13/10/2026
10月3日、西向天神社「東京鹿踊& 行山流舞川鹿子躍(ぎょうざんりゅうまいかわししおどり)[岩手県一関市]」特別奉納、都会の中の緑と土、秋晴れから夕暮れへと移りゆく時間の中、無事に執り行うことができました。
西向天神社様、氏子奉賛会の皆様、ご来社の皆様、行山流舞川鹿子躍保存会の皆様、東京鹿踊のメンバー、そして関係者の皆様、誠にありがとうございました。
新宿・歌舞伎町からほど近い場所にある西向天神社。夜のお仕事の方々がまだお休みの時間帯から太鼓を打ち鳴らすのは、少々気が引ける場所でもあります(笑)。
今回は夕暮れにかかる頃から、鳥居、社殿を背景に、宮司(禰宜・ねぎ)褒めの唄、庭浄の踊り、そして舞台では時間の制約もあってなかなか披露できない「案山子躍(かかし)」の一部を、行山流舞川鹿子躍の皆さんとともに。せっかくの機会なので、東京鹿踊の「三人狂」も披露しました。
さらに、装束体験や、お客様も交えて輪になって踊る「鹿の子(かのこ)」まで。ちょうど夜の入り口に差しかかる頃、奉納を終えました。
13年前の10月13日。山形の東北芸術工科大学で開催された「 TEDxTohoku」。SNSのタイムラインが、この日こそ東京鹿踊が本格的に活動を始めた日だったと知らせてくれました。
岩手県一関市・舞川の鹿子躍出身者と、首都圏で郷土芸能の可能性を探ろうと集まった有志数人から始まった東京鹿踊。
先日の西向天神社には、活動を始めた頃に各地で演舞を見てくださった方、体験してくださった方もいらっしゃいました。十数年ぶりの再会もあれば、この何年も変わらず見続けてくださっている方々も。
一方で、神社や新宿界隈に貼られたチラシを見て、初めて鹿踊に出会った方、初めて西向天神社をゆっくり訪れたという方もたくさんいらっしゃり、声をかけてくださいました。
そして、「うちにもこんなのがあったな」と、懐かしそうにご覧になり、ご自身のルーツを思い出してくださる方もいました。
当初からトーシカのメンバー数はそれほど変わっていませんが(笑)、今回はメンバーの子どもである小学生が、初めて本格的に装束を着けて踊りました。
その親であるメンバー自身、岩手出身でありながら、地元では鹿踊を見たことがなく、東京に来てトーシカと出会った人です。そして、その子どもは育ちは東京。それでも鹿踊が大好きで、熱心に練習を重ねてきました。
岩手の血が少し流れているかもしれない。でも、岩手の身体や素材を初めて身にまとい、東京にまだ残る土を踏みしめて踊る。
その姿を見て、「郷土を離れた郷土芸能の行き先と可能性」を模索してきた私たちの活動の、一つの確かな手応えを感じました。
「東京鹿踊」と名乗ることで、東北の鹿踊全体を代表しているかのように見えるかもしれません。けれど、私たちが今踊っているのは、鹿踊のごく一部であり、行山流舞川鹿子躍の踊りの、さらにごくごく一部にすぎません
その真髄や多様性は、トーシカの踊りを入口に、ぜひ各地の鹿踊を深掘りしたり、新たな関わりを見つけたりする中で知っていただけたら嬉しく思います。
いつの間にか干支もひと回り。
これまでのつながりを大切にしながら、新たなメンバーや考えも取り入れ、心身新たに取り組んでまいります。
今後とも東京鹿踊をよろしくお願いいたします。
写真:鹿写真家 石井陽子さん
イラスト;にゃんとこ 斎藤ぽんさん