ヨハネ20:30)
「イエスの行われたことは、ほかにもたくさんあるが、もしそれらをいちいち書きしるすなら、世界もその書かれた書物を入れることができまい、と私は思う」(ヨハネ21:25)
神は今日も私たちにあらゆる方法で語ってくださいます。しかし、多くの人が神は過去にすでに語られ、全てそれは聖書に記されていると思い、神を制限してしまうのです。神は今もなお私たちに、御言葉や聖霊、神のしもべや環境を通して語りかけられてくださいます。
「まことに、神である主は、そのはかりごとを、ご自分のしもべ、預言者たちに示さないでは、何事もなさらない。」(アモス3:7)
「隠されていることは、私たちの神、主のもとである。しかし、現されたことは、永遠に、私たちと私たちの子孫のものであり、私たちがこのみおしえのすべてのことばを行うためである。」(申命記29:29)
「その後、わたしは、私の霊を全ての人に注ぐ。あなたがたの息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。」(ヨエル2:28)
では何を基準にして見分けるかというと、
①その啓示は主イエス・キリストを讃えているだろうか?それとも特定の人や団体を讃えているだろうか?
②その啓示はイエスの教えやイエスご自身のミニストリーと一致しているだろうか?
③その啓示は聖書と一致しているだろうか?聖書で明かされている神のご性質と目的に一致しているだろうか?
聖霊はイエスについてあかしします(ヨハネ15:26)。
聖霊からの新しい啓示は全て、イエス・キリストが成し遂げられた業に何も加えることがありません。イエスの御業は完全に完了しているからです。しかし新しい啓示は、イエスによって成し遂げられた業について、もっと深く実用的な理解を明らかにする場合があります。そのようにして私たちは真理と神の原理を日常生活において適用する方法を知るのです。したがって、聖霊からの啓示はイエスの人生(イエスが肉体をもってこの世にお生まれになったこと、十字架上の死、肉体の復活と昇天―イエスの贖いの業や、サタン、罪、死に対するイエスの勝利)と一致します。