とちぎボランティアネットワーク

とちぎボランティアネットワーク 認定NPO法人とちぎボランティアネットワーク あなたの「やれば、できる」を応援します。いつでもあなたの側にいる、市民によるボランティア・NPO/NGO支援センターです。
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■■みんなで土地を買って守る。「トトロの森」でナショナルトラスト 5月19日の「みんながけっぷちラジオ・環境、自然体験」では、公益財団法人トトロのふるさと基金の木村直樹(きむらなおき)さんをゲストに迎えた。木村さんは、幼少期を埼玉県で過ごし...
04/06/2026

■■みんなで土地を買って守る。「トトロの森」でナショナルトラスト

 5月19日の「みんながけっぷちラジオ・環境、自然体験」では、公益財団法人トトロのふるさと基金の木村直樹(きむらなおき)さんをゲストに迎えた。木村さんは、幼少期を埼玉県で過ごし、山梨県の大学を卒業、北海道のネイチャーセンターや埼玉県の少年自然の家などを経て2020年から現在の活動に取り組んでいる。トトロのふるさと基金では、東京都と埼玉県の境にある狭山丘陵で、みんなの寄付で森を購入するナショナルトラストを行っている。周辺の土地の開発が進む中、土地を買い取ることで自然を守っているという。今回は、基金設立の経緯や森林管理、活動の課題についてお話を伺った。

■『となりのトトロ』の聖地、狭山丘陵 

 基金の名前である「トトロ」にまず興味がわいた。狭山丘陵がアニメ映画「となりのトトロ」のモデルの一つになっていて、宮崎駿監督は狭山丘陵の近くで過ごした経験からインスピレーションを受けたという。宅地造成などの開発が続いていた狭山丘陵の自然を守るため、みんなで土地を購入し管理する「ナショナルトラスト」を行うべく1990年に基金を立ち上げた。そこで、基金を立ち上げるときに監督に直談判し、トトロの名前とイラストの使用を許可してもらった。そのため、基金ではトトロの看板やグッズを販売している。
 この地域は昔から雑木林が多く、農家は60年前までは薪炭林や落ち葉を堆肥として活用していた。しかし放置していると生物多様性を損うだけでなく、倒木や荒廃のリスクがあるという。そのため、みんなで土地を購入し管理するナショナルトラストを行っている。基金が管理しているトトロの森は現在13haで、狭山丘陵内に点在している。民家に近い所では、木を伐採したり落ち葉清掃などの管理が大変だという。

■使われない雑木林に「ナラ枯れ」発生。資金調達と、森の役割の付与が課題

 2020年から2022年をピークに、狭山丘陵では「ナラ枯れ」という木の病気が木村さんたちを苦しめた。弱ったコナラに5mmほどのカシノナガキクイムシが入って菌を運びその菌が水を吸い上げる木の道管を詰まらせ枯れてしまう。狭山丘陵では広範囲に被害を受け、木の伐採やビニールでの保護などの対策を強いられた。
 ナラ枯れが流行した要因は「木が定期的に伐採され管理されていないこと」と木村さん。
 里山の木は昔から人々の生活に欠かせない燃料であり、里山は人の手が定期的に入っていた。しかし、人の手が入らなくなることで巨木化し、日照のバランスが悪化、植生が保たれなくなる。基金が伐採・管理をしているが、広大な土地を全て管理することは困難だという。努力は2つ。土地に役割を与えて管理する理由を探すこと、資金をどう調達するかが課題である。
 都会の人から憩いの場として密かに人気のある狭山丘陵トトロの森。開発が進むコンクリートの街で生活する私たちの横にそっと寄り添う自然がそこにある。

■ ■

放送後記…里や森林は直接的に役に立ち、かつお金になる場所ではないことが多い。どんどん土地は平らにされ、建物やコンクリートが敷き詰められます。利益や数字の向こうにある数値化できない思いに目を向ける社会を期待しています。(ラジオ学生 蓮井菜乃花)

■■復興の本質は「人」。人々の関係や記憶、未来への希望を少しずつ編み直していく長い営み■2024:「失われた日常へと戻る」活動 今回のボランティア活動を通して強く感じたのは、2024年の緊急対応の段階から、2025年の農作業を中心とした生活...
26/05/2026

■■復興の本質は「人」。人々の関係や記憶、未来への希望を少しずつ編み直していく長い営み

■2024:「失われた日常へと戻る」活動

 今回のボランティア活動を通して強く感じたのは、2024年の緊急対応の段階から、2025年の農作業を中心とした生活再建、そして現在に至るコミュニティの再建へと復興が確かに一歩ずつ前進しているということである。その変化は劇的なものではなくむしろ静かで緩やかなものであったが、だからこそ一層深く人々の暮らしの中に根を下ろしているように感じられた。
 2024年に初めて現地を訪れたとき、そこにあったのは災害の衝撃がまだ生々しく残る風景であった。室内に積もる埃や瓦礫を取り除く作業は、単純でありながらも重く、終わりの見えない営みに思えた。しかしその一つ一つの作業は失われた日常へと戻るための不可欠な一歩であり、まさに「ゼロからの再出発」を支えるものであった。

■2025:「未来への種をまく」活動

 それから一年後の2025年、同じ土地に立ったとき復興は次の段階へと移行していた。瓦礫は片付けられ、再び土に触れ、草を刈り、豆をまくといった農作業に取り組んでいた。これらの活動は単なる労働ではなく「未来の種をまく」という意思の表れであり、生活を取り戻そうとする力強い営みであった。復旧から生活再建へ――その移行は、地域が再び息を吹き返し始めていることを示していた。

■2026:「コミュニティの再建」活動

 そして今回、2026年に訪れて感じたのは、その先にある「コミュニティの再建」がさらに一歩進んでいるということである。仮設住宅に併設された交流センターでは、足湯や酒場のような交流の場も定着しつつあり、そこでは住民同士だけでなく、外部から訪れた人々も交わり、新たな関係が築かれている。安価で気軽に立ち寄れる酒場は、人々が日常的に集い、言葉を交わす場として機能しており、そこには確かな「つながり」の回復が見て取れた。

■賑わいの場だけでなく、人間関係をもう一度耕し直す試み

 かつて、災害前に他の村や見知らぬ人と友人関係を築いたという話があったように、この地域には元々人と人とを結びつける土壌があったのだろう。現在行われているこうした取り組みは、その土壌をもう一度耕し、新たな形で関係を育て直す試みのようにも感じられる。人口減少や高齢化が進む中で、こうした交流の場は単なる賑わいづくりではなく、地域がこれからも存続していくための重要な基盤となっている。

■竹切り・草刈りは、人々が地域に関わり続けるための「きっかけ」

 また、去年の枯れた土地で大豆を試しに植えるところから始まり、現在では稲が安定して育てられるようになった風景を見て、土地が息づきを取り戻したと感じた。竹切りや草刈りといった作業も、単なる環境整備にとどまらず、人々が地域に関わり続けるための「きっかけ」としての意味を持っているように思えた。作業を通じて生まれる会話や協働の時間は、目には見えにくいが、確実に人と人との距離を縮めている。
 復興とは、壊れたものを元に戻すだけの過程ではない。それは、人々の関係や記憶、そして未来への希望を少しずつ編み直していく、長く続く営みである。2024年の緊急対応、2025年の生活再建、そして2026年のコミュニティの再生へと続くこの流れの中で、自分はその一端に触れることができた。そこには、目立たなくとも確実に前へと進む力があった。

 今回の経験を通して、復興の本質は「人」にあるのだと改めて感じた。この地に生きる人々の営みと、その中で生まれるつながりこそが、未来を形づくっていく。これからも、この静かな変化に目を向けながら、自分にできる関わり方を模索し続けていきたい。(李睿天:りえいてん/宇大大学院2年・災害研究)

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■■「つながりは根っこ」。大田原の見えないつながりに気づく。【大田原市社会福祉協議会】  今週の生配信ゲストは、大田原市社会福祉協議会の皆さんです。「地域のつながりは薄くなっている」とよく耳にしますが、大田原の中に今も残る「自然なつながり」...
19/05/2026

■■「つながりは根っこ」。大田原の見えないつながりに気づく。
【大田原市社会福祉協議会】

  今週の生配信ゲストは、大田原市社会福祉協議会の皆さんです。「地域のつながりは薄くなっている」とよく耳にしますが、大田原の中に今も残る「自然なつながり」に目を向けながら、その大切さについて教えていただきました。
「運転中に目に止まるものは?」
「普段やっていることには、どんな効果がある?」
そんな質問からスタートしました。
 散歩をしている人。立ち話をしている人。芝刈りをしている人。野球を教えている人。普段なら何気なく通り過ぎてしまう風景の中に「健康づくり・介護予防・情報交換・仲間づくり・見守り・生きがい・世代交流・・・」というような見えない価値がたくさんあることを、皆さんと一緒に考えていきました。

■「不便だけど幸せです」という住民

 大田原の須賀川地区は高齢化率50%を超える地域です。けれど「不便だけど幸せです」と地域の方が語ったというエピソードを話してもらいました。写真を見せてもらい、100歳のおじいちゃんが散歩の途中で腰掛け、通りかかった人たちとおしゃべりをするらしいのですが、ポケットには誰かが立ち止まった時のための飴が入っているという、ほのぼのとした暮らしの中のつながりがありました。
 また、地域のお祭りについても紹介し、屋台の裏側で、お母さんたちがおしゃべりをしながら豚汁やおにぎりを作る時間。中学生が地域の大人から旗の立て方を教わる姿。これは、お祭りの運営を通じて「伝統の継承」「世代交流」「顔の見える関係」「安心感」・・・そんな役割もあることが見えてきました。

■根っこ=地域のつながりが枯れると全部が弱る

 また、大田原市社会福祉協議会では制度やサービスだけではなく、根っこの部分である地域のつながりを大切にしていると言います。木で例えるなら、葉っぱ=制度やサービス、幹=地域活動、根っこ=人と人との自然なつながりです。根っこが弱れば、木全体が弱ってしまう。だからこそ、何気ない会話やちょっとした気にかけ合い日常の小さなつながりを育てていくことが、これからますます大切になる。そんなメッセージが伝わってきました。

■編集後記

 地域づくりや福祉という言葉を、より日常の目線で考えられる時間だった気がします。普通の暮らしの中に実はたくさんの支え合いがある。「自治会に意味がない」「つながりが面倒」と感じる時代だからこそ、逆につながりがある安心感も見つめ直す必要があるのかもしれません。まだまだ大田原市には人のつながりが残っているなと感じた時間でした。(しょうちゃん)

地域の人や活動をつないで、毎週生配信しています。このチャンネルでは、地域で動いている方や取り組みをお呼びして、そのままの声や雰囲気を届けています。「どんな人がいて、どんなことをしているのか」少しでも知...

■■誰かと話すことで、自分の思いに気づける場所一般社団法人ひびとりどり・ 芝本 沙南さん■公共冷蔵庫、スマホで利用 コミュニティ・フリッジ大田原(公共冷蔵庫)をやっている「ひびとりどり」に行きました。大田原小の近く、運営しているのは芝本沙南...
19/05/2026

■■誰かと話すことで、自分の思いに気づける場所
一般社団法人ひびとりどり・ 芝本 沙南さん

■公共冷蔵庫、スマホで利用

 コミュニティ・フリッジ大田原(公共冷蔵庫)をやっている「ひびとりどり」に行きました。大田原小の近く、運営しているのは芝本沙南さん。生活が苦しく、食品や日用品を必要としている人が24時間365日受け取ることができる「公共の冷蔵庫」です。
 この場所は、ただ食べ物を渡すだけの場所ではなく、人と人がゆるやかにつながる場所として運営されています。元々は30年ほど使われていなかった蔵でした。これを地域のみんなでリフォームし、子どもたちが絵を描き、黒かった天井も明るく塗り替えられました。今では、あたたかさを感じる空間へと生まれ変わっています。
 コミュニティフリッジの利用は事前登録制で、登録した人はスマホで開錠し、QRコードなどでほしい食品を読み取るシステム。ひとり親で日中忙しいお母さんも安心して利用できるよう工夫があります。厳しすぎるルールではなく、今は使いやすさや、気持ちの交流が大切にされています。

■「世界平和を目指してるので!」、身近なつながれる場所を

 棚には食品だけでなく、ゴミ袋やマスク、学用品も並びます。
 「ちょっと助かった」「少しほっとした」。そんな気持ちになれることを願って活動しています。ひびとりどりのメインの事業である障害福祉の相談支援事業を行いながら、子ども食堂や地域の居場所づくりに取り組んでいます。
 また相談支援を受けて発達障害のお子さんを育てる保護者の孤立、友達や居場所が少ない若者たち、そうした声と向き合う中で、安心して来られる場所をつくりたいという思いから、この活動が始まったそうです。「誰かと話すことで、自分の思いに気づける」
 地域活動の中で人と出会い、話すことで、「自分はこんなことで悩んでいたんだ」「本当はこうしたかったんだ」と、自分の願いや気持ちに気づいていく。その小さな気づきが人とのつながりを生み、地域を少しずつ変えていく。
 そして最後には、「私は世界平和を目指してるので!」と笑顔で話されていました。コミュニティフリッジは、単なる支援ではなく人と人との関係を取り戻す場所なのかもしれません。

■編集後記

 今回の取材では、困っている人を助けるという一方向ではなく、出会い、話し、お互いを知ることで、少しずつ地域がやわらかくなっていく。そんな時間がこの場所にありました。「ほっこりできる場所をつくりたい!」との言葉通り、蔵を改装した空間には人の優しさや思いがたくさん詰まっていました。動画でその雰囲気を感じてね。(しょうちゃん)

「ひびとりどり」https://www.instagram.com/asukoko.ohtawara/「みなさ〜ん、ボランティアしませんか!?」栃木県大田原市にあるとちぎボランティアネットワーク県北事務所より発信。栃木県北部を中心に、福祉・ボランティア・地.....

■■ヘルプマーク。「見えない困りごと」に気づくサイン。 今回の生配信ゲストは、㈱ナイスケアリングの奥村友さん、奥村三奈さん、ふるさとホーム那須の星光代さんです。 奥村三奈さんは、普段は介護・福祉の現場で地域を支える立場として活動されているで...
19/05/2026

■■ヘルプマーク。「見えない困りごと」に気づくサイン。

 今回の生配信ゲストは、㈱ナイスケアリングの奥村友さん、奥村三奈さん、ふるさとホーム那須の星光代さんです。
 奥村三奈さんは、普段は介護・福祉の現場で地域を支える立場として活動されているですが、年末頃から体調の異変を感じ始め、2月にはペットボトルのキャップが開けられない、ケトルが持てないなど日常生活にも影響が出る状態に。検査の結果、首の圧迫による症状が見つかり、緊急手術を受けることになったそうです。
 現在は首を固定する医療用カラーを24時間装着しながら生活されています。支援する側から支援を必要とする側として今の経験をお話してくださいました。

■「下を向けない生活」(頸椎カラーで)やってみると大変‼

 実際にお話を聞いて、日常の何気ない動作がどれほど大変になるかということ。ーー階段の段差が見えない。後ろを振り向けない。お風呂で背中が洗えない。落ちたものを拾えない。重い荷物を持てないーー。そして「下を向けない」ということ等々。
 眼鏡をかけると視界がさらに狭くなり、歩くだけでも慎重になるそうです。配信では実際に医療用カラー(頸椎カラー)を装着させていただきました。視界が制限される感覚や、首が固定される苦しさ…「これは本当に大変だ」と感じました。
 
■内部障害・内部疾患です、とわかるサイン
ヘルプマークとの出会い

 今回のテーマは「ヘルプマーク」皆さんご存知ですか!?
 ヘルプマークは、外見からは分かりにくい障害や病気、内部疾患、妊娠初期の方など、援助や配慮を必要としている方が身につけるマークです。
 最初は「自分が使っていいのだろうか」と悩んだそうですが、星さんのInstagramを見て相談。生活してみると困ることが多く、勇気を出して取得。外出時には必ず身につけているとのことでした。すると…外出先のスーパーで、
 店員さんが袋詰めをしてくれる、カートを運んでくれる、周囲が気づいて助けてくれるなど、言葉にしなくても支援につながる場面が増えたそうです。

■「悩んでる人は勇気出さなくていい」

 ヘルプマークは「助けてください」と大声で言うためのものではなく、
“困っているかもしれない”ことを周囲に伝える小さなサインです。見た目では分からない障害や病気、内部疾患、妊娠初期などさまざまな方が利用されています。
「悩んでいる人は勇気を出さなくても大丈夫。困っているなら使っていいんです」と話してくれました。ヘルプマークを見かけ、何をしたらいいか分からなくても、まず気づいて必要なら声をかけてみてあげてください。

■人材不足の福祉の仕事

 介護・福祉業界について、20年以上福祉に関わる中で感じるのは、やはり人材不足であり、サービスは増えている一方で、支える人材が不足している現状があります。それでも、地域の中で悩みを抱え込まず相談してください。支援はつながることから始まります。

■編集後記

 今回のインタビューはヘルプマークを題材に「見えない困りごと」について考える時間になりました。普段生活していると、困っている人がいても気づけないことがあります。でも実際には、見た目では分からないだけで心の中でとても不安を抱えながら生活している。
 配信で実際に医療用カラーを体験したことで、生きにくいなと感じました。後半では、アメカジや御朱印の話もしていますのでぜひご覧ください。動画を通して、ヘルプマークを知る人が増えたり、街の中で少しだけ周りを気にかける人が増えたら嬉しいです。(しょうちゃん)
YouTubeは⇒

地域の人や活動をつないで、毎週生配信しています。このチャンネルでは、地域で動いている方や取り組みをお呼びして、そのままの声や雰囲気を届けています。「どんな人がいて、どんなことをしているのか」少しでも知...

■■「16年経っても苦しんでいる人がいる、原発が爆破したらこうなる」という現実を伝える! 4月29日(火)の原発避難16年目ラジオには、福島県双葉町から埼玉県加須市へ避難している鵜沼久江(うぬまひさえ)さん(72)をお呼びした。震災当時、旦...
02/05/2026

■■「16年経っても苦しんでいる人がいる、原発が爆破したらこうなる」という現実を伝える!

 4月29日(火)の原発避難16年目ラジオには、福島県双葉町から埼玉県加須市へ避難している鵜沼久江(うぬまひさえ)さん(72)をお呼びした。震災当時、旦那さんとともに双葉町で牛と米を育てていた。地元では有数の50頭もの牛を抱える農家だったそうだ。地震発生時には屋外におり、あまりの揺れの強さに立っていられず四つん這いになっていたら、足と足の間を大きな地割れが広がっていき恐怖に襲われた。その後避難を繰り返し、2011年4月に加須市へ避難。現在も加須市に暮らす。

■半年戻れず、50頭の牛を死なせた後悔の念が消えない。

 最初に避難を開始したのは地震発生後すぐだった。しかし、牛も大きな余震に驚いて脱走する危険性があったため、11日はトラックの中で寝たという。翌日、近隣の住民がより遠くへと避難を開始した。家に残っていてはみんなが心配すると思い鵜沼さんも避難したが、避難所から定期的に牛を世話しに家へ戻ろうと考えていた。そのため脱走しないように牛をしっかりとつなぎ、戻ってくるまでの水と餌を用意して避難していた。しかし、避難をしてみればそのまま避難指示は10km、20km、30kmとどんどん広がり、結局2011年8月26日まで鵜沼さんが家に帰ることはできなかった。自宅は原子力発電所からわずか2.5kmの場所にあり、家を見ることができたのは避難者の中でも最後だった。365日手塩にかけて育てた牛は、自分の子ども同然である。もちろん半年近く水も餌も無かったら、つながれた牛がどうなっているのか見なくても分かっていた。「避難警告が出たときに、もし半年も帰ってこられないとわかっていたら、牛を放して生かせたのに」と今でも後悔の念は消えない。

■「汚い、放射線を持ってくるな、近づくな」

 4月に加須に避難してからも、鵜沼さんの頭は牛でいっぱいだった。すぐに戻って牛の世話をしなくちゃならない。そのために落ち込んで体力を無くしてばかりじゃいけない。避難してすぐにハローワークに登録し、やったこともない野菜作りの手伝いを懸命にした。しかし、避難所にとどまることなく行動する鵜沼さんへの世間の風当たりは強かった。
「汚い、放射線を持ってくるな、近づくな」
 鵜沼さんが自分の畑を持とうとしても、避難者に貸してくれる人は誰もいなかった。

■避難先では「できるだけ静かに、波風を立てない、避難者だとばれない」が暗黙の了解。

 避難から16年経つ今でもなお、当時の様子や原発避難の苦しさを話し続けている。つたない取材にも関わらず、「少しでもわからないことがあればなんでも聞いてちょうだい」という姿勢は、我々にとっても本当にありがたい存在である。
 しかし、同じ避難者に「そんなにたくさん取材を受けて、どれだけお金をもらっているんだい」と言われたこともある。
「お金なんかいくらでももらえるから、お前もやれるもんならやってみろ」と答えたんだと笑う。
 避難先ではできるだけ静かにすること、波風を立てないこと、避難者だとばれないこと、が暗黙の了解のようになっていた。そのような中で現状を伝え続けることは簡単なことではない。
 しかし、鵜沼さんは「16年経っても苦しんでいる人がこんなにたくさんいる。原子力が悪いとか、電気を使った人が悪いとか、悪者探しをしたいんじゃない。原子力発電がもしも爆発したら、こんなにつらい思いをしなくちゃならない。そしてその可能性が日本中にあるということに気付いてほしい。そのために何を言われても、私は話し続けます」と語る。
■取材メモ
さすが取材慣れしている鵜沼さん。ラジオ放送中も話が上手で、福島弁も耳に気持ちがいい。初めて放送中にメッセージが二件も来た。人数の大小にかかわらず、誰かの心の支えになったり励みになったりしていたらうれしい。やはりラジオ学生はいいな。(吉田美音)

■■「人に頼られることが元気につながる」―ウツで崖っぷちからの回復と「NPOを伝える」こと   3月3日の「みんながけっぷちラジオ」では、ツバメソリューション㈱の石川慎太郎さんをゲストに迎え、「とちぎコミュニティ基金と石川さん物語」をテーマ...
02/05/2026

■■「人に頼られることが元気につながる」―ウツで崖っぷちからの回復と「NPOを伝える」こと

 3月3日の「みんながけっぷちラジオ」では、ツバメソリューション㈱の石川慎太郎さんをゲストに迎え、「とちぎコミュニティ基金と石川さん物語」をテーマにお話を伺った。

■「熱い思いを、わかりやすく」NPOの広告代理店

 石川さんがやっているツバメソリューションは、地域をより良くするための活動やNPOの情報発信支援、つまり非営利分野に強い広告代理店業を行っている。ホームページやチラシ、ロゴマークの作成、寄付WEBサイトの構築などである。
 実はとちぎコミュニティ基金(以下、とちコミ)のロゴマークも石川さんの作品だ。寄付者を集めるためには、とちコミが積極的に情報発信し活動をPRしていく必要があると考え、ホームページ等一式全部作ったという。
 NPOとの仕事で難しいのは情報発信の「内容」を決めることだと言う。代表者の熱い思いが語られるが、それを一般の人にも伝わるように表現することに苦労する。そのため、団体のビジョンやミッションをわかりやすく伝えることを常に心がけている。

■栃木のスーパーマンたちとの出会いで「人生が変わってしまった…!」

 石川さんがとちぎVネット(とちコミ)に関わるきっかけは、2011年の東日本大震災。栃木県内から被災地で支援活動を行うVネットに、ボランティアするために来て矢野さんと出会った。当時は技術的・金銭的な問題から、NPO法人がホームページを開設することは難しく、その活動を社会に広く知らせることも容易ではなかった。
 そこで石川さんは、県内各地のNPOに取材して記事を書き、それをホームページで発信していく仕組みを提案した。この取材活動が石川さんの人生を大きく変えることになる。
 取材を通して出会ったNPO関係者。その「困っている人がいたら何が何でも助けようとする姿」が、着の身着のままで人助けに向かうスーパーマンと重なって見えたという。実際に、感動して涙を流しながら話を聞いたこともあった。「自分はスーパーマンにはなれないけれど、陰で支えることはできる」。そう考えた石川さんは、とちコミの活動に関わりながら、ツバメソリューションを立ち上げた。

■うつ病を経験。人のセーフティーネットに支えられる

 とちコミでの活動や仕事の経験を積むなかで、石川さんはNPOのファンドレイジング(寄付集め)に興味を持つようになった。そこで、そのスキルを身につけるため東京の団体に就職した。
 だが、その仕事は自分には合わなかった。それでも一年間努力して続けたがウツ状態になり、最終的には朝起きることもできず、トイレにも行けない、電車にも乗れない状態にまで追い込まれた。景色さえ灰色に見えるほどだったという。病院では「うつ病になりかけているため療養が必要だ」と診断され、泣きながら実家に戻った。
 一方で、このつらい経験を通して、人のセーフティネットに支えられる当事者としての実感も得た。県内のNPO関係者からは「うちに来て、リハビリがてら手伝ってくれないか」と声をかけられ、手伝いを続けるうちに少しずつ回復していった。そして、「人に頼られることが元気につながる」と感じたという。
《編集後記》
 とちコミやVネットのロゴを作成したのが石川さんだと知り、とても感動した。マークの意味を知ることで、さらに愛着が湧いた。また私も、「みんながけっぷちラジオ」に登場するゲストの方々は、まるでスーパーマンのようだと感じている。私自身はスーパーマンのようにはなれないかもしれないが、ラジオを通して、その活動や思いをより多くの人に伝えていきたいと思う。(野田小百合)

2026/04/30■■オンラインで広がる子どもたちの多様な学び(ハロハロラボ・小川美穂さん)ー生まれ変わった夜の廃校から生配信!in真岡 今週のとちぎフレッシュLIVE!は、子どもたちとの体験活動を中心に、オンラインとリアルの両方で活動を...
02/05/2026

2026/04/30
■■オンラインで広がる子どもたちの多様な学び(ハロハロラボ・小川美穂さん)ー生まれ変わった夜の廃校から生配信!in真岡

今週のとちぎフレッシュLIVE!は、子どもたちとの体験活動を中心に、オンラインとリアルの両方で活動をしている現場から中継です。インタビューの舞台は、真岡の旧中村南小学校。現在は廃校となったこの場所の3階が、NPO法人ハロハロラボの居場所。そんな夜の廃校から現地生配信を行いました。夜の廃校という、ちょっとドキドキシチュエーション。暗い廊下と階段を進むと、地域と子どもたちの未来を考える、あたたかい教室がありました。

■ 廃校を企業のシェアオフィス。その一部を借りる

 ここは企業が借り受け、その一部をハロハロラボが使っています。教室にはシェアオフィスとして企業や団体が入り、地域の新しい交流拠点として生まれ変わっています。廃校という“役目を終えた場所”が、新しい価値を持って再び動き出しているのが印象的でした。

■コロナ禍で生まれた 「失敗していい場所」作り

活動のきっかけはコロナ禍。「人と会えない状況の中でも、オンラインならつながれる」そんな想いからスタートしました。
現在は、・オンラインでの朝の会や自習、・対面での料理やボードゲーム、体験活動など、子どもたちの「やりたい」に合わせた活動が行われています。
 ハロハロラボの特徴は“ラボ=実験の場”という考え方。「やってみて、失敗して、またやる。それが面白い」今の子どもたちは、間違えないことや正解を求められる場面が多い。だからこそ、安心して失敗できる場所が必要だと話してくれました。

■ 「親じゃなくおばさん位の距離感」

「大丈夫だよ、って伝えたい」「親じゃなくて、親戚のおばさんくらいの距離感がいい」
子どもたちを“管理する存在”ではなく、“見守り、応援する存在”として関わる。その視点がとても印象に残りました。
 NPOとして活動する中で感じた限界。「このままでは根本は変わらない」そう感じたことが、議員を目指すきっかけになったそうです。現場の声を制度へつなぐ。

■目標は「学びの選択肢、どんな状況でも安心して暮らせる」

小川さんが特に力を入れているのは、「教育」と「福祉」。
・学校以外の学びの選択肢、・どんな状況でも安心して暮らせる地域、つまり、子どもたちだけでなく、その先の人生まで見据えた取り組みが進められています。
「何かしたいと思ってくれたら、それだけで嬉しい」。小さな行動でも、それが地域を変える力になる。場所の持つストーリー、人の想いが重なり、とても濃い時間となりました。真岡市で生まれている新しい動きに、ぜひこれからも注目してみてください。
■ 編集後記
 現場で感じていることをそのまま伝えてくれたことと、「失敗していい場所」という言葉は、子どもだけじゃなく、大人にも必要だと感じました。地域のこれからを考える時間になりました。こうやって現地に行って、その場の空気ごと届ける配信ってやっぱりいいですね。これからも、リアルな声を届けていきたいと思います! 夏は肝試しでもしましょうか!?(しょうちゃん)

3 likes. "【子どもと地域を変える挑戦者!】小川 美穂さん登場!フレッシュ94%"

2026/04/28■■「あなたなら行ける!」強引?に誘ってくれた友人に感謝。初の能登ボラ。■スゴイ運転と思ったが、実は道路ガタガタ 能登のボランティアに参加したことのある友人に能登の塩を渡され「あなたなら行ける!」と強めに声をかけられ参加...
30/04/2026

2026/04/28
■■「あなたなら行ける!」強引?に誘ってくれた友人に感謝。初の能登ボラ。

■スゴイ運転と思ったが、実は道路ガタガタ

 能登のボランティアに参加したことのある友人に能登の塩を渡され「あなたなら行ける!」と強めに声をかけられ参加。友人から事前に話は聞いていたが、行って何ができるか、他の人に迷惑をかけないか、不安と緊張でいっぱいだった。当日、一緒に行く方達に会い、皆さんの優しい雰囲気に3日間大丈夫かもと思う。高速を進み、能登に近づくにつれてガタガタな道を進んで行く。すごい運転だと思ったが、後に地震で地盤が歪み道がガタガタになったことを知った。そんな道を進み宇都宮から7時間程かけて能登に到着。

■人と会う場の提供。足湯と酒場。

 1日目午前中は「足湯」に参加。仮設住宅の集会場に足湯をセッティングし来る人を待つ。友達を誘ったり、馴染みのボランティアさんに会いに来られたりと参加者は10人程。一人ずつ足湯とハンドマッサージをさせていただく。家族や日中の過ごし方などを話してくれた。一人の女性は週に3日仕事をしているが、他の日は「みんな暇でしょ?」と仲間を集め雑巾を縫うなどしている。午後もハーバリウムの教室があると楽しそうに話してくれた。
 夕方から「夕暮れ酒場」に参加。開店前から何人か集まってくれていた。女性の方が多く家族で来られる方もいた。杖でやってきた高齢の男性。知り合いはいないようで誰とも話さない。ビール1本とせんべいを食べ、みんなの様子を静かに見られていた。話かけると年齢や仕事など教えてくれた。特に男性の方にとって外出の機会は少なく、閉じこもりがちになってしまう。夕暮れ居酒屋の目的は、外に出ない方を外に出すこと。歩いて行ける夕暮れ酒場、男性にとってはたくさんの人がいる賑やかな場を楽しめたのではないか。定期的に来てくれて誰かと顔馴染みの関係ができたら目的達成+αの効果を得られると思う。
 仮設住宅に住む人が足湯や酒場に参加することで、他者と交流できる場の重要性と定期的な場の提供の必要性を感じた。

■能登の現状と現地の方の心。私にできる復興支援。

 2日目は、土砂に埋まった花壇に花が植えられるように土を平らにするなどの作業をした。粘土質の土はとても重かったが、みんなで行うと思ったよりも早く終わった。
 復興は進んでいないと聞いていた。実際に現地を見て、土砂崩れの場所が多々あり、木々が倒れ道を塞いでいる所や流れてきた木が家の中に刺さっているなど町の様子は災害時のままの所が多かった。しかし、農家の人は田植えの準備を始めたり、花壇にサルビアを植えたいと話されたりしていた。現地の人達はボランティアの力を借りながら自分たちの生活に向けて進んでいるように感じた。一緒に活動したボランティアさんは粘土質の土を活かして何かできないか、風景の綺麗な所に人集める方法など復興に向けての提案していた。
 今回初めて参加し、能登の方達の素敵な笑顔と温かい人柄に触れることができた。私に何ができたかわからないが、実際に行ってみて能登の現状、感じた事を人に伝え知ってもらうことが今の私にできることだと思う。出会えた能登の方達と3日間温かく一緒に過ごしてくださったボランティアさん達に感謝したい。(小林奈津子/鹿沼/理学療法士)

2026/04/28■■「私もできることからやってみる」帰り車中で思った。(NHK夜ドラ「ラジオ☆スター」ロケ地で)■最初にぶつかったのは片道9時間の壁… 4月10日から12日までの能登ボラに参加するため、10日夜6:00とちぎボランティア...
30/04/2026

2026/04/28
■■「私もできることからやってみる」帰り車中で思った。(NHK夜ドラ「ラジオ☆スター」ロケ地で)

■最初にぶつかったのは片道9時間の壁…

 4月10日から12日までの能登ボラに参加するため、10日夜6:00とちぎボランティアネットワークの事務所からワゴン車に乗り込んだ。私は乗っているだけだったが、9時間の道のりで早くも心が折れかけた。地震の影響で地面が凸凹になり、車が大きく揺れることも多かったが、無事、宿である金蔵集会場に深夜3時に到着。運転手のみなさん、本当にありがとうございました。

■家も畑もなくなった。仮設住宅暮らしの生きがいはなに?

 数時間寝て1日目の活動がスタート。午前中は足湯を行った。足湯につかっているお客さんにハンドマッサージをしながら、お話を聞いた。午後は夕暮れ酒場を開催。私もビールとおでんを買い(400円)、みんなで乾杯し、おしゃべりしながら楽しんだ。
 皆さんとお喋りして気が付いたことはズバリ「生きがいの大事さ」だ。「地震と豪雨によってこれまで暮らしてきた家や畑、仕事を失い、仮設住宅に来てからは毎日ぼーっと過ごしている」と寂しそうに話す人や、「仕事がある人がうらやましい」と嘆く人が多かった。生きがいや人生の楽しみを突然失うことの辛さは計り知れない。私はなんと返したらいいかわからず、その場では相槌を打つことしかできなかった。
 その一方で、NHKの夜ドラ「ラジオスター」(月~木22:45-23:00)が新たな楽しみになっていると感じた。「○○さんが映ってた」「俺も映ったんだ」と話す顔は楽しげだった。足湯や夕暮れ酒場の活動も能登の皆さんの楽しみになっているといいな。

■楽しい未来が待っている!私(20)より若々しい柴野さん(80)

 2日目は土砂をかぶってしまった花壇の整備からスタート。粘土みたいな土砂を耕して、平らにするのはかなり力が必要だった。その花壇にこれから植物を植える計画をしているのは80歳の柴野さん。他にもいろんなものを育てていて、最近マスカットの栽培をはじめた。柴野さんの前には未来しかない! 就活を目の前にして足踏みしている自分の目には柴野さんが眩しく映った。

■私もできることからやってみる!「家族&友達 巻き込み計画」

 倒れたままの木。ブルーシートで覆われた家。地震によって隆起し、遠くなった海岸線。今まで写真で見てきた光景を実際に見て衝撃を受けた。故郷がこんな状態になり辛いはずのみなさんに「大学生頑張ってね」と声をかけてもらい、私のほうが励まされてしまった。2日目の昼に集会場を出た。また9時間かけて宇都宮に戻る。帰り道は辛いどころか、むしろ次に能登ボラに参加するときのことを考えていた。次回からは学校の友達や家族を巻き込み、回を重ねるごとに能登ボラの輪を広げていきたい。(野田小百合/宇都宮大地域デザイン科学部3年)

住所

中央2-7/6
Utsunomiya-shi, Tochigi
320-0806

営業時間

火曜日 10:00 - 18:00
水曜日 10:00 - 18:00
木曜日 10:00 - 18:00
金曜日 10:00 - 18:00
土曜日 10:00 - 18:00

電話番号

+81286220021

ウェブサイト

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