ピースバイピースナガサキ 長崎市「平和の文化」事業認定 長崎手彩色絵葉書

ピースバイピースナガサキ 長崎市「平和の文化」事業認定 長崎手彩色絵葉書 平和を願うPIECEから世界をPEACEに出来ると信じます。 平和賛成!
長崎市「平和の文化」事業認定 第4号
#ピースバイピースナガサキ
大切なのは #ピースばい!✌️
いつまでも #華和蘭長崎 を大切に
(6)

平和を願うPIECEから世界をPEACEに出来ると信じます。 平和賛成!
長崎市「平和の文化」事業認定 第4号 長崎手彩色絵葉書
#ピースバイピースナガサキ
大切なのは #ピースばい!
いつまでも #華和蘭輝きの長崎 を大切に
「スキ!」な長崎に手を添えて「ステキ!」な長崎に!

AIの時代だからこそ、愛の世界へ帰ろう――長崎の絵葉書から、未来へ長崎の8月9日を思うとき、私は核兵器の恐ろしさだけを考えるのではありません。81年前。人間がつくった兵器によって、一瞬にして、多くの命と日常が奪われました。そして今、私たちは...
12/08/2026

AIの時代だからこそ、愛の世界へ帰ろう

――長崎の絵葉書から、未来へ

長崎の8月9日を思うとき、
私は核兵器の恐ろしさだけを考えるのではありません。

81年前。
人間がつくった兵器によって、
一瞬にして、多くの命と日常が奪われました。

そして今、私たちはAIの時代を生きています。

AIは、暮らしを便利にし、
医療や科学を進め、未来を拓く力にもなっています。

けれど、その力が戦争と結びついたら。

核兵器のない世界を願う一方で、
AIを組み込んだ新たな兵器も生まれています。

SNSでは、
顔の見えない相手を言葉で傷つけ、
「制裁」のように個人を攻撃することもある。

技術は、人をつなぐためのものなのに。

憎しみに力を与えてしまったら、
その先には何があるのでしょう。

AIと兵器が結びつけば、
人間が直接手を下さず、
機械が命を奪う未来さえ考えられます。

だから、問い続けたい。

技術は、何のためにあるのか。

私は、100年前の長崎を写した
手彩色絵葉書を見つめます。

街。
家族。
子ども。
港。
山。
海。

何気ない風景。

でも、そこに平和がありました。

自然を感じ、
人を思いやり、
美しいものを心から美しいと思う。

そんな人間らしさを、
手放したくない。

藤井風の「帰ろう」を聴きながら、
思います。

父や母から教わった

「憎み合いの果てに何が生まれるの?」

藤井 風 - "帰ろう" Official Video
https://youtu.be/goU1Ei8I8uk?si=J6nfjgMzr0UgiVfn

帰る場所は、過去ではない。

人間の心です。

かつて長崎で、
失われた祈りと信頼を呼び戻そうとしたように。

Volta cá――戻ってきて。

その響きに、
長崎くんちの「もってこーい!」が重なります。

もう一度。
大切なものを、ここへ。

美しい心よ、戻ってきて。

父から受け取った平和。
母から受け取った愛。

二人から受け取った命を、
私たちも未来へ。

恨みではなく、愛を。
破壊ではなく、平和を。

Peace is in your hands.

8月15日、終戦の日。
お盆を迎え、
長崎では精霊流しが行われます。

失われた命を思い、
命がつないでくれた今日を生きる。

そして、未来へ手渡す。

原爆を知る長崎から、
AI戦争のない未来へ。

Peace by Piece Nagasaki.

一つひとつ。
少しずつ。

美しいものを、
美しいと思える世界へ。

帰ろう。

AIの時代だからこそ、

愛の世界へ。

藤井 風 - "帰ろう" Official Video
12/08/2026

藤井 風 - "帰ろう" Official Video

Fujii Kaze - "Kaerou"Director:Kodama Yuichi(vivision)Assistant ...

逢いたくて、いま――一枚の長崎を、未来へ1945年8月9日。長崎では、一瞬にして多くの命と日常が奪われました。「また会おう」「また帰ってくる」。そう思っていた人たちが、二度と会えなくなりました。MISIAの「逢いたくていま」。その歌に重ねる...
11/08/2026

逢いたくて、いま

――一枚の長崎を、未来へ

1945年8月9日。

長崎では、一瞬にして多くの命と日常が奪われました。

「また会おう」
「また帰ってくる」。

そう思っていた人たちが、
二度と会えなくなりました。

MISIAの「逢いたくていま」。

その歌に重ねると、
「逢いたい」という想いは、
過去だけのものではないと感じます。

病気。
災害。
そして感染症。

誰にでも突然、
大切な人と会えなくなることがあります。

だからこそ、
いま逢える人を大切にしたい。

伝えられる想いは、
伝えられるうちに伝えたい。

そして、残しておきたいものがあります。

写真。
絵葉書。
手紙。

そこには、人の姿だけでなく、
その人が生きた時代と、
かけがえのない時間が残されています。

けれど、それらも永遠ではありません。

災害で写真が流されることもある。
火災でアルバムが失われることもある。

大切にしていた一枚が、
一瞬で失われることもあります。

だからこそ、
今ここに残っている一枚には意味があります。

長崎手彩色絵葉書には、
100年以上前の長崎が残されています。

原爆投下前の街。
港を行き交う船。
坂道を歩く人々。
そこにあった穏やかな暮らし。

私たちは、その時代を生きた人たちに
もう逢うことはできません。

けれど、一枚の絵葉書を通して、
その人たちが見ていた長崎に
触れることができます。

そしていつか、
被爆者の方々がいなくなる未来が訪れます。

そのとき、私たちは
何を語り継ぐのでしょう。

悲惨な過去だけではありません。

美しかった長崎。
そこにあった暮らし。
人々の笑顔や願い。

そして、戦後を生き、
今日まで受け継がれてきた長崎。

過去だけではなく、
私たちが生きる「いま」も、未来へ残していきたい。

語り継ぐということは、
悲しみだけを繰り返し伝えることではない。

その時代に生きた人々が見た景色。
愛した街。
大切にした人。
そして、明日への願い。

そのすべてを記憶として受け取り、
次の世代へ手渡していくこと。

だから私たちは、
長崎手彩色絵葉書を守り、保存します。

一枚に残された長崎を。
そこに生きた人々の時間を。
そして、私たちが生きる「いま」を。

未来へ手渡すために。

いつか私たちも、
誰かの記憶になります。

そのとき、
私たちの手から渡された一枚が、
未来の誰かの心に届くかもしれません。

Peace by Piece Nagasaki

一枚の長崎。
一人の手から。

過去から、いまへ。
いまから、未来へ。

そして、いつか未来の誰かが、
その一枚を手に取ったとき。

そこに、
「この長崎を残してくれて、ありがとう」
と思ってもらえたなら。

それが、私たちの願いです。

MISIA "逢いたくていま" 2009.11.18 IN STORESTBS系日曜劇場「JIN-仁-」主題歌Listen & ...

08/08/2026

8月9日、長崎

――父が手渡してくれた、平和な未来

81年前の8月9日。

長崎で、私の祖父母と、まだ幼かった父は被爆しました。

爆心地から約1,500メートル。
そこは一瞬にして焼け野原となり、
それまでの暮らしは、何もかも失われました。

幼かった父は、
大切なものを身体に結びつけられ、
「生きろ!」と言われたそうです。

それは、ただ自分の命を守るためだけではなかったのかもしれません。

祖父母の分まで生きる。
そして、まだ見ぬ未来のために生きる。

いつか生まれてくる、私たちのために。

父は、あの日の悲惨な出来事を、
ほとんど語りませんでした。

けれど、何も感じなかったわけではないと思います。

あまりにも多くのものを奪われた。
あまりにも理不尽だった。

きっと、悔しかった。

原爆投下後、
焼き場に立つ少年の写真があります。

その少年と、
当時の父は、ほぼ同じ年齢でした。

写真の中の小さな少年を見つめると、
私は幼かった父の姿を想像します。

同じ長崎の空の下で、
父もまた、あの日を生きていた。

どれほど怖かったのだろう。
どれほど悔しかったのだろう。

それでも父は、
その悲しみや憎しみを、
未来を生きる私たちに背負わせませんでした。

父が私たちに残してくれたのは、
悲惨な過去だけではありません。

未来を幸せに生きること。

家族と笑うこと。
人を大切にすること。
明日を楽しみにすること。

父は、私たちに
平和な未来を手渡してくれたのだと思います。

私は今、
100年前の長崎を写した手彩色絵葉書を見つめています。

そこにあるのは、
特別な出来事ではありません。

街を歩く人。
働く人。
家族。
子どもたち。
港の風景。

何気ない風景。
何気ない生活。

けれど、それこそが、
かけがえのない平和な一日だったのでしょう。

笑い声があり、
大切な人がいて、
明日があった。

そして81年前、
その何気ない一日が失われました。

だからこそ、思います。

平和とは、
特別なものではない。

家族と過ごすこと。
誰かと笑うこと。
好きな場所を歩くこと。
明日の幸せを願えること。

そんな、何気ない一日そのものです。

失われたものを思うほど、
今ここにあるものの尊さに気づかされる。

父が生きてくれたこと。
その命が私たちへつながったこと。
そして、私たちが今ここにいること。

一つの命から、次の命へ。
一人の想いから、次の人へ。

平和への願いも、
少しずつ、静かに、
満ちてゆく。

藤井風 満ちてゆく
https://youtu.be/ptiK8U4WlSc?si=_zvBESqqHDyrSoXd

父が、悔しさを抱えながらも、
憎しみを次の世代に残さず、
平和な未来を手渡してくれたように。

私も、その未来を受け取り、
次の世代へ手渡していきたい。

勝ち負けだけじゃなかとさ。
大切かとは、ピースばい。

誰かに勝つことより、
誰かを大切にすること。

憎しみを残すことより、
平和を残すこと。

Peace is in your hands.

平和は、誰かが与えてくれるものではない。
私たち一人ひとりの手の中にある。

そして、令和8年8月8日。

私は、これまで大切にしてきた想いを胸に、
新たな活動をさらに進めます。

Peace by Piece Nagasaki

一人ひとりの小さな想いを、
一つひとつのピースとして。

過去から受け取った記憶を、
未来への平和につないでいく。

大きなことはできなくてもいい。

一人の想いが、
もう一人の想いと重なれば、
やがて平和のかたちになっていく。

父が私たちに手渡してくれた平和を、
今度は私たちが、次の世代へ。

Piece by piece.
Peace by peace.

一つひとつ。
少しずつ。

平和を、未来へ。

明日、8月9日。

長崎から、世界へ。

Peace is in your hands.

そして、
平和な一日が、
これからも静かに満ちてゆきますように。

8月9日に思う。平和とは、同じ地球で生きる家族を思いやる心。8月9日、長崎は原爆の日を迎えます。この日、私たちは原爆で亡くなられた方々を追悼し、戦争の悲惨さを忘れず、世界の恒久平和を祈ります。しかし、平和な暮らしが脅かされるのは、戦争だけで...
07/08/2026

8月9日に思う。

平和とは、同じ地球で生きる家族を思いやる心。

8月9日、長崎は原爆の日を迎えます。

この日、私たちは原爆で亡くなられた方々を追悼し、戦争の悲惨さを忘れず、世界の恒久平和を祈ります。

しかし、平和な暮らしが脅かされるのは、戦争だけではありません。

地震、台風、豪雨などの自然災害によって、昨日まで当たり前だった日常が失われることがあります。

だからこそ、今あらためて考えたいのです。

平和とは、戦争がないことだけではなく、一人ひとりの命が大切にされ、誰もが安心して暮らせる社会を築くことではないでしょうか。

長崎は、原爆という未曽有の悲劇を経験したまちです。

焼け野原となったまちで、人々は自らも傷つきながら、互いに水を分け、手を差し伸べ、命を支え合いながら復興への道を歩み始めました。

そこにあったのは、立場や違いを超えて「人の命を思う心」でした。

その心こそ、長崎が未来へ受け継ぐべき「平和の文化」なのだと思います。

大規模災害が発生したとき、自治体や消防、警察、自衛隊などは迅速に対応を開始します。

しかし、被害が広範囲に及ぶほど、すべての場所へ支援が届くまでには一定の時間を要することもあります。

その間、命を守る大きな力になるのは、地域で暮らす一人ひとりの行動です。

もちろん、まず自分自身と家族の安全を確保することが大切です。

そのうえで、避難が難しい高齢者、障害のある方、小さな子どもを抱える家庭など、より支援を必要としている人へ手を差し伸べる。

その一つひとつの行動が、大切な命を救うことにつながります。

そのためには、平時から地域のつながりを育てておくことが必要です。

応急手当ができる人。
介助ができる人。
外国語で不安を抱える人に寄り添える人。
避難所運営を支援できる人。

それぞれが持つ力を生かし、地域全体で支え合う仕組みを整えておくことが、有事の大きな力になります。

そして、地域を知る人だからこそできる支援があります。

安全な避難経路、災害時に注意すべき場所、地域で暮らす人々の状況。

日頃からその土地で暮らしている人だからこそ、できる支援があります。

家族を守りたいと思う気持ちは、人として自然な心です。

災害が起きたとき、誰もが大切な家族の無事を願い、何としてでも助けたいと思うでしょう。

しかし、その「家族」という想いを、もう少し広げることができたなら、まちはもっと温かく、強くなります。

血のつながった家族だけではありません。

同じ土地に暮らす人。
同じ空の下で生きる人。
そして、この長崎というまちを訪れてくださった観光客、留学生、海外から来られた方々も、同じ時間を共有する大切な存在です。

私たちは皆、同じ地球で呼吸をする家族なのではないでしょうか。

災害は、人を選びません。

だからこそ、守る命を選ばない社会でありたい。

困っている人に声をかける。
不安を抱える人に寄り添う。
知らない誰かの命を、自分のことのように大切に思う。

その一つひとつの行動が、「あなたも、このまちの大切な家族です」という温かなメッセージになります。

長崎は、古くから世界へ開かれ、多くの文化や人々を受け入れてきた国際都市です。

だからこそ、血縁を超え、地域を超え、国境を超えて、人と人がつながる平和の姿を発信できる場所なのだと思います。

人口減少が課題とされる時代だからこそ、平時には心豊かに暮らせ、有事には互いに支え合えるまちを築くことが、これからの長崎の大きな魅力になります。

長崎手彩色絵葉書に残された100年以上前の穏やかな風景は、私たちに静かに語りかけています。

平和とは、特別なものではなく、家族と過ごす時間、友人との会話、街を歩く日常、その一つひとつの尊さなのだと。

かつて長崎の街を歩いた人々も、同じ空の下で笑い、暮らし、未来の幸せを願っていました。

その何気ない日常が、これからも続いてほしい。

その願いを込めて、長崎手彩色絵葉書保存会は、

「100年経っても 平和でいてね」

というメッセージを掲げています。

100年前の長崎から届いた小さな絵葉書の声は、時を越えて、今を生きる私たちへ語りかけています。

戦争を繰り返さないこと。

自然災害に備え、命を守ること。

同じ土地で暮らす人、同じ地球で呼吸をするすべての人を、家族のように思いやること。

その一つひとつの積み重ねが、未来の平和を育てていくのだと思います。

Peace by Piece Nagasaki

平和とは、遠い誰かの願いではなく、目の前にいる人を大切にする心から始まる。

100年前の長崎から託された
「100年経っても 平和でいてね」
という願いを、さらに次の100年へ。

福山雅治 家族になろうよ
https://youtu.be/vrkbf9CVkn4?si=ptnUHyWyLhG7yxf4

その優しさが未来の誰かの命を守り、世界中に穏やかな日常をつないでいくことを願っています。

from 27th SINGLE『家族になろうよ/fighting pose』2011/8/31 Release▼Music S...

03/08/2026

キプロス、イタリア、長崎――海がつないだ文明の交差点

地中海に浮かぶキプロス、芸術と歴史が息づくイタリア、そして日本の西の玄関口・長崎。

遠く離れた三つの地には、一つの共通点があります。それは、海によって世界と結ばれ、多様な文化を受け入れながら発展してきた「文明の交差点」であることです。

キプロスは、古代からヨーロッパ、中東、北アフリカを結ぶ地中海交易の要衝として栄えてきました。1489年から1571年まではヴェネツィア共和国の統治下に置かれ、イタリアとの結びつきを深めます。現在も島には、ヴェネツィア時代の城壁や要塞が残り、その歴史を今に伝えています。

一方、イタリアでは、ヴェネツィアやジェノヴァなどの海洋都市が交易を通じてヨーロッパと東方世界を結び、芸術や学問、食文化を大きく発展させました。

その頃、日本では長崎が世界へ開かれた港として歩み始めます。

16世紀、日本でのキリスト教布教を支えたイエズス会では、イタリア出身の巡察師・アレッサンドロ・ヴァリニャーノが重要な役割を果たしました。彼は長崎を宣教・教育・国際交流の拠点として位置づけ、日本人司祭の育成や西洋文化の紹介に尽力しました。

1582年には、長崎や有馬、大村ゆかりの天正遣欧少年使節がローマを訪れ、教皇に謁見します。少年たちが海を越えて目にしたルネサンス文化は、日本とヨーロッパの交流史における象徴的な出来事となりました。

長崎は、中国、ポルトガル、スペイン、オランダなど、さまざまな国や地域の文化が出会う港町として発展しました。その面影は、今も街並みや食文化の中に息づいています。

長崎名物の「からすみ」は、中国の「烏魚子(ウーユーズ)」の製法の影響を受けて発展したと考えられています。一方、イタリアには「ボッタルガ」と呼ばれる、同じくボラの卵巣を塩漬け・乾燥させた伝統食品があります。直接の伝来関係は確認されていませんが、海に囲まれた地域で、それぞれの土地の知恵から育まれた食文化には、美しい共通点があります。

また、長崎へ伝わったカステラや金平糖などの南蛮菓子は、ポルトガルやスペインを経て日本にもたらされました。これらもまた、大航海時代の国際交流がもたらした文化の贈り物です。

そして長崎には、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が残り、信仰を守り続けた人々の歴史を今に伝えています。その歩みは、カトリック教会の中心地・ローマとも深く結びついています。

海は、人や物だけでなく、文化や祈り、そして食も運びました。

キプロス、イタリア、長崎――。

三つの地は、それぞれ異なる歴史を歩みながらも、海を通じて世界とつながり、多様な文化を受け入れてきました。その歩みは、違いを恐れるのではなく、違いを受け入れることで新たな文化が生まれることを教えてくれます。

2Cellos「Pirates of the Caribbean」
https://youtu.be/Xj3gU3jACe8?si=NVYql4kr3hgiV8_n

力強く駆け抜ける二つのチェロの響きは、海を越えて行き交った人々や文化、そして時代を超えて受け継がれてきた歴史を思い起こさせます。

遠い地中海と長崎港。

二つの海は、過去と未来をつなぎながら、今もなお、人と人を結ぶ「平和への航路」であり続けています。

画像: https://onohara.co.jp

03/08/2026

キプロスの太陽、長崎のザボン――海と人が育んだ、果実と文化の物語

地中海に浮かぶ島国キプロスと、日本の西の玄関口として栄えた港町・長崎。

遠く離れた二つの土地には、太陽と海の恵みを受け、人々の知恵によって豊かな文化を育んできたという共通する魅力があります。

2026年7月から続編が放送されているドラマ『VIVANT』をきっかけに、キプロスという地中海の島にも関心が寄せられています。

VIVANT main theme
https://youtu.be/MuGFcUggtDs?si=W7xFa5o3IVi8GyJz

キプロスは、温暖な地中海性気候に恵まれ、レモンやオレンジなどの柑橘が人々の暮らしに親しまれてきました。また、古代からヨーロッパ、アジア、アフリカを結ぶ東地中海の要衝として、多くの文明が交わった歴史ある島です。

一方、長崎もまた、海を通じて世界とつながった街です。

江戸時代、出島は日本とヨーロッパを結ぶ交流の窓口となり、医学、天文学、博物学など、多くの知識や文化が海を越えて伝えられました。

そして長崎には、海を越えて伝わった一つの果実を、人々の手で大切に生かしてきた物語があります。

苦味を、やさしい甘さへ。

長崎が育んだ「ざぼん漬」の物語です。

ザボンは東南アジアを原産とする柑橘で、中国を経て長崎へ伝わったとされています。

海外との交流の窓口であった長崎は、新しい文化だけでなく、新しい味との出会いも受け入れてきました。

やがてザボンは各地へ広がり、熊本では晩白柚、高知では土佐文旦など、それぞれの土地で豊かな実りを育んでいきました。

長崎は、その出会いと広がりの歴史を見守ってきた港なのです。

ざぼん漬の主役は、果実そのものではありません。

一見すると捨てられてしまう、厚く香り豊かな皮です。

そのままでは苦味のある皮を、長崎の人々は何度も水にさらし、丁寧に蜜で炊き上げました。

時間と手間をかけることで、苦味は消え去るのではなく、やさしい甘さへと変わっていきます。

その姿は、長崎という街の歩みにも重なります。

異国との交流、文化の受容、そして原爆による深い悲しみ。

多くの苦難を経験しながらも、人々の知恵と優しさによって、未来への希望を育んできました。

ザボンは、ビタミンCや食物繊維などを含み、爽やかな香りで人の心を和ませてくれる果実です。

その恵みを余すことなく生かそうとした先人の知恵から生まれた「ざぼん漬」は、単なる銘菓ではありません。

「いただいた命を大切にする心」

「もったいないという思い」

「時間を惜しまず手をかける優しさ」

そのすべてが、一粒の中に込められています。

そして熊本の晩白柚もまた、大地の恵みと人々の努力によって育まれてきた宝物です。

2026年7月、熊本では大きな地震が発生し、多くの方々が不安な日々を過ごされています。

果実が大地に根を張り、時間をかけて甘さを蓄えるように、人の心もまた、支え合いによって希望へと育まれていきます。

長崎のザボン、熊本の晩白柚。

苦味をやさしい甘さへ変える知恵は、果実だけではなく、困難を乗り越えようとする人々の力にも重なります。

地中海のキプロスと、日本の西の玄関口・長崎。

場所も歴史も異なる二つの土地ですが、自然の恵みを人の知恵で受け継ぎ、次の世代へつないできたという点で、静かな共鳴があります。

一つの果実、一つの港、一つの出会い。

そこには、違いを越えて人と人をつなぐ、温かな物語があります。

Peace by Piece Nagasaki

一枚の絵葉書から、一つの果実から、平和の記憶を未来へ。

03/08/2026

一本の「より」が、希望を結ぶ。

お菓子には、ときに言葉以上に想いを届ける力があります。

長崎には、「よりより」という伝統銘菓があります。

その名は、生地を一本一本、丁寧に撚(よ)り合わせることに由来すると伝えられています。

古くから海外へ開かれた港町・長崎。異なる文化や人々が海を渡って出会い、新たな文化を育んできました。「よりより」もまた、中国との交流の中で受け継がれ、長崎の歴史とともに愛され続けてきた銘菓です。

一本の糸は細くても、幾本も撚り合わせれば、しなやかで強くなります。

その姿は、人と人との絆にも重なります。

悲しみに寄り添う心。

励ましの言葉。

差し伸べられる手。

一つひとつは小さくても、その想いが撚り合わされることで、大きな希望へと変わっていきます。

地震で被災された皆さまへ。

遠く離れた長崎から、皆さまのことを想い、一日も早く穏やかな日常が戻ることを心から願っています。

長崎は、人と人を結ぶ港として歩み、そして平和の尊さを世界へ伝え続けてきた街です。

だからこそ、この小さな「よりより」に願いを託します。

想いを撚る。
祈りを撚る。
希望を撚る。

その願いは、福山雅治さんの『想望』が描くような、「大切な人の幸せを静かに願う心」と、どこか重なっているように感じます。

福山雅治 想望
https://youtu.be/TYWdqfQNJwE?si=GiYHz1YVVnxjpzhx

一本の「より」が、人を結ぶ。

人が心を結び、その心が未来を結ぶ。

今日、誰かを想う気持ちは、きっと明日の希望へとつながっていく。

長崎から。

復興を願い、平穏な日々を願い、皆さまの笑顔が再び輝くことを、心から祈っています。

長崎手彩色絵葉書

ピースバイピースナガサキ 長崎市「平和の文化」事業認定 長崎手彩色絵葉書

画像: https://fukken-nagasaki.jp/sp/

住所

Nagasaki, Nagasaki

ウェブサイト

アラート

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