04/02/2026
今年初めての伊達学塾は、1月24日(土)仙台戦災復興記念館5階会議室にて、「魯西亜の脅威と蝦夷地警備―江戸期におけるグローバル化の進展と開国をめぐる仙台藩の独自認識」と題し、仙台藩志会理事の和田修一氏よりご講話をいただきました。
仙台藩の和田といえば新田開発を行った和田織部の名前が浮かびます。実は「和田織部」は歴代で5人いらっしゃるそうですが、11代に宮床伊達家からの養子を迎え、和田修一氏は15代に当たるそうです。
15世紀末から世界の国々が海路を横断し大航海時代となります。日本にも房総半島や能登半島に接近し、やがては各地から上陸が始まります。仙台藩との接点はベーリングの極東探査により亘理坂元の磯浜沖にも出現し、網地島では地元民との交流もあったそうです。
そんな中、工藤平助や林子平はロシアの南下を警戒し、「島国である日本の武備は海辺にあり」と警告します。
仙台藩では江戸への廻米で出立した若宮丸が漂流し、奇しくも初めて世界一周をした水主(かこ)たちになりますが、全乗組員の内、4人がロシアから送り帰されます。
ロシアと仙台藩は江戸中期以降、さまざまな形で接点があり、多くの情報や経験を蓄積してきていました。若宮丸の水主(かこ)たちから聞き取った内容を、仙台藩の蘭学者大槻玄沢は「環海異聞」にまとめ、養賢堂では大槻平泉、習斎、磐渓等がロシアの研究に力を入れ、親ロシア外交を主張していた等、長く鎖国政策にあった江戸時代において、仙台藩では先駆的な認識を持っていた事等が分かりました。
190枚もスライドが映し出され、講師自身が実際に現地に赴いて撮影された現在の写真と、当時の様子とを対峙させながらのお話もあり、アッという間の2時間となりました。
次回は、2月28日(土)14時〜16時
仙台戦災復興記念館5階会議室にて、「伊達政宗公の心を訪ねて」と題し、仙台藩志会副会長 佐藤久一郎氏よりご講話を頂きます。
みなさまのご参加お待ちしております。
https://docs.google.com/forms/d/1dlDWByKR9uCYpWp3m1Pg6-M2DGQJxF2Y2h9HXf_2TE8/viewform?edit_requested=true