NPO多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議(たま・まちせん)

NPO多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議(たま・まちせん) NPO多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議が主催する木曜サロンをはじめ、さまざまなイベントや勉強会などのご案内

設立趣意書
 20世紀の先進的なまちづくりの実験都市として生まれた多摩ニュータウンも、誕生から既に30数年が経過しました。ここで生れ育った子供たちも、成人を迎え、新しい家庭を持ち始めていますが、彼らの多くは、就業環境や住宅環境等の問題でニュータウンの外に新居を求めざるを得ない現状にあります。さらに、著しい少子化の流れが重なり、急激に高齢社会へと向かっています。

 こうしたなかで、「高齢者が今後も安心安全に暮らせる環境づくり」、「ここで生まれた世代が住み続けられる環境づくり」、「安心して子育てができる環境づくり」など、多様な世帯が地域に根ざして住み続けることができるまちづくりが求められています。

 これまで多摩ニュータウンの開発は、東京都や都市基盤整備公団(現都市再生機構)が牽引してきましたが、これらの公的機関は、その役割を終える時期を迎え、これからは、住民自らがまちづくりの主体になる時

代がきています。

 ニュータウンには、他に類をみない優れた都市的資産や多彩な人材が蓄積されています。住みつづけることのできるまちづくりのためには、これらの地域の資産を有効に活用していくことが必要であり、住民主体のまちづくりを進めるためには、豊富な人材をはじめとする多様な主体の協働が必要です。

 私たちは、ニュータウンを愛する生活者の一人として、また、地域で活動するまちづくりの専門家として、住民のニーズを汲み取り、地域の様々な課題を解決するため、地域住民との協働によるまちづくりに取り組むことを目的として、「多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議」(略称「たま・まちせん」)を立ち上げました。

 広く一般市民を対象として、まちづくり・住まいづくりに関する調査・研究事業、啓発・普及事業、情報収集および情報提供事業、技術支援・ノウハウ提供事業等を行うことにより、地域が主体となる時代、環境の時代にあって、持続性のある、育ち続けるニュータウンを目標に、「都市と住まいの循環」という基本的な理念のもとに、地域を活性化させ、ゆとりある生活を実現するためのまちづくりを進めます。

 そのため、私たちは地域に責任を持つまちづくりの専門家集団として、具体的・実践的な事業プログラムを提案し、継続的・持続的にまちづくり事業の実現を支援する活動を行っていきます。

平成16年9月1日
特定非営利活動法人
多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議

5月木曜サロンの関連企画として、保育園および講師のご好意により、建替えの完了した「こころ保育園」の見学会を開催することにしました。■日時:5月16日(土) 午前■集合:こころ保育園玄関前(多摩市鶴牧5-5)木曜サロンの講師である成瀬惠宏さん...
06/05/2026

5月木曜サロンの関連企画として、保育園および講師のご好意により、建替えの完了した「こころ保育園」の見学会を開催することにしました。
■日時:5月16日(土) 午前
■集合:こころ保育園玄関前(多摩市鶴牧5-5)
木曜サロンの講師である成瀬惠宏さん、梁井理恵さんがご案内します。
参加人数によっては、2部制にすることも考えておりますので、参加希望の方には別途集合時間をお知らせします。

木曜サロンの参加申し込みとは別に、見学会のみの参加でも結構です。会場の制約もありますので、先着30名に限り参加者を募集します。
見学会への参加ご希望の方は、下記アドレスに「こころ保育園見学会参加希望」と記して、
・ご氏名、ご所属、連絡先を明記の上、5月13日(水)までにお申し込みください。
 
見学会申し込みアドレス [email protected]

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木曜サロンのお申し込みは下記にお願いします。
http://www.machisen.net/salon/index.php
又は
[email protected]

■■■■ NPO多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議
          第184回『木曜サロン』(5月)のご案内 ■■■■■■

■講 師: 成瀬惠宏(なるせ やすひろ)さん(株式会社都市設計工房代表)
梁井理恵 (やない りえ)さん(株式会社アヤトリデザイン )

■講師略歴:
 成瀬 恵宏
1945愛知県生まれ。1968名古屋大学土木工学科卒業。日本住宅公団(現UR都市機構)入社  1983.9までの約15年半の間多摩ニュータウン開発を担当。その後は立川基地跡地・多摩モノ  レール・八王子みなみ野シティ等を担当 
 1991年6月に退職。新たに(株)都市設計工房を設立、全国の大規模な新開発・再開発や東日本大震災津波復興またJICAアフガニスタン首都戦災復興等を担当、武蔵野美術大学・法政大学・岡山大学のほか今なお東京都立大学・埼玉大学・日本女子大学・明星大学で非常勤講師
 日本都市計画学会特別功労表彰2021・全国まちづくり設計競技建設大臣賞1998&住宅生産振興財団会長賞1995・全日本区画整理士会論文賞2025・多摩市功労市民表彰を受賞。著書に複眼の都市論『変容する都市のゆくえ』文遊社・東京人『多摩ニュータウン特集』2022.1ほか。

 梁井 理恵
 1983年神奈川県出身 2007年東京都立大学工学部建築学科卒業 2009年首都大学東京大学院修士課程修了 
 2009年〜 オンデザイン 2021年アヤトリデザイン共同設立
 2021年〜東京都立大学非常勤講師 2025年〜明治大学兼任講師
 バオバブ保育園竣工/新建築、日経アーキテクチャー掲載 (2021年)、駒沢ケヤキテラス(コーポラティブハウス)竣工/新建築掲載 (2025)、こころ保育園竣工( 2026) 
 現在、千葉工業大学デザイン科学科と「保育所園舎の建替手法」について共同研究中

■テーマ:「 多摩ニュータウン幼児施設計画の変遷と鶴牧『こころ保育園』増改築の概要 」
 我が国では、 昔から幼稚園・保育所を巡る議論がありますが、 多摩ニュ ータウン開発における幼稚園・保育所そして児童館を中心とする「幼児施設計画」も紆余曲折の歴史を有しています。 今まで幼稚園の廃園が相次いだ一方で女性の社会進出とともに保育所需要は高まりを見せてきましたが、 新都市特有の人口構成の変化に加えて我が国全体の少子化傾向が大きく影響している実態もあります。
 多摩ニュータウンでは初期入居から55年を経過し、幾つかの幼児施設で建替え等が進展しており、今回、鶴牧『こころ保育園』増改築に携わる機会を得たことから、その概要を紹介します。
 多摩ニュータウン鶴牧地区に立つこころ保育園は、開園から約40年が経過し、これまで多くの子供たちの保育を行ってきました。2000年代には保育園の不足が社会問題となりましたが、少子化の時代に入り、2000年代後半になると駅から遠い園などでは園児の減少も起こり始めています。このような問題に対し、こころ保育園では、地域の乳幼児のいる家庭へのケア、多様な背景をもつ園児や放課後の学童の受け入れなど、通常の認可保育園の枠組みを超え、様々な形で子供たちの受け入れを行なっています。
 そのため、認可保育園の施設基準を超えた多様な保育の場所が求められており、今回の建替えでは、このような保育園の要望に対して、保育室以外にも多様な居場所を作るような試みを行なっています。
また施工中も同敷地で保育が行われたため、保育運営になるべく影響が出ないような配置計画や施工計画の検討を行い2段階での工事を実施しました。郊外において今後段階的に進んでいくであろう保育園の建替に対しても、有効な手法になりうる事例だと考えています。
 5月のサロンでは、 多摩ニュータウン幼児施設計画の変遷と鶴牧『こころ保育園』増改築の概要 を、リレートークの形式でご紹介します。

■日時:5月21日(木)18:30~21:00
■会場:パルテノン多摩4階 クリエイティブラボ
■ オンライン:Microsoft Teamsによるオンライン参加可能
■ 参加費: 会場参加の場合500円(たま・まちせん会員は無料)
懇親会 実費1000円
オンライン参加無料
※当方の設備機器の制約上、オンライン参加の方には質疑応答時、会場とのやりとりの声が聞きずらくご迷惑をおかけしますが、ご容赦ください。

過去の木曜サロンの概要はホームページで紹介しています。
http://www.machisen.net/salon/past/index.html

 NPO多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議(たま・まちせん)では、奇数月の第3木曜日に研究会を開いています。これを「木曜サロン」と名付けて、続けています。

26/03/2026

3月木曜サロンの報告です。(長文で失礼します) 

■ テーマ: 「 郊外に立地する高経年区分所有マンションの今後を考える」
■講 師: 古里 実 (ふるさと みのる)さん(都市づくりNPOさいたま理事、埼玉大学特任教授、一級建築士、マンション管理士)
■講師略歴:1981年都立大学大学院修了、同年埼玉県庁に就職、建築・開発指導、営繕、再開発、住宅行政(マンション管理組合支援を含む)、都市防災、景観行政などを担当、
定年退職後は幸手市駅舎整備担当を経て大学で建築、都市計画教育に携わる。
趣味は各地の歴史的な建築やまちを見て歩く「まち歩き」。NPOでは、現在「つくたま塾」にて高経年マンション問題の解決にむけ活動中。

●高経年区分所有マンションと区分所有法の改正について
 今回は、昨年10月に開催された「全国まちづくり会議埼玉大会トークセッション」において戸辺文博NPO多摩ニュウータウン・まちづくり専門会議理事長、千代崎一夫住まいとまちづくりコープ代表との3名の報告と議論をもとにお話しさせていただきます。
 高経年区分所有マンションとは、建物の老朽化と入居者の高齢化という二つの老いを抱えた築40年以上の区分所有マンションのことをいい、全国に約140万戸、全マンションストックの2割を占めています。
 2025年に改正された区分所有法制度では、建物・敷地の一括売却、一棟リノベーション、建物の取り壊し等を、建替えと同様に、多数議決原則4/5以上により可能としています。これまでは区分所有法では建替えの原則4/5以外に規定がなく、民法の規定により全員合意が原則でしたので、マンション再生が比較的やりやすくなったといえます。

●中古住宅の質と市場性の関係について
 マンションの質をハード面において評価する指標としては下記のようなものがあります。
 ・構造躯体の安全性
 ・耐震性 :新耐震基準に合致しているか、 旧耐震でも補強されているか
 ・コンクリートの質: 中性化や鉄筋の腐食進行度合い、コンクリート強度
 ・バリアフリー : エレベーターの有無
 ・インフラの更新性
 ・住戸規模(可変性):住戸の広さや階高(スラブ間の高さ)
 ・給排水管(共用部/専有部):錆びにくい樹脂管への更新の有無
 ・省エネ・断熱性
 このような住宅の質の高低と市場(流動)性の高低により、4つの類型に区分することができます。
 Ⅰタイプ(質、市場性とも高い):売買や賃貸が容易。空き家が少ない。長寿命化が可能
 Ⅱタイプ(質は高いが市場性は低い):将来の建替えや敷地売却が困難、空き家が増加、売買や賃貸には工夫が必要
 Ⅲタイプ(質、市場性とも低い):建替えや敷地売却、賃貸が困難。空き家が増加し建物の維持管理が困難に。団地単位での空家化、廃屋の可能性も
 Ⅳタイプ(質は低いが市場性は高い):建替えや敷地売却は同意次第で可能。耐震化、エレベータ設置などの質の改善は合意が必要。

●マンション建替えはできるのか
 区分所有マンションの生涯をみてみると、新築から何度かの大規模修繕を繰り返し、寿命が来ると、最終的には建物を解体、除却して「建替え」か「敷地売却」あるいは「1棟リノベ」を選択することになります。
 国交省の資料によると、2024年4月の時点でマンション建替えの実績297件で、築40年超のマンション約24,000戸の1.7%、総戸数の0.3%でしかありません。 また、マンション建替円滑化法にもとづくマンション敷地売却等の実績は累計で11件、約700戸(2024年4月1日時点)で築40年超マンションの0.05%です。
 近年のマンション建替事業では、自己負担の少ない等価交換は少なくなっています。新たに利用できる床の容積率が小さくなり、建替後に新たな入居者に販売できる住戸面積が減少する傾向にあります。その結果、建替えにあたって必要となる区分所有者の負担額は近年増加傾向にあり、2021年の実績では、平均約1,900万円の自己負担額が必要となっています。
 また、最近は工事費が大幅に増加しており、再建マンション価値に占める工事費の割合が大きくなると、無償で取得できるはずの従前資産額の割合は小さくなってしまいます。
 そもそも、戸建住宅が全額自己負担で建替えしているのですから、区分所有マンションも戸建てと同様に自己負担することを前提に建替えするという発想が必要です。

●建替えを実現した事例
 建替えが実現できた例として、次の3つの事例を見てみます。
 ・大宮高鼻町ハイツ(52戸)⇒プレミスト大宮氷川参道(100戸)
 ・横浜市井土ヶ谷 下之前住宅(16戸⁺オフィス)⇒プロミライズ横浜井土ヶ谷(30戸)
 ・多摩市 諏訪2丁目住宅(640戸)⇒ブリリア多摩ニュータウン(1249戸)
 これらに共通するのは、先に見た4つの類型区分のⅣタイプに該当します。どの事例も立地条件がよく市場性が高いことと、耐震性や住戸規模など住宅の質に問題があったということが共通しています。さらに、従前、従後の床面積が大宮と横浜の事例では1.9倍、諏訪2丁目の事例では3.7倍となっていて、従前の区分所有者の自己負担が少なくできたことがあげられます。
 朝日新聞の記事(2024.10.11)では都心部の建替え事例を引き合いに、建替えを実現している合意形成のポイントとして、『区分所有者への還元率(元のマンションの専有面積に対して無償で取得できる面積の割合)が高いこと(経済的負担が小さいこと)』と『事前のコミュニケーション(祭りなどの日々の暮らしを豊かにするコミュニティ活動)の存在』を指摘しています。

●市場性の低い高経年マンションの長寿命化に向けた取り組み事例
 Ⅲタイプに該当する市場性の低い高経年マンションが解体・除却を見据えながら、住み続けるための団地のブランディングに取り組んでいる例として、狭山市の新狭山ハイツを紹介したいと思います。 
 ここは西武新宿線新狭山駅から徒歩25分、又はバスで10分の場所にある昭和48年に線引き前の駆け込みで市街化調整区域に開発された770戸、32棟のマンションです。
 団地をブランディングする取り組みとして、交通の便が悪い郊外立地という弱みを逆手にとって、身近な楽農が楽しめる団地をアピールしています。さらに、コミュニティカフェの運営、買い物支援サービスの提供、空き室をリノベーションしたシェアハウスの整備、団地版空き部屋バンクと空き部屋モデルルームづくり等、多彩な取組を進めています。
 過去3回の大規模修繕を行っていますが、1996年第2回大規模修繕工事で施行品質の重要性を認識し、2006年~2007年に建替をせずに長く住みつづけるため、本来共用部に使う修繕積立金で専有部給水管工事も実施しています。2009年~2011年の第3回大規模修繕工事からは、信頼のおける同一施工者に複数年の十分な工期を確保させるなど施工品質を重視することで修繕周期を当初の12年から18年へと見直しています。また、修繕積立基金についても、これまでに3回の大幅な値上げを実施しています。
 2015年度に策定した新たな長期修繕計画では、現状の修繕積立金で築80年まで賢く繕いながら住み続けること、大規模修繕の周期は18年とすること、最終年の残金は建物・設備を解体除却し更地化する費用へ充当することなどが管理組合総会で承認されています。
 次の世代の区分所有者は、将来の除却・売却において合意形成ができるか、その直前までは居住者が住み続けることになり、建物の使用価値を維持し管理費・修繕積立金を支払い続けることができるか、さらに入居者が居住継続の意向を示した時の対応など、これからも管理組合の挑戦は続いていきます。

●100年マンション
 前述の「全国まちづくり会議埼玉大会トークセッション」で千代崎一夫氏が「光が丘パークタウンゆりの木通り北住宅」の百年住宅宣言を紹介されています。適正な維持管理がなされれば、マンションは100年を超えて住み続けることが可能であるという認識にたって、これまで維持してきた建物・環境を受け継ぎ、遠い将来、孫子の代まで住み継ぐことができるマンションを目指して「ゆり北百年住宅宣言」を行うとし、管理組合の覚悟を次のように宣言の目的として示しています。
 『宣言を行う目的として、住み続ける人、新しく入居する人、転居していく人など、このマンションに関わりを持ったすべての人が幸せになる為のものです。
 住み続ける人のために:孫子の代まで住み続けられるように維持管理をします。安心してライフプランを立ててください。
 新しく入居する人のために:築30年超でも新築同然、将来の維持管理計画も万全です。安心して入居してください。
 転居していく人のために:資産価格を維持します。適正な価格で売却して、次のライフプランの礎にしてください。 』
 同様の取組として、大宮東新井住宅(Ⅲタイプ)では、100年住宅を宣言まではしていないものの、建物の寿命を「いつも後80年は持つ」として、共用部分の給排水工事と併せて住戸内専有分給排水管の更新工事を行っています。

●マンションの終着点を見すえて
 「板橋区高島平ハイツ」や「カステル蓮沼」では、築80年以降に解体することを想定し、修繕積立金の1割を解体費用に充てるなどとしています。
 板橋区マンション条例において、修繕工事で維持が困難になった場合、除却または建替えを考慮して長期修繕計画を作ることを努力義務として明記しています。しかしながら、解体する次世代のことを考えるのが難しいと応じる事例は少ないようです。

●まとめ(郊外に立地する高経年区分所有マンションの今後を考える)
 質の低いⅢ、Ⅳのタイプでは、耐震化、EVの付加、専有部分も含めた大規模修繕など質を高めるための取組が必要です。
 市場性の低いⅡ、Ⅲのタイプでは、若い世代へ住み替えが進むように団地の魅力を高めるブランド化やニッチなニーズへの対応が求められます。
 質も高く市場性も高いⅠタイプでは、戸建住宅と同様に自己負担を前提に建替えに挑戦し、建物・敷地の一括売却、一棟リノベも選択肢であり、継続的、主体的なコミュニティ活動は欠かせません。
 全てのマンションに必要なことは、ババ抜きのババにならないよう解体費の積立を行うこと、「100年マンション」を目指すこと、また生活を豊かにする主体的、継続的なコミュニティ活動は欠かせません。

 古里さん、大変有意義で興味深い話をありがとうございました。またお忙しい中膨大な資料を準備をしていただき、ありがとうございました。
 充実したお話の内容をつたないまとめで、十分には伝えきれないことをご容赦ください。また、過不足や間違いがありましたらご指摘ください。

3月の木曜サロンへのお誘いです。申込は下記からお願いします。⇒  http://www.machisen.net/salon/index.php又は⇒ k.matsubara@ja2.so-net.ne.jp第183回『木曜サロン』(3月)...
23/02/2026

3月の木曜サロンへのお誘いです。

申込は下記からお願いします。
http://www.machisen.net/salon/index.php
又は
[email protected]

第183回『木曜サロン』(3月)のご案内
■講 師: 古里 実 (ふるさと みのる)さん(都市づくりNPOさいたま理事、埼玉大学特任教授、一級建築士、マンション管理士)
■講師略歴:1981年都立大学大学院修了、同年埼玉県庁に就職、建築・開発指導、営繕、再開発、住宅行政(マンション管理組合支援を含む)、都市防災、景観行政などを担当、定年退職後は幸手市駅舎整備担当を経て大学で建築、都市計画教育に携わっています。趣味は各地の歴史的な建築やまちを見て歩く「まち歩き」。NPOでは、現在「つくたま塾」にて高経年マンション問題の解決を考えたいと活動中です。
■テーマ:「 郊外に立地する高経年区分所有マンションの今後を考える」
 建物の老朽化と入居者の高齢化という二つの老いを抱えた築40年以上の高経年区分所有マンションは全国に約140万戸、全マンションストックの2割を占めています。2025年改正された区分所有法制度では、建物・敷地の一括売却、一棟リノベーション、建物の取り壊し等を、建替えと同様に、多数議決原則4/5以上により可能としました。自己負担が少ない「等価交換方式」による建替えが困難と見込まれる市場性の低い郊外に立地する高経年区分所有マンションの今後について、埼玉県内の取組事例などを紹介しながら、皆さんと意見交換したいと思います。
■日時:3月19日(木)19:00~21:00■会場:パルテノン多摩4階 クリエイティブラボ
■ オンライン:Microsoft Teamsによるオンライン参加可能
■ 参加費: 会場参加の場合500円(たま・まちせん会員は無料)
懇親会 実費1000円
オンライン参加無料
※当方の設備機器の制約上、オンライン参加の方には質疑応答時、会場とのやりとりの声が聞きずらくご迷惑をおかけしますが、ご容赦ください。

過去の木曜サロンの概要はホームページで紹介しています。
http://www.machisen.net/salon/past/index.html

■ テーマ:「 四谷見附橋(1913) と 長池見附橋(1993)」■講 師: 高浦秀明 (たかうら ひであき)さん(橋梁エンジニア)高浦さんは橋梁設計の専門家として、数多くの橋梁設計や海外の橋梁プロジェクトなどを手掛けられて....

1月木曜サロンの報告です。(長文で失礼します) ■ テーマ: 「 四谷見附橋(1913) と 長池見附橋(1993)」■講 師:  高浦秀明 (たかうら ひであき)さん(橋梁エンジニア)■講師略歴:設計コンサルタントで橋梁設計・計画に携わる...
25/01/2026

1月木曜サロンの報告です。(長文で失礼します) 

■ テーマ: 「 四谷見附橋(1913) と 長池見附橋(1993)」
■講 師: 高浦秀明 (たかうら ひであき)さん(橋梁エンジニア)
■講師略歴:設計コンサルタントで橋梁設計・計画に携わる。レインボーブリッジ、江東区のクローバー橋などを手掛ける。最近約20年間は海外の橋梁プロジェクトのPMなどを務める。
現在は水辺に関わるNPO理事をしながら講演活動を行っている

 高浦さんは橋梁設計の専門家として、数多くの橋梁設計や海外の橋梁プロジェクトなどを手掛けられてきたかたわら、水辺にかかわるNPOの理事を務められ、江戸・東京の橋梁の歴史や景観についての研究もされています。今回は、多摩ニュータウンの長池見附橋として移設された、四谷見附橋の歴史や景観的な価値などをお話しいただき、東京に残る美しい橋梁についてもご紹介していただきました。

●四ツ谷見附橋について
 四ツ谷見附橋は1913年に作られた鋼アーチ橋(37m、幅員22m)で、1993年に
移設された長池見付橋は同じ鋼アーチ橋ですが幅員は17.4mになっています。1991年に完成した新四ツ谷見附橋は方丈ラーメン※1で全長44m、幅員40mとなっています。
 四ツ谷見附橋はカーネギー社製の鉄鋼を使ったリベット接合の主構、市電を支える重厚な床板、レンガとモルタルの擁壁、木製の基礎杭などの構造が特徴です。

●明治の東京の橋
 明治維新後、洋式木橋が作られるようになり、明治10年ころボーストリングアーチ橋※2が、明治20年ころには長スパンのトラス橋が作られるようになりましたが、リダンダンシーのなさや景観上の課題がありました。その後、明治30年ころには四ツ谷見附橋も含めアーチ橋がつくられるようになりました。
 明治期に作られた隅田川にかかるトラス橋は、年代順に吾妻橋(1888年長さ146m、幅11.9m)、厩橋(1894年、157m、12.5m)、永代橋(1898年、182m、13.9m)、両国橋(1905年、165m、24.5m)、新大橋(1913年、166m、16.2m)の5つの橋があります。これらの橋は関東大震災に直面しますが、驚くことにすべての橋が落橋することなく残りました。ただ、一番新しい新大橋以外は床板が木製だったために消失し、橋は残っても人々は避難に使うことができませんでした。新大橋だけはコンクリート床板だったので、避難に使うことができたということです。
 震災後、昭和にかけて隅田川には多くの橋梁がかけられています。これらはおおむね90年程度の年月が経過していますが、東京都では200年持つように補強しており、あと100年程度は今の姿を見ることができると思います。
 鉄材は、鋳鉄、錬鉄、鋼鉄と倍々の強度に進歩しています。錬鉄を使った有名な構造物にエッフェル塔がありますが、使った錬鉄は7000tだそうです。これに対して鋼鉄製の東京タワーはほぼ同じ程度の大きさですが、」材料は4200と半分近い量になっています。

●四ツ谷見附周辺地域の変遷
 見附とは城の防備のための枡形の備えのことで、道路はクランク状になっていて現代では交通の隘路となっています。 明治期には外堀も残っていました。
 その後甲武鉄道※3が開通し新宿通りの改良と合わせ四ツ谷見附橋が開通しました。戦災により街は焼け野原となりますが、戦後地下鉄丸の内線が開通、1991年に四ツ谷見附橋の改築が行われました。旧見附橋は多摩ニュータウンの長池地区に移設され、長池見附橋として生まれ変わりました。
 (四谷見附周辺地域の時代の移り代わりを、高浦さん自らが国土交通省の委員会向けに描かれた以下の6枚のパースで説明していただきました。)
 ・1867年 幕末の四ツ谷見附
 ・1913年 四ツ谷見附橋の建設時(甲武鉄道は開通済)
 ・1929年 中央線の複々線化(1932年に麹町消防署がコンクリート造に)
 ・1949年 戦災で焼け野原のなった四ツ谷見附(上智のイグナチオ教会が建設されている)
 ・1959年 丸ノ内線の開通
 ・1991年 四ツ谷見附橋の改築(幅員は22mから40mに、四ツ谷駅の改築)

●長池見附橋と古い構造物の保存の重要性について
 四ツ谷見附橋の保存、移設に関しては、旧建設省、JR,、住宅都市整備公団、東京都などの関係機関の多くの努力がありましたが、中でも土木学会における様々な議論の末に成立した事業だと思います。 移設が実現するまでには10年の歳月を要しましたが、古い土木構造物を残すには大変な労苦が伴うものです。
 結果として、長池見附橋は水辺の空間との対比や周辺の環境など、絶妙なロケーションに再現されています。幅員は縮小されましたが、堅牢健全な構造のたまものだと思います。
 古い構造物の保存はとても難しい課題だと思っています。保存すべき対象物の保存価値を調査、確認し、その価値と保存の必要性を関係者に周知し理解していただくことが必要となります。その上で、保存・修復のための資金の調達、補修や修復のための技術の確保という段階を踏んで初めて保存ができることになります。一度失われたものや技術は再現できません。

●現存する明治期の素敵な橋として、3つ紹介していただきました。
 ・八幡橋(旧弾正橋)、1978(M11)国産ボーストリング橋、1929(S4)に富岡八幡宮境内に移設
 ・南高橋(旧両国橋の中央部)1904(M37)国産、1932(S7)現亀島川に移設
 ・十条跨線橋(東北線旧荒川橋梁)1895(M28)イギリス製、1931(S6)移設

●高浦さんのおすすめの橋を3つご紹介いただきました。
 聖橋(神田川、千代田区)、クローバー橋(小名木川、江東区)、常磐橋(現存する石橋、日本橋川、豊田区)
 最後に、高浦さんがつくられた、都心部のおすすめの橋を巡る散歩マップを紹介していただきました。

※1「方丈ラーメン橋」:ラーメン構造の一種で、橋の「方杖(ほうじょう)」と呼ばれ  る斜めの支材(腕木)と桁(けた)、橋脚が一体となった頑丈な橋の構造
※2「ボーストリングアーチ橋」:弓(Bow)のようなアーチ構造と弦(String)のような吊り材を組み合わせたトラス構造の一種。アーチ橋とトラス橋の利点を併せ持ち、軽量化と経済性を両立しつつ比較的浅いライズ(アーチの高さ)でも長大スパンに対応できるのが特徴
※3「甲武鉄道」:明治時代に存在していた私鉄の事業会社。現在の中央本線のうち、御茶ノ水駅から八王子駅までの区間の前身。1906年(明治39年)の鉄道国有法により国有化され中央本線の一部となった。
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 多摩市は日本一橋の多いまちとしても知られています。パルテノン多摩では、市民学芸員のチームが企画・編集した冊子『橋 たましのはしからはし』を刊行し、多摩市の橋について、市民学芸員ならではの目線でさまざまな角度から紹介しています。
 多摩市の橋めぐりと都心部の橋めぐりを、多摩ニュータウン市民と高浦さんの関係の皆さんの相互交流のような形で実施したいものです。
 高浦さん、大変興味深く楽しい話をありがとうございました。またお忙しい中準備をしていただき、さらに盛りだくさんの写真やパース、マップなどもご紹介いただき、とても楽しいひとときでした。
 充実したお話の内容をつたないまとめで、十分には伝えきれないことをご容赦ください。また、過不足や間違いがありましたらご指摘ください。
 また、今回はオンライン参加の皆様には、事前の準備段階での不手際で、大変ご迷惑をおかけしましたことをお詫びします。

1月の木曜サロンへのお誘いです。参加のお申込みに際し、会場参加またはオンライン参加のどちらをご希望か明記してください。また会場では懇親会も予定してますので、懇親会参加の可否も合わせて記載してください。オンライン参加ご希望の方には近くなりまし...
23/12/2025

1月の木曜サロンへのお誘いです。
参加のお申込みに際し、会場参加またはオンライン参加のどちらをご希望か明記してください。また会場では懇親会も予定してますので、懇親会参加の可否も合わせて記載してください。
オンライン参加ご希望の方には近くなりましたら会議室のリンクをお送りします。
申込は下記からお願いします。
http://www.machisen.net/salon/index.php
又は
[email protected]
■■■■ NPO多摩ニュータウン・まちづくり専門家会議
          第182回『木曜サロン』(1月)のご案内 ■■■■■■

■講 師: 高浦秀明 (たかうら ひであき)さん(橋梁エンジニア)

■講師略歴:設計コンサルタントで橋梁設計・計画に携わる。レインボーブリッジ、江東区のクローバー橋などを手掛ける。最近約20年間は海外の橋梁プロジェクトのPMなどを務める。
現在は水辺に関わるNPO理事をしながら講演活動を行っている

■テーマ:「 四谷見附橋1913-長池見附橋1993」
 見附とは江戸城の城門であり、桝形という構造で外敵に対峙していました。明治になり徒歩から路面電車や自動車交通に移り変わると、江戸城の外堀にある見附は逐次壊されて行きました。
 四ツ谷見附も例外ではなくそれまでクランク状だった新宿通りが四谷見附橋を架けることで、まっすぐな道路となりました。四谷見附橋が建設されたのは明治末から大正初めにかけてで、東京駅の建設と同時期でした。すでに外堀沿いに建設されていた甲武鉄道・今の中央線の線路を跨ぎ、照明などの意匠にも配慮された立派なアーチ橋が建設されました。当時日本政府は鋼材の自給を目指し官営八幡製鉄所の準備を進めていたが、四谷見附橋は米国カーネギー社の鋼材を購入して使用しました。
 見附橋が出来て10年後に関東大震災に見舞われ、また戦争中にはあたり一面爆撃により焼け野原となってしまいました。
 平成になり80年間四谷の駅の上で人々の往来を守って来た見附橋も新しい橋の架け替えが検討されるようになりました。古くなった橋梁はスクラップになる可能性が高いのですが、見附橋はその価値が認識され保存されることとなりました。
 多摩ニュータウンの長池地区に絶妙な安住の地がありました。1993年に旧見附橋は四谷から運搬され移設されました。名前も四谷見附橋から長池見附橋となり、現地を訪れるとヨーロッパの公園を彷彿させる池のうえに見附橋が佇んでいるのが見えます。
 今回は旧四谷見附橋の建設の経緯、その魅力と古い構造物の保存についてお話いたします。
明治、戦後の四ツ谷駅付近の雰囲気がわかるパースを添付します。
■日時:1月15日(木)19:00~21:00
■会場:パルテノン多摩4階 クリエイティブラボ
■ オンライン:Microsoft Teamsによるオンライン参加可能
■ 参加費: 会場参加の場合500円(たま・まちせん会員は無料)
懇親会 実費1000円
オンライン参加無料

過去の木曜サロンの概要はホームページで紹介しています。
http://www.machisen.net/salon/past/index.html

01/10/2025

9月m供養サロンの報告です。(長文で失礼します)
■ テーマ: 『日本の原風景99 』を歩く
■講  師: 近藤正文(こんどう まさふみ)さん
■講師略歴:1946年岡山県に生まれる。京都大学工学部卒・同大学院修了/環境計画や都市計画を学ぶ。日本住宅公団に入社/団地やニュータウンの計画に携わる。
著書「日本の原風景99」(いりす・同時代社2025.1)。同書出版記念写真展(街々書林2025.4)。)

 近藤さんは京都大学卒業後、日本住宅公団に入社され、団地計画やニュータウン開発に携わってこられました。街づくりの仕事に関わる中で、半世紀余りにわたって様々な地域の伝統的なむらやまちを歩いてこられました。
 このたび、撮りためられた写真をまとめ、「日本の原風景99」(同時代社)という本を出版されました。今回は、そのご著書から、伝統的な風景をとどめるいくつかのむらやまちをとりあげ、その歴史的背景や魅力をご紹介いただきました。

●「たび(他火)の面白さ」と原風景について
日本の原風景99の“99”とは、たくさんある中で、皆さんがそれぞれにお持ちの原風景を加えてもらって、100にしていただければいいという意味も込めています。
 旅の語源は「他火」にあるといわれます。自分の棲家を離れ、他所の土地に出かけると、何はさておき食することが不可欠です。「他人の火」にお世話になり、火を囲んで四方山話に花が咲くと、面々の顔が暗闇に白く浮かび上がります。この興に乗った情景を「面白い」と表しました。他火(旅)は面白さに溢れています。
 原風景とは非常に難しいんですが、自分が生まれ育ったところが原点にあり、、そこから広がっていくというような感じかと思います。皆さんそれぞれにその原風景の物差しはかなり違うんじゃないかなと思います。例えば北海道の小樽の風景と沖縄竹富島の風景では、それぞれ感じ方も違うし、自分の原風景ということにはならないと思います。

 日本人のふるさとともいえるヤマト。奈良県の明日香村の飛鳥集落はなだらかな丘陵地に水田や民家が溶け込んでいて、茅葺に高塀の大和棟という建物が立ち並んでいます。一方、滋賀県の五箇荘金堂町は近江商人のゆかりのまちで、白壁、舟板塀の蔵屋敷が残されています。これらを自分の原風景に近いと感じる方もいるかもしれません。

●風景の比較考証
・雪国のミセの比較~黒石のこみせと高田の雁木
 青森県黒石市の「こみせ」は大きな屋敷の表通りに設けられた庇付きの通路で、主屋1階の高さに合わせています。一方、新潟県上越市、高田の雁木は総延長16キロあり、間口の狭い商家に設けられており、高さや意匠、舗装もまちまちで、庇の高さが雁行するように見えることから「雁木」と言われたのだと考えられます。
・城下町の比較~金沢と萩
 金沢市長町は大野庄用水に沿って続く武家屋敷で、からし色の土塀や石垣などが美しい街並みとなっています。一方萩は二つの河川に挟まれた低地に碁盤上の道路形態で単調だが、塀の作り方が各屋敷によって異なった表情を見せていて個性的です。
・白山を挟んだ二つの秘境集落~白川郷と白山市白峰
 岐阜県白川郷の萩町は60度近い勾配の茅葺屋根の家屋が秩序をもって建ち並んでいます。一方、白山を挟んで20キロメートル程度しか離れていない石川県白山市の白峰の集落は手取川の谷合にあり、開放的な屋敷構えが特徴で4寸勾配程度の石置き屋根、大壁造りでの小窓のある建物など、同じ養蚕業を生業としまた浄土真宗の宗派の村でありながら全く様相が異なっていて面白いと思います。
・水との闘い~砺波と安曇野
 水を生活に生かしてきた二つの村をみてみます。富山県砺波平野に広がる散居村は、庄川と小矢部川が形成した扇状地に広がります。暴れ川だった庄川に加賀藩の時代に堤防が築かれ、多くの人たちが入植するようになって形作られてきました。長野県の安曇野は北アルプスから流れる河川によって形成された複合扇状地で、水利確保が課題でした。江戸時代に、大規模な用水路「拾ヶ堰(じっかせき)」がつくられました。等高線に沿って流れる拾ヶ堰は、ところによって常念岳に向かって流れているような錯覚を覚えます。
・風との闘い~輪島市上大沢と山口の祝島
 石川県輪島市の上大沢では、冬の季節風から家屋を守るため、竹ぼうきを逆さに並べ立てたような「間垣」で集落の外周を囲っています。山口県上関町の祝島では防風、防火のため、白練壁が迷路のように通りをめぐっていて、この通りのことを家と家の隙間という意味の「あいご」と呼ばれています。
 太平洋側と日本海側では、防風壁がかなり違っていて、太平洋側は石の“剛”の様相のものが多くみられます。愛媛県西海半島外泊の石垣の里、佐多岬半島野坂の防風石塀や井野浦の石造りの防風畔、志摩半島大王崎波切の石塀、伊豆半島松崎の海鼠壁で覆われた建物などが見られます。
 一方日本海側は“柔”の竹や板のものが多く見られます。島根県鷺浦の防風竹垣、新潟県宮川の板塀、青森県津軽半島脇元の板塀「カッチョ」、北海道江差の「ハネダシ」などがあります。

●特殊解的な事例
・京都府伊根町 “伊根”の舟屋
 若狭湾はブリ漁が盛んなところで、海に面して舟屋があり、その奥に道路を挟んで母屋があります。昭和の初期にバスを通すために、集落内の通路や畑などの土地を出し合って道路を拡げたことで海辺に舟屋が残されました。
・鹿児島県 “知覧”の麓集落
 薩摩藩の武家屋敷群のひとつで、「馬場」と呼ばれる道の両側に石垣で囲まれた屋敷が並んでいます。石垣の上にはイヌマキや茶の木で生垣がつくられ、屋敷の中には庭園が造られて、箱庭のような集落ができています。
・兵庫県佐用町 “平福”の至福の川端
 平福は因幡街道の作用川の川沿いに蔵造の建物が並んでいます。川端には美しい暮らしの空間が広がっています。川べりの土蔵群も味ある建物ですが、最近の水害で今では塗り替えられてしまっています。
・広島県福山市 “鞆の浦”
 日本でも古い港町の一つで、潮の干満で船を動かすという港町で、人や物の交流が盛んで、さまざまな歴史上の舞台にもなっているというまちです。湾岸には船をつける大規模な雁木、金毘羅大権現の常夜灯、いろは丸展示館の大蔵、高台には寺院、神社が並んでいます。
・岡山県真庭市 高瀬舟の終着駅“勝山”
 旭川の最上流にあり高瀬舟の終着駅となっていたまちです。河岸と商家は「雁木」という階段でつながっていて、特徴的な景観は往時のにぎやかさを伝えています。
・大分県 坂のまち“杵築”
 国東半島の付け根にある街です。杵築城を東端として城下町が広がっており、武家屋敷が並ぶ南北の台地、それらに挟まれ商店が並ぶ谷あいの商人の町があり、複雑な地形のなかに丁寧に坂道が造られていて、函館や江戸の坂道とは一味違う雰囲気を持っています。
・秋田県横手市 “増田”の内蔵
 中七日町通りには切妻造妻入を主とする家屋や、その背後に接続する鞘(さや)と呼ばれる上屋で覆われた内蔵(うちぐら)が現存しています。内蔵は、豪雪地帯増田ならではのつくりをしており、美しく塗り上げられた漆喰や漆など、当時の最先端の左官技術を駆使した意匠がみものです。
・愛媛県愛南町 水荷浦(みずがうら)の段畑
 宇和海に面した急峻な斜面全体に石垣を積んだ段畑が築かれ、まさに「耕して天に至る」と言われる景観です。人々の長い営みと労苦を実感させる圧倒的な景色となっています。
・山形県鶴岡市 修験道の里“手向(とうげ)”
 「たむけ」がなまって「とうげ」になったといわれています。出羽三山の門前町であり、宿坊や土塁など歴史的に貴重なまち並みが残されています。写真は出羽三山神社への2446段の石段です。全国各地から訪れる信者を宿坊でもてなし、出羽三山に導く営みが継承されています。
・佐賀県伊万里市 秘窯・鍋島の里“大河内山(おおかわちやま)”
 肥前鍋島藩の直轄の御用窯が置かれ、将軍や大名への献上品、贈答品として制作された最高級の磁器「鍋島焼」が生産された場所で、現在は「秘窯の里」と呼ばれています。今なお約30の窯元が伝統の製法を守り次の世代へと受け継いでいます。

●武蔵野東久留米市 国木田独歩の世界“柳窪”
 柳窪は東久留米市の小平霊園のそばになりますが、武蔵野の面影を色濃く残した屋敷林が広く残っています。江戸時代には玉川上水がひかれ新田開発が進み、屋敷林や雑木林を持つ家屋ができるようになりました。柳窪の集落は自然発生的に形成されたもので、黒目川沿いに不規則に広がり、屋敷林の中に畑や民家、小川が見え隠れするというまさに国木田独歩の武蔵野の世界があります。
 いま、この辺りが相続などにより戸建て住宅地に変わりつつあります。柳窪を残していくための運動も始めているところです。
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 近藤さん、たくさんの事例写真とともに、風景の比較考証や各地のそれぞれの風景の成り立ちや根付いている人々の暮らしなどもご紹介いただき、ありがとうございました。充実したお話の内容をつたないまとめで、十分には伝えきれないことをご容赦ください。また、過不足や間違いがありましたらご指摘ください。
 皆さんも舌足らずのところは、どうぞ、近藤さんのご著書をご覧いただければと思います。
 サロンの数日後の日経新聞に輪島市上大沢の間垣集落が、地震と洪水の影響で住民が帰還をあきらめる例が多く、家屋の解体も進み存続の危機にあるという記事が掲載されていました。風景は人々の暮らしとともにあるとはいえ、自然災害により暮らしそのものが成り立たなくなることもあるという現実を思い、近藤さんの著書のように、価値ある風景をその背景となる暮らしや歴史などとともに残していくことの価値を改めて感じました。

住所

諏訪5-6-3/102
Tama-shi, Tokyo
206-0024

電話番号

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