エマージェンシー ジャパン

エマージェンシー ジャパン 特定非営利活動法人エマージェンシー ジャパン 世界中で戦争や貧困で毎年数百万人の命が奪われます。現代の紛争では犠牲者の90%は一般市民です。
1994年からエマージェンシーの病院、リハビリセンターでは11,000,000人以上が無償で治療を受けました。

2014年から今日までに、安全でよりよい暮らしを求めて移住を試み、命を落とした人の数は少なくとも45,000人。(出典:IOM)人類史上、移民するという事は自然現象である。だが、現在、政府の政策と半友好的な態度のため、移民は危険な旅を強いら...
19/12/2021

2014年から今日までに、安全でよりよい暮らしを求めて移住を試み、命を落とした人の数は少なくとも45,000人。(出典:IOM)
人類史上、移民するという事は自然現象である。だが、現在、政府の政策と半友好的な態度のため、移民は危険な旅を強いられ、社会から排斥される。
世界中、何百万人もの人がそれぞれの人生、夢とよりよい将来への希望をもって交差している。彼らの旅には悲嘆と残酷さ、苦しみが入り乱れ、付きまとう。

国際移民デーの今日、地中海に、ドーバー海峡に、バルカンルートに、メキシコ国境に、アフリカの角に、さらにその向こうに思いをはせる。
これらの国境を思いながら、人の移動を、避難することを、新たな土地に落ち着くことを許可しなければならない、とはっきりと大きな声で求める。
隔離したり、国境を強化することは決して問題の解決にはならない。

連帯を数字にしたら1,100万。連帯をイメージにしたらこんな画像に。差し伸べられた両手。この手は医療を提供し、治療し、暖かく迎え、1994年から1,100万以上の人に外科内科の治療を提供してきた手。 連帯の気持ちは世界にパワーをもたらし、ひ...
19/12/2021

連帯を数字にしたら1,100万。
連帯をイメージにしたらこんな画像に。

差し伸べられた両手。
この手は医療を提供し、治療し、暖かく迎え、1994年から1,100万以上の人に外科内科の治療を提供してきた手。

連帯の気持ちは世界にパワーをもたらし、ひとつになれば、限界はなくなる。

平等であること。人間らしくあること。私たちが目指す世界はこの二つのシンプルな言葉に要約されます。人権を尊重し、包括的で連帯感を持つ公正な社会、。みんなが人間らしく平等な世界。ひとりの例外もなく。
10/12/2021

平等であること。人間らしくあること。
私たちが目指す世界はこの二つのシンプルな言葉に要約されます。人権を尊重し、包括的で連帯感を持つ公正な社会、。
みんなが人間らしく平等な世界。ひとりの例外もなく。

アフガニスタンでこんな建物を目にしたら、それは国内に40か所以上あるエマージェンシーのFAP(応急処置センター)です。数日前に、もうひとつ新しいFAPをカブールから車で2時間ほどのパルワン州のダエク村にオープンしました。僻地であるサラン地区...
07/12/2021

アフガニスタンでこんな建物を目にしたら、それは国内に40か所以上あるエマージェンシーのFAP(応急処置センター)です。
数日前に、もうひとつ新しいFAPをカブールから車で2時間ほどのパルワン州のダエク村にオープンしました。僻地であるサラン地区にあった古いFAPです。この地区は病院も交通機関もガソリンも不足していて、必要な時には大変な旅を強いられていました。
このセンターのオープンで地域の人々に迅速で必要不可欠な医療を届けることができるようになります。妊婦さんへの健康指導、緊急時のサービス、そして必要な時はパンシールのアナバの病院への搬送も行います。
戦争はアフガニスタンの農村地区の医療に非常に大きな打撃を与えました。僻地であればあるほど、人々は医療を必要としているのです。そのために私たちはここで活動を続けているのです。

「アフガニスタンの不安定で不透明な状況は続いています。この国民には平和や休戦の可能性がないように見えます。」アフガニスタンのカントリー ディレクターであるマルコ プンティンから人道危機の拡大についての最新情報が届きました。そして、エマージェ...
07/12/2021

「アフガニスタンの不安定で不透明な状況は続いています。この国民には平和や休戦の可能性がないように見えます。」
アフガニスタンのカントリー ディレクターであるマルコ プンティンから人道危機の拡大についての最新情報が届きました。そして、エマージェンシーがアフガニスタンの人々への医療援助を引き続き行っていることについても伝えてくれました。
「政権交代の直後は比較的落ち着いていましたが、武装攻撃が増えてきました。すでに困窮していた人々に追い打ちをかけるように生活必需品の価格が高騰し、不況が襲っています。医療制度の崩壊の危険はもちろん、餓死する危険に直面している人もいます。困難を極める状況にありますが、エマージェンシーの病院と応急センターのネットワークは最大限の活動を継続し、患者を受け入れています。カブールではこれまでと同じように受付の基準を設けています。戦闘で負傷した人を受け入れています。戦闘そのものは減っても、カブールではまだまだ危険が多いのです。パンシールにあるアナバの病院では地雷などによる爆発の患者が絶えません。ラシュカルガの状況は大きく変わりました。8月まで戦闘による負傷者の数は記録的に多かったのですが、最近では14歳以下の外傷患者を受け入れています。」
アフガニスタン国内でのエマージェンシーの活動は続きます。医療支援が必要とされています。
EMERGENCY's activities in Afghanistan are funded by .humanitarian.aid.
ECHO's support for EMERGENCY's projects in Afghanistan has been stepped up to allow us to continue offering life-saving healthcare to the local population.
Photo Credit: Giulio Piscitelli

11月5日、シエラレオネの首都フリータウンで燃料タンクが爆発し、100人以上が死亡しました。「この爆発で危篤の重傷者は数百人にのぼると言われています。「命の危険に関わるような重傷患者の数は数百人にのぼるとされている。爆発の際に多くの人たちが...
29/11/2021

11月5日、シエラレオネの首都フリータウンで燃料タンクが爆発し、100人以上が死亡しました。
「この爆発で危篤の重傷者は数百人にのぼると言われています。

「命の危険に関わるような重傷患者の数は数百人にのぼるとされている。爆発の際に多くの人たちが車やポダポダに閉じ込められてしまった。」とシエラレオネ テレグラフは報道しています。
ゴーデリッチの外科センターは直ちに危険な状態の患者を受け入れ始め、エマージェンシーのチームは24時間体制で休むことなく治療にあたりました。
「病院に搬送されてきた約30名の患者は全員、全身の25%から98%にII度からIII度のやけどを負っていました。そのうちの24名が入院し、17名は残念ながら命を落とし、残る7名は現在も治療中です。」シエラレオネの医療コーディネーターであるサムエレの報告です。
「彼らはまだあと1か月から1か月半の入院、治療そしてリハビリと複数の外科手術を受けなくてはいけないでしょう。」
エマージェンシーがシエラレオネで活動を始めて長い時間が経ちました。この国が困難を迎えた時期もありました。私たちはこれからもシエラレオネを支援し、医療システムをサポートする活動を続けていくつもりです。

「南ダルフールの人道環境は困難を極めています。大半の人は極度の貧困状態にあり、基本的な医療衛生さえも保証されていません。栄養失調の子供も多く、小さな子供たちを至急手当てする必要があります。」ニアラの小児センターを再オープンしてから12,00...
26/11/2021

「南ダルフールの人道環境は困難を極めています。大半の人は極度の貧困状態にあり、基本的な医療衛生さえも保証されていません。栄養失調の子供も多く、小さな子供たちを至急手当てする必要があります。」
ニアラの小児センターを再オープンしてから12,000人以上の子供たちを診察しました。
「センターを再オープンしたのはちょうど1年前の11月でした。大変満足しています。」と医療コーディネーターのラウラが語ってくれました。センターでは現地のスタッフが150人勤務しています。彼らと共に14歳までの患者を無償で治療し、衛生に関するプロモーション活動、栄養失調を発見するためのスクリーニングを行っています。
再オープンから、センターを訪れる患者の数は毎月増加しています。そして、冬が近づくにつれ、さらにその数は増えると予想されています。このシーズンに病気になり、もともと危うい健康状態にある子供たちが更に重症になることが多いからです。
センターの事業は@Agenzia Italiana per la Cooperazione allo Sviluppoの支援を受けています。

「まだ僕は生きている。あの日、僕は10人の仲間を失った。そのうちの一人は病院へ運ばれる車で、僕の前に座っていた。病院へ着いた時にはすでに亡くなっていた。僕は幸運だったと思う。」2018年、マティウッラーはカブールのジムでトレーニング中に爆破...
18/11/2021

「まだ僕は生きている。あの日、僕は10人の仲間を失った。そのうちの一人は病院へ運ばれる車で、僕の前に座っていた。病院へ着いた時にはすでに亡くなっていた。僕は幸運だったと思う。」
2018年、マティウッラーはカブールのジムでトレーニング中に爆破テロで負傷しました。
「僕の腕は最悪の状態だった。半分は吹き飛ばされ、血だらけだった。腕を失うだろうと覚悟していた。」
1年少しでマティウッラ―は回復しました。手首には二度目の手術の跡が残っていますが、手も動かせるようになりました。スポーツ選手だったことは幸いでした。
マティウッラ―の証言はエマージェンシーのマルチメディアプロジェクトである“Afganistan20”に集められています。20年にわたる戦争をその被害者の目から見たストーリーを集めたものです。

The stories, the numbers, the victims: EMERGENCY's account, 20 years on.

私たちを幸せな気持ちにしてくれた、ポリトラック(移動クリニック)での出会い。主人公はモハメッドです。ミラノで初めて出会ったのは1年ほど前の事。ガンビアから2013年にイタリアに来たと話してくれました。地中海を渡ってランペドゥーサへたどり着く...
12/11/2021

私たちを幸せな気持ちにしてくれた、ポリトラック(移動クリニック)での出会い。主人公はモハメッドです。ミラノで初めて出会ったのは1年ほど前の事。
ガンビアから2013年にイタリアに来たと話してくれました。地中海を渡ってランペドゥーサへたどり着くまで、リビアで拘置所に収容されていましたが、そこから300人以上で大脱走する際にリビアの警察から脚を銃で撃たれ、右足を負傷しました。
そして、すぐに適切な処置を受けられなかったので、右脚を切断しなくてはなりませんでした。
最初にポリトラックに現れた時は義足があまりにも古くて、痛くて歩けないほど消耗していたため、すぐにでも新しいものを作る必要がありました。エマージェンシーのスタッフが新しい義足を作ってもらえるよう、必要なすべての手続きを手伝いましたが、彼のような立場の人にとってはとても複雑で大変な手続きでした。更にはモハメッドが必要としていた専門の医療が受けられるよう、滞在許可証の発行をサポートしました。何か月もに及ぶ治療を受け、数日前にモハメッドはポリトラックへあいさつに立ち寄ってくれました。これがその時、みんなで撮った写真です。新しい義足を付け、手は胸に当てられています。

03/11/2021

今日の午後、カブールにあるサーダル ダウード カン軍病院は2回にわたる大きな爆発と、続いていくつもの発砲に見舞われました。
エマージェンシーの外科病院には負傷者21名が運ばれてきました。そのうちの一人はすでに亡くなっていました。
患者は全員、爆発の破片による傷を全身に受けていました。怪我人の中には子供も二人含まれています。
これはこれまでと変わらずアフガニスタンの国民が代償を払っているということであり、メディアに報道されなくなり、国際機関が去ってしまってからも状況がなんら変わらないことを示しています。すでに国民に重くのしかかっている経済恐慌、食糧不足に追い打ちをかけるように。
ビデオはアフガニスタン担当の責任者マルコ プンティンによる証言です。

29/10/2021

スーダンの政情は不安定になっています。
エマージェンシーのスーダン ディレクター、ルカ ロッラがハルツームのサラーム心臓外科センターからスーダン国内にある4か所の病院でエマージェンシーが医療活動を継続しているかの最新情報を送ってくれました。
サラームセンターは入院患者に対する内科、外科医療を継続しています。
マヨ小児センターは今日、再開し40名の子供と15名の妊婦が治療を受けました。
ニアラとポートスーダンの小児病院は通常の活動を継続しています。公的な病院が現在閉鎖、もしくは活動の縮小により、エマージェンシーの病院への来院患者数が増加したことを受け、病床を増やしています。
このように困難を極めている時も私たちはスーダン国民の側に立ち、医療のニーズに応えるため、また、無償で高度な医療を提供するために最善を尽くします。

住所

Sasayama-shi, Hyogo

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