09/05/2026
5月5日21時過ぎ、第21回日本横断「川の道」フットレースの幕を無事に下ろすことができました。本大会に関わっていただいた皆さまに心から感謝いたします。
本大会の記録が次のように確定しました。
・エントリー者数 516km 139人、259km 76人、計215人
・出走者数 516km 131人、259km 72人、計203人
・完走者数 516km 75人、259km 51人、計126人
・完走率 516km 57.25%、259km 70.83%
・参加者全員の記録
https://sportsaid-japan.org/NEW/kiroku/result/26kawa-kiroku.pdf
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今から29年前の1997年4月、仲間と一緒に荒川の河口から源流に向かって走っているときでした。ふと、甲州(山梨県)、武州(埼玉県)、信州(長野県)の三国境に鎮座する甲武信岳によって水の流れが荒川と信濃川(長野県では千曲川)に分けられ、それぞれが太平洋と日本海に行き着くことに気づき、いつかこれら2つの大河をつないで走る壮大なウルトラマラソンレースを立ち上げようと思い立ったのが「川の道」の始まりでした。
それから8年後の2005年にその思いが叶い、4人のランナーが太平洋から日本海に向けて、記念すべき第一歩を踏み出すことになったのです。
そして、2回、3回と回を重ねる毎に参加者が徐々に増え、5回大会では日本縦断ステージ(フル)52人、荒川~千曲川ステージ(前半ハーフ)22人、千曲川~信濃川ステージ(後半ハーフ)31人の計105人を数えるまでになっていました。
その5回大会こそ、かつてない感動にあふれた大会であり、これからの「川の道」が進むべき方向を示してくれた大会であったと思っています。
「川の道」を立ち上げるにあたって、まず確保しなくてはならなかったことは、ランナーのレース中における安全面の管理であり、そのためには、オーストラリア・シドニー~メルボルン間1,011kmを走るレースと同様、ランナー一人ひとりに専属サポーター&サポートカーをつける必要があると私は考えました。
しかし、実際に自分自身が走ることによって、コースの適当な場所にいくつかのレストポイントを設け、そこでの休息を義務づければ、専属サポーター&サポートカーなしでも500km超のレースに充分対応できるということも分かりました。
そのことを確信したのが、50人以上の参加者全員が専属サポーター&サポートカーなしで参戦し、完走率75%を達成した5回大会だったのです。
このことによって、この「川の道」は決して限られたランナーのみに許された大会ではなく、いずれ多くのランナーの目標となる大会になると思えるようになり、「川の道」を距離だけではなく、すべての面において日本一の1ステージレースにしていかなくてはならないという使命感にも似た意識を持つようになりました。
その後、幾多の開催危機に直面しながらも、今もこうしてこの大会が存在し続けていることを思うと、やはり私自身が「川の道」が持つ魔力に憑りつかれてしまったような気がします。
ともあれ、生ある限りこの「川の道」に関わっていきたいものです。
誰もが己のなかに持っている「負たる部分」と対峙し、そして戦いながらも、仲間を思うこと、支え合うことを忘れずに、ともに遥か彼方の「川の道岬」をめざすランナーたちは、まさに「川の道戦士」。
私は大好きな「川の道戦士」たちと共に、毎年のように発生する様々な出来事にもめげず、希望を抱き、努力を怠らず、そして感謝の気持ちを忘れずにこの「川の道」を継続してまいります。
*以前、綴った「川の道への思い」を抜粋、編集したものを改めて投稿させていただきました。
大会長/スポーツエイド・ジャパン代表理事 舘山 誠