熊本ふるまち・五福蓄音器を楽しむ会

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熊本ふるまち・五福蓄音器を楽しむ会 毎月第4日曜日の午後、熊本城内の熊本市立博物館で蓄音機でレコードを聞くコンサートを開催。現在は五福公民館に場を移し2015年4月で通算325回を数えます。

―10月19日―ワーグナーのオペラ「タンホイザー」がドレスデン歌劇場で初演された(1845年)。ワーグナー32歳の頃の初期の作品であり、のちの総合芸術としての「楽劇」が生まれる前の作品である。当時初演は失敗に終わり、その後「タンホイザー」は...
19/10/2026

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10月19日

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ワーグナーのオペラ「タンホイザー」がドレスデン歌劇場で初演された(1845年)。ワーグナー32歳の頃の初期の作品であり、のちの総合芸術としての「楽劇」が生まれる前の作品である。当時初演は失敗に終わり、その後「タンホイザー」は何度も改定が加えられることになった。

DE EMI 1C147-01 751/753 ヘルベルト・フォン・カラヤン モーツァルト・フィガロの結婚

DE 1950年の優秀録音です。ボックス入り。

Record Karte

モーツァルト/「フィガロの結婚」全曲

ジョージ・ロンドン(バスバリトン)

エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)

セーナ・ユリナッチ(ソプラノ)

エーリヒ・クンツ(バリトン)

イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ) ほか

ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ウィーン国立歌劇場合唱団

1950年6、10月 ウィーン、ムジークフェラインザールでの録音。

レコードに活路を見出したカラヤン ― 優雅さやゆとりといったものが新鮮で豊饒な座右の盤に相応しいレッグ&カラヤン連合軍の快進撃の第一幕

― エーリヒ・クンツ(バリトン:フィガロ)、イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ:スザンナ)、ジョージ・ロンドン(バス:アルマヴィーヴァ伯爵)、エリザベート・シュワルツコップ(ソプラノ:伯爵夫人)、セーナ・ユリナッチ(ソプラノ:ケルビーノ)、マルジャン・ルス(バリトン:バルトロ)、エリザベート・ヘンゲン(メゾ・ソプラノ:マルチェリーナ)、ヴィルヘルム・フェルデン(バス:アントニオ)、ヒルデ・チェスカ(ソプラノ:若い娘)、アンニ・フェルベルマイア(ソプラノ:若い娘)、ロスル・シュヴェイガー(ソプラノ:バルバリーナ)、エーリヒ・マイクート(テノール:ドン・バジリオ、ドン・クルツィオ)。まだ40歳代だったカラヤンがウィーン・フィルから引き出した鮮烈そのものの表現と旨味抜群の名歌手達の魅力が実に見事に融合した、優雅さやゆとりといったものが新鮮で豊饒な美演。どんなに最強奏でも、持ち前の高貴な美感を失わないウィーン・フィルの名演を見逃す手はないでしょう。今聴いても録音も素晴らしく座右の盤に相応しい名盤。

英EMIの偉大なレコード・プロデューサー、ウォルター・レッグは未来の演奏会やアーティストを評価するときに基準となるようなレコードを作ること、彼の時代の最上の演奏を数多く後世に残すことであったという。レッグは戦後ナチ党員であったとして演奏を禁じられていたカラヤンの為に、レッグ自ら1945年に創立したフィルハーモニア管弦楽団を提供しレコード録音で大きな成功を収めたが、このフィルハーモニア管弦楽団創立には、1947年1月ウィーンでレッグとカラヤンが偶然出会い意気投合したことに始まる。カラヤンのEMIへのレコード録音は、フィルハーモニア管弦楽団で始まる前にウィーン・フィルとの録音があり、本盤はカラヤンにとっては初めてのオペラ全曲レコーディングとなった記念すべき一組です。意気投合したが、実現には道のりがあった。ドイツでは1946年、連合軍による『非ナチ化』政策が始まった。ナチだったと疑われている人々は無罪が証明されるまで公的な活動が出来なくなった。カラヤンもフルトヴェングラーも、そしてベームをはじめとする音楽家たちも、その対象となった。ドイツ音楽界は1930年代にユダヤ系の人々が亡命や追放、粛清でいなくなったうえ、戦争が始まると戦場や空襲で多くの者が命を失い人材不足に陥っていたところに、残っていた大音楽家たちまでもが活動が出来なくなってしまったのだ。前年にイタリアでドイツ敗戦を迎えたカラヤンは、何回かイタリアでコンサートを指揮した後、故郷ザルツブルクに戻り、この地で一旦はナチ容疑が晴れた。ユダヤ系の女性を妻としたこと、ヒトラーに嫌われ干されていたことなど、戦争中はマイナスだったことがプラスに転じたのである。カラヤンは46年になると本格的な活動を再開すべくウィーンに向かったが、ソ連軍の命令で公演を続けられなくなる。さらにはザルツブルク音楽祭にも連合軍の命令で出演できなくなった。カラヤンはレコードに活路を見出すことにし、EMIと契約し、早速9月よりウィーン・フィルとレコーディングを開始。オーケストラはウィーン・フィルだった。平和が戻ったはずの世界は、冷戦へ突入していく。ベルリン・フィルの演奏会はチェリビダッケが指揮し、客席にフルトヴェングラーは居た。1947年、チェリビダッケの協力もあり、非ナチ化審理が無罪で終わったフルトヴェングラーは5月、ベルリン・フィルの指揮台に復帰した。1947年のザルツブルク音楽祭もカラヤンは出演できなかったが、フルトヴェングラーは出演しコンサートを指揮した。ユダヤ系のヴァイオリニスト、ユーディ・メニューインが共演したことが話題になった。その裏側にはカラヤンが、フルトヴェングラーと手を結ぼうと接触したことがあるが、それはまた別の話だ。カラヤンがコンサートに復帰するのは10月で、ウィーン・フィルを指揮した。それと平行して、EMIへのレコーディングも続いていた。レッグ&カラヤン連合軍の快進撃の第一幕が開いた。英米の本当の連合軍も、レッグのロビー活動により、カラヤンに公的な指揮活動が許されたのと前後している。この快進撃の第一幕が、本盤《フィガロの結婚》でした。このウィーン・フィルとのレコーディングは、1946年から1949年まで集中的に行われている。しかし、この時期のカラヤンとウィーン・フィルの演奏が評価の高いシロモノであったことが、その後カラヤンにとっての天敵フルトヴェングラーが亡くなった後にベルリン・フィルとウィーン・フィルがカラヤンを迎え、帝王として君臨することになる礎となったことは事実である。まさに、カラヤン芸術の原点として評価すべき時代の録音と云えるだろう。 レッグ夫妻(後の)&カラヤン連合が創作した最高のフィガロであることには、誰も異論はないだろう。とりあえず、カラヤンの戦後はウィーンを活動の拠点として始まったのである。1948年、夏、ザルツブルク音楽祭に出演出来たカラヤンが、オペラを指揮するのは初めてだった。だが、「カラヤンが今後も、この音楽祭に出るならば、わたしは出ない」とフルトヴェングラーはカラヤン追放を求めた。斯くて、その後、天敵フルトヴェングラーによりウィーン・フィルを締め出されたカラヤンはウィーン交響楽団に活動の場を移し、またレコーディングはフィルハーモニア管弦楽団と行うようになるが、そのフィルハーモニア管弦楽団でも合奏の完璧な正確さを要求し、音を徹底的に磨き上げることによって聴衆に陶酔感をもたらせ、さらにはダイナミズムと洗練さを同時に追求するスタイルで第二期黄金事態を築いたことは周知の事実です。その第二黄金期の幕開けを告げるのが、このフィガロ。

プロダクト・ディテール(ヴィンテージ盤)

演奏者

ジョージ・ロンドン(バスバリトン)

エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)

セーナ・ユリナッチ(ソプラノ)

エーリヒ・クンツ(バリトン)

イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)

ウィーン国立歌劇場合唱団

オーケストラ

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

指揮者

ヘルベルト・フォン・カラヤン

作曲家

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

曲目

歌劇「フィガロの結婚」全曲

録音年月

1950年6、10月

録音場所

ウィーン、ムジークフェラインザール

録音プロデューサー

ウォルター・レッグ

録音レーベル

EMI

レコード番号

1C 147-01 751/753

録音種別

STEREO

製盤国

DE(ドイツ)盤

CDの購入はアマゾンからできます。

Great Recordings Of The Century - Mozart: Le Nozze Di Figaro / Karajan, London, Schwarzkopf, Seefried, et al

Karajan

EMI Classics

1999-06-26

モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」全曲

コトルバス(イレアナ)

キングレコード

2012-09-26

モーツァルト:フィガロの結婚 ハイライツ

ウィーン国立歌劇場合唱団

ユニバーサル ミュージック クラシック

2011-04-06

モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」全曲

コトルバス(イレアナ)

キングレコード

2012-09-26

モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》ハイライツ

シュターデ(フレデリカ・フォン)

ユニバーサル ミュージック クラシック

2007-12-12

https://analog.blog.jp/B%C3%A4renplatte-Vintage-LP-Karajan-London-Schwarzkopf-Jurinac-Kunz-Seefried-Mozart-DE-EMI-1C-147-01-751-753-STEREO-3LP-91820752.html

カラヤンがウィーン・フィルから引き出した鮮烈そのものの表現と、旨味抜群の名歌手達の魅力が、実に見事に融合して優雅さやゆとりといったものが豊饒な名演。

カラヤンのモーツァルト/「フィガロの結婚」全曲 DE EMI 1C 147-01 751/753 STEREO 3LP「 カラヤンのモーツァルト/「フィガロの結婚」全曲 DE EMI 1C 147-01 751/753 STEREO 3LP...
19/10/2026

カラヤンのモーツァルト/「フィガロの結婚」全曲 DE EMI 1C 147-01 751/753 STEREO 3LP

「 カラヤンのモーツァルト/「フィガロの結婚」全曲 DE EMI 1C 147-01 751/753 STEREO 3LP」を通販レコードとしてご案内します。 ― 10月19日 ― ワーグナーのオペラ「タンホイザー」がドレスデン歌劇場で初演された(1845年)。ワーグナー32歳の頃の初期の作品であり、のちの総合芸術としての「楽劇」が生まれる前の作品である。当時初演は失敗に終わり、その後「タンホイザー」は何度も改定が加えられることになった。 DE EMI 1C147-01 751/753 ヘルベルト・フォン・カラヤン モーツァルト・フィガロの結婚 DE 1950年の優秀録音です。ボックス入り。 Record Karte モーツァルト/「フィガロの結婚」全曲 ジョージ・ロンドン(バスバリトン) エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ) セーナ・ユリナッチ(ソプラノ) エーリヒ・クンツ(バリトン) イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ) ほか ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン国立歌劇場合唱団 1950年6、10月 ウィーン、ムジークフェラインザールでの録音。 レコードに活路を見出したカラヤン ― 優雅さやゆとりといったものが新鮮で豊饒な座右の盤に相応しいレッグ&カラヤン連合軍の快進撃の第一幕 ― エーリヒ・クンツ(バリトン:フィガロ)、イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ:スザンナ)、ジョージ・ロンドン(バス:アルマヴィーヴァ伯爵)、エリザベート・シュワルツコップ(ソプラノ:伯爵夫人)、セーナ・ユリナッチ(ソプラノ:ケルビーノ)、マルジャン・ルス(バリトン:バルトロ)、エリザベート・ヘンゲン(メゾ・ソプラノ:マルチェリーナ)、ヴィルヘルム・フェルデン(バス:アントニオ)、ヒルデ・チェスカ(ソプラノ:若い娘)、アンニ・フェルベルマイア(ソプラノ:若い娘)、ロスル・シュヴェイガー(ソプラノ:バルバリーナ)、エーリヒ・マイクート(テノール:ドン・バジリオ、ドン・クルツィオ)。まだ40歳代だったカラヤンがウィーン・フィルから引き出した鮮烈そのものの表現と旨味抜群の名歌手達の魅力が実に見事に融合した、優雅さやゆとりといったものが新鮮で豊饒な美演。どんなに最強奏でも、持ち前の高貴な美感を失わないウィーン・フィルの名演を見逃す手はないでしょう。今聴いても録音も素晴らしく座右の盤に相応しい名盤。 英EMIの偉大なレコード・プロデューサー、ウォルター・レッグは未来の演奏会やアーティストを評価するときに基準となるようなレコードを作ること、彼の時代の最上の演奏を数多く後世に残すことであったという。レッグは戦後ナチ党員であったとして演奏を禁じられていたカラヤンの為に、レッグ自ら1945年に創立したフィルハーモニア管弦楽団を提供しレコード録音で大きな成功を収めたが、このフィルハーモニア管弦楽団創立には、1947年1月ウィーンでレッグとカラヤンが偶然出会い意気投合したことに始まる。カラヤンのEMIへのレコード録音は、フィルハーモニア管弦楽団で始まる前にウィーン・フィルとの録音があり、本盤はカラヤンにとっては初めてのオペラ全曲レコーディングとなった記念すべき一組です。意気投合したが、実現には道のりがあった。ドイツでは1946年、連合軍による『非ナチ化』政策が始まった。ナチだったと疑われている人々は無罪が証明されるまで公的な活動が出来なくなった。カラヤンもフルトヴェングラーも、そしてベームをはじめとする音楽家たちも、その対象となった。ドイツ音楽界は1930年代にユダヤ系の人々が亡命や追放、粛清でいなくなったうえ、戦争が始まると戦場や空襲で多くの者が命を失い人材不足に陥っていたところに、残っていた大音楽家たちまでもが活動が出来なくなってしまったのだ。前年にイタリアでドイツ敗戦を迎えたカラヤンは、何回かイタリアでコンサートを指揮した後、故郷ザルツブルクに戻り、この地で一旦はナチ容疑が晴れた。ユダヤ系の女性を妻としたこと、ヒトラーに嫌われ干されていたことなど、戦争中はマイナスだったことがプラスに転じたのである。カラヤンは46年になると本格的な活動を再開すべくウィーンに向かったが、ソ連軍の命令で公演を続けられなくなる。さらにはザルツブルク音楽祭にも連合軍の命令で出演できなくなった。カラヤンはレコードに活路を見出すことにし、EMIと契約し、早速9月よりウィーン・フィルとレコーディングを開始。オーケストラはウィーン・フィルだった。平和が戻ったはずの世界は、冷戦へ突入していく。ベルリン・フィルの演奏会はチェリビダッケが指揮し、客席にフルトヴェングラーは居た。1947年、チェリビダッケの協力もあり、非ナチ化審理が無罪で終わったフルトヴェングラーは5月、ベルリン・フィルの指揮台に復帰した。1947年のザルツブルク音楽祭もカラヤンは出演できなかったが、フルトヴェングラーは出演しコンサートを指揮した。ユダヤ系のヴァイオリニスト、ユーディ・メニューインが共演したことが話題になった。その裏側にはカラヤンが、フルトヴェングラーと手を結ぼうと接触したことがあるが、それはまた別の話だ。カラヤンがコンサートに復帰するのは10月で、ウィーン・フィルを指揮した。それと平行して、EMIへのレコーディングも続いていた。レッグ&カラヤン連合軍の快進撃の第一幕が開いた。英米の本当の連合軍も、レッグのロビー活動により、カラヤンに公的な指揮活動が許されたのと前後している。この快進撃の第一幕が、本盤《フィガロの結婚》でした。このウィーン・フィルとのレコーディングは、1946年から1949年まで集中的に行われている。しかし、この時期のカラヤンとウィーン・フィルの演奏が評価の高いシロモノであったことが、その後カラヤンにとっての天敵フルトヴェングラーが亡くなった後にベルリン・フィルとウィーン・フィルがカラヤンを迎え、帝王として君臨することになる礎となったことは事実である。まさに、カラヤン芸術の原点として評価すべき時代の録音と云えるだろう。 レッグ夫妻(後の)&カラヤン連合が創作した最高のフィガロであることには、誰も異論はないだろう。とりあえず、カラヤンの戦後はウィーンを活動の拠点として始まったのである。1948年、夏、ザルツブルク音楽祭に出演出来たカラヤンが、オペラを指揮するのは初めてだった。だが、「カラヤンが今後も、この音楽祭に出るならば、わたしは出ない」とフルトヴェングラーはカラヤン追放を求めた。斯くて、その後、天敵フルトヴェングラーによりウィーン・フィルを締め出されたカラヤンはウィーン交響楽団に活動の場を移し、またレコーディングはフィルハーモニア管弦楽団と行うようになるが、そのフィルハーモニア管弦楽団でも合奏の完璧な正確さを要求し、音を徹底的に磨き上げることによって聴衆に陶酔感をもたらせ、さらにはダイナミズムと洗練さを同時に追求するスタイルで第二期黄金事態を築いたことは周知の事実です。その第二黄金期の幕開けを告げるのが、このフィガロ。 プロダクト・ディテール(ヴィンテージ盤) 演奏者 ジョージ・ロンドン(バスバリトン) エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ) セーナ・ユリナッチ(ソプラノ) エーリヒ・クンツ(バリトン) イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ) ウィーン国立歌劇場合唱団 オーケストラ ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮者 ヘルベルト・フォン・カラヤン 作曲家 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 曲目 歌劇「フィガロの結婚」全曲 録音年月 1950年6、10月 録音場所 ウィーン、ムジークフェラインザール 録音プロデューサー ウォルター・レッグ 録音レーベル EMI レコード番号 1C 147-01 751/753 録音種別 STEREO 製盤国 DE(ドイツ)盤 CDの購入はアマゾンからできます。 Great Recordings Of The Century - Mozart: Le Nozze Di Figaro / Karajan, London, Schwarzkopf, Seefried, et al Karajan EMI Classics 1999-06-26 モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」全曲 コトルバス(イレアナ) キングレコード 2012-09-26 モーツァルト:フィガロの結婚 ハイライツ ウィーン国立歌劇場合唱団 ユニバーサル ミュージック クラシック 2011-04-06 モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」全曲 コトルバス(イレアナ) キングレコード 2012-09-26 モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》ハイライツ シュターデ(フレデリカ・フォン) ユニバーサル ミュージック クラシック 2007-12-12 from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード via IFTTT

http://concerto.music.blog/2026/10/20/%e3%82%ab%e3%83%a9%e3%83%a4%e3%83%b3%e3%81%ae%e3%83%a2%e3%83%bc%e3%83%84%e3%82%a1%e3%83%ab%e3%83%88-%e3%80%8c%e3%83%95%e3%82%a3%e3%82%ac%e3%83%ad%e3%81%ae%e7%b5%90%e5%a9%9a%e3%80%8d%e5%85%a8-4/

「 カラヤンのモーツァルト/「フィガロの結婚」全曲 DE EMI 1C 147-01 751/753 STER…

カラヤンのブラームス/交響曲第2番 DE DGG 2531 132 STEREO「 カラヤンのブラームス/交響曲第2番 DE DGG 2531 132 STEREO」を通販レコードとしてご案内します。 ― 10月18日 ― フランスの作曲家...
18/10/2026

カラヤンのブラームス/交響曲第2番 DE DGG 2531 132 STEREO

「 カラヤンのブラームス/交響曲第2番 DE DGG 2531 132 STEREO」を通販レコードとしてご案内します。 ― 10月18日 ― フランスの作曲家、シャルル・グノーが没した日(1893年)。ゲーテの戯曲を元にしたオペラ《ファウスト》や、歌曲《アヴェ・マリア》でも知られる。グノーがオルガニストを務めていたサン・トゥスタッシュ教会には、画家のルノワールも所属していた。グノーはルノワールの歌手としての才能を見出し、両親にルノワールをオペラ座の合唱団に入れることを提案したが、断られたという逸話も残っている。 DE DGG 2531 132 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ブラームス 交響曲第2番 ドイツ/ブルーラインレーベル 1977-78年の優秀録音です。 Record Karte 演奏:ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音:1977年10月19日、78年1月24日、2月16日、19日、ベルリン、フィルハーモニー 曲目ブラームス/交響曲第2番 横への流れが途絶えない、カラヤンらしさ満載。 ― カラヤンはブラームス交響曲の全集録音をグラモフォンで1960年代、70年代、80年代の3回行っていますが、本盤はカラヤンとベルリンフィル黄金期の録音として評価が高い1970年代のものです。ブラームスの交響曲は4曲とも非常に濃厚・濃密で、「味わいの深さ」という点では、他のどの作曲家の交響曲よりも筆頭であるまいか。カラヤン指揮ベルリン・フィルの1970年代のブラームス交響曲全集のリーフレットには「オーケストラの演奏会でブラームスが含まれているかどうかでチケットの売り上げが違った … 」等のことが書かれているが、確かに頷けるところもある。そして、カラヤンのブラームスはどの演奏も大変素晴らしいと思う。その理由の一つに「ブラームス特有の重厚な音色を漲らせている」という点だろう。最近の新しいブラームス像をつくろうとする演奏では、やや失われた感がある。この点、本盤はカラヤンとベルリン・フィルの黄金時代の録音として、1970年代半ばに収録された評価の高い強烈な演奏で、アナログ時代末期のドイツ・グラモフォン・サウンドで全体の響きと個々の楽器の定位感のバランスがよくEMI録音より少ないマルチ・マイクの成果か、フィルハーモニーの長いホールトーンも適度に入り心地よい。そのあきれるばかりのブリリアント・サウンドには、やはり抗いがたい魅力があり、記憶に残るカラヤンのイメージが最も具現化された演奏だった。然し乍ら特に、この1970年代の全集は毀誉褒貶相半ばするものとなっている。ブラームスの田園交響曲とも例えられる交響曲第2番は、推進力を最後までしっかり保って進んでいく。ブラームスに似つかわしくない華やかで豪華な音色も垣間見れる。華やかで豪華という点では1978年録音の本盤の演奏が、どの録音よりも上回っている。ドイツ風の質実剛健さ、武骨さに背を向け、敢えて華麗な音響と流麗な曲作りで押し通した録音で、いわゆるドイツ風の演奏とは対極にあるけれども、牧歌的で美しい曲の性格もあって、曲想的にはこの方法も良く合っていると思える。ブラームスは何も質実剛健さだけが特徴なのではないことを教えてくれる演奏である。「想い慕っていたクララ・シューマンへの想いを表現したとされる長いホルン・ソロ」を華やかで流麗なベルリン・フィル・サウンドで聴かせてくれる。重厚さも威圧感もなく、優美さが支配している。而も横への流れが途絶えない、カラヤンらしさ満載の ― カラヤン美学に忠実な ― 演奏である。 とにかく、4つのシンフォニーのどこを取っても自信みなぎる響きと表情に満ちあふれた演奏で、第1番の壮麗な威容は比類ないものですし、第4番でも確信にみちた輝かしいサウンドが一貫しています。日本は春から新年度ですが、冬からシーズンが始まる西欧において、ブラームスの4つの交響曲は〝冬〟から〝秋〟までの一巡として聴くことが出来る。第1楽章を第4番、第2楽章を第2番、第3楽章を第3番、第4楽章を第1番にすると、素晴らしい一つの交響曲が出来るのではないだろうか。晴朗な叙情性と豊かな楽想に溢れる第2番は避暑地ベルチャッハで作曲され、その牧歌的な曲調から「ブラームスの田園交響曲」とも言われている。そして限りない憧憬を秘めた第3楽章が映画『さよならをもう一度』で使われ広く知られるようになった、雄渾な楽想が印象的な第3番。1855年から1876年まで約20年間、書いては破り続けた第1番に対して、第2番は翌1877年のたった1年で一気呵成に書き上げてしまった、筆の迷いのない作品だからです。ブラームス44歳の時のこと。素朴だからといって単調なわけではなく、情緒豊かな一面があり、聴く者を音楽に引き込んでいきます。オリジナリティのある旋律をつくることに苦しんだといわれるブラームスにとって、あれこれいじくり回すことのなかった第2番は、純粋に彼の心の音楽といってよいものだと思います。この4作品をあくまでもドイツ・ロマン派シンフォニーの傑作として捉えたアプローチと、ベルリン・フィルの重厚華麗なサウンドが相まったその聴き応えには、脱帽するほかありません。倍管に増やした演奏は、この上なくパワフルでグラマラス。力技がやや勝るところはあるが、しなやかさや歌に欠けることもなく、総じて聴き手を圧倒する出来栄えになっている。ブラームスの交響曲に関する発見や見識のある演奏とは無縁のアプローチで、カラヤン&ベルリン・フィルが確立した「スタイル」を存分に発揮した、オーケストラ音楽とはこうあるべきというカラヤンの信念がビシビシ伝わってくるゴージャスきわまりない演奏です。チャイコフスキーの交響曲第6番《悲愴》と、ブラームスの交響曲第1番は、カラヤンにとって録音の多いレコードですが、磨きがかかって最終録音が一番よい《悲愴》と対照的でブラームスの《第1番》は、その時々でアプローチが違っている。レパートリーとしては特別ですね。フルトヴェングラーから引き継いだ音を昇華させた、1960年代の演奏は素晴らしいものです。でもカラヤンの音楽としては1970年台が面白いでしょう。 ベルリン・フィルにおけるブラームスの演奏の伝統は、1887年にブラームスの友人だったハンス・フォン・ビューローがベルリン・フィルの芸術監督に就任したときにさかのぼります。ヘルベルト・フォン・カラヤンがしばしば好んで語ったように、ブラームスの音楽の解釈について、ブラームスとビューローの考えは常に一致したわけではありませんでした。ビューローが正確なテンポに価値を置いたのに対し、ブラームスはより緩急のある感情表現を好んだからです。後に芸術監督となるフルトヴェングラーはブラームスの考えに共感し、優れた解釈で名をなしました。豊かでほの暗いオーケストラの響きと、テンポへの自由な扱いといった演奏スタイルは、カラヤンも受け継ぐことになります。交響曲第1番は、カラヤンがもっとも多く指揮したブラームスの交響曲。キャリアの初期における重要なデビューコンサート ― 1934年アーヘン、1938年アムステルダム、1946年ウィーン ― で、この作品を指揮しています。1955年2月には、ベルリン・フィルの初のアメリカ・ツアーにおける最初のワシントン公演でこの交響曲を指揮しました。交響曲第3番は、カラヤンは大抵の場合チクルスの一環としてのみ振りましたが、それとは対照的に交響曲第2番と第4番を彼は深く愛好し、数々の忘れがたい演奏を披露しています。1938年4月8日、カラヤンがベルリン・フィルのデビュー公演に選んだのも第4番でした。大方カラヤンの1番はレガート過剰で切れ味にかけ重々しすぎる気もするが、この演奏はノリがよく金管や打楽器のリズムがアクセントとして良く効いていて「無駄のない合理的な動きの統一的集合体」が一番良く現れている。ヘルベルト・フォン・カラヤン(オーストリア 1908〜1989)は、その魅力的な容貌と優雅な身のこなしでたちまちにして聴衆の人気をとらえ、単にこの点から言ってもその人気におよぶ人はいない。しかも彼の解釈は何人にも、そのよさが容易に理解できるものであった。芸術的に高度のものでありながら、一種の大衆性を備えていたのである。元来レパートリーの広い人で、ドイツ系の指揮者といえば大指揮者といえども、ドイツ音楽にかぎられるが、カラヤンは何をやってもよく、その点驚嘆に値する。 1977年10月19日、78年1月24日、2月16日、19日ベルリン、フィルハーモニーでのステレオ・セッション録音。 プロダクト・ディテール(ヴィンテージ盤) オーケストラ ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 指揮者 ヘルベルト・フォン・カラヤン 作曲家 ヨハネス・ブラームス 曲目 交響曲第2番 録音年月 1977年10月19日、78年1月24日、2月16日、19日 録音場所 ベルリン、フィルハーモニー レーベル Deutsche Grammophon レコード番号 2531 132 録音種別 STEREO 製盤国 DE(ドイツ)盤 レーベル世代 ブルーラインレーベル CDはアマゾンで購入できます。 ブラームス:交響曲第2番、悲劇的序曲 ヘルベルト・フォン・カラヤン Universal Music 2023-09-06 ブラームス: 交響曲第2番&第3番 (初回限定盤)(SHM-SACD) ヘルベルト・フォン・カラヤン Universal Music 2022-11-02 ブラームス:交響曲全集 (初回生産限定盤)(SHM-SUPER AUDIO CD)(2枚組) ヘルベルト・フォン・カラヤン Universal Music 2024-06-12 ブラームス:交響曲第1番&第2番&第3番&第4番 カラヤン(ヘルベルト・フォン) Universal Music 2003-09-26 Brahms: The Symphonies Bpo Dg Imports 2008-09-25 from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード via IFTTT

「 カラヤンのブラームス/交響曲第2番 DE DGG 2531 132 STEREO」を通販レコードとしてご案…

―10月18日―フランスの作曲家、シャルル・グノーが没した日(1893年)。ゲーテの戯曲を元にしたオペラ《ファウスト》や、歌曲《アヴェ・マリア》でも知られる。グノーがオルガニストを務めていたサン・トゥスタッシュ教会には、画家のルノワールも所...
18/10/2026

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10月18日

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フランスの作曲家、シャルル・グノーが没した日(1893年)。ゲーテの戯曲を元にしたオペラ《ファウスト》や、歌曲《アヴェ・マリア》でも知られる。グノーがオルガニストを務めていたサン・トゥスタッシュ教会には、画家のルノワールも所属していた。グノーはルノワールの歌手としての才能を見出し、両親にルノワールをオペラ座の合唱団に入れることを提案したが、断られたという逸話も残っている。

DE DGG 2531 132 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ブラームス 交響曲第2番

ドイツ/ブルーラインレーベル

1977-78年の優秀録音です。

Record Karte

演奏:ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1977年10月19日、78年1月24日、2月16日、19日、ベルリン、フィルハーモニー

曲目
ブラームス/交響曲第2番

横への流れが途絶えない、カラヤンらしさ満載。

― カラヤンはブラームス交響曲の全集録音をグラモフォンで1960年代、70年代、80年代の3回行っていますが、本盤はカラヤンとベルリンフィル黄金期の録音として評価が高い1970年代のものです。ブラームスの交響曲は4曲とも非常に濃厚・濃密で、「味わいの深さ」という点では、他のどの作曲家の交響曲よりも筆頭であるまいか。カラヤン指揮ベルリン・フィルの1970年代のブラームス交響曲全集のリーフレットには「オーケストラの演奏会でブラームスが含まれているかどうかでチケットの売り上げが違った … 」等のことが書かれているが、確かに頷けるところもある。そして、カラヤンのブラームスはどの演奏も大変素晴らしいと思う。その理由の一つに「ブラームス特有の重厚な音色を漲らせている」という点だろう。最近の新しいブラームス像をつくろうとする演奏では、やや失われた感がある。この点、本盤はカラヤンとベルリン・フィルの黄金時代の録音として、1970年代半ばに収録された評価の高い強烈な演奏で、アナログ時代末期のドイツ・グラモフォン・サウンドで全体の響きと個々の楽器の定位感のバランスがよくEMI録音より少ないマルチ・マイクの成果か、フィルハーモニーの長いホールトーンも適度に入り心地よい。そのあきれるばかりのブリリアント・サウンドには、やはり抗いがたい魅力があり、記憶に残るカラヤンのイメージが最も具現化された演奏だった。然し乍ら特に、この1970年代の全集は毀誉褒貶相半ばするものとなっている。ブラームスの田園交響曲とも例えられる交響曲第2番は、推進力を最後までしっかり保って進んでいく。ブラームスに似つかわしくない華やかで豪華な音色も垣間見れる。華やかで豪華という点では1978年録音の本盤の演奏が、どの録音よりも上回っている。ドイツ風の質実剛健さ、武骨さに背を向け、敢えて華麗な音響と流麗な曲作りで押し通した録音で、いわゆるドイツ風の演奏とは対極にあるけれども、牧歌的で美しい曲の性格もあって、曲想的にはこの方法も良く合っていると思える。ブラームスは何も質実剛健さだけが特徴なのではないことを教えてくれる演奏である。「想い慕っていたクララ・シューマンへの想いを表現したとされる長いホルン・ソロ」を華やかで流麗なベルリン・フィル・サウンドで聴かせてくれる。重厚さも威圧感もなく、優美さが支配している。而も横への流れが途絶えない、カラヤンらしさ満載の ― カラヤン美学に忠実な ― 演奏である。

とにかく、4つのシンフォニーのどこを取っても自信みなぎる響きと表情に満ちあふれた演奏で、第1番の壮麗な威容は比類ないものですし、第4番でも確信にみちた輝かしいサウンドが一貫しています。日本は春から新年度ですが、冬からシーズンが始まる西欧において、ブラームスの4つの交響曲は〝冬〟から〝秋〟までの一巡として聴くことが出来る。第1楽章を第4番、第2楽章を第2番、第3楽章を第3番、第4楽章を第1番にすると、素晴らしい一つの交響曲が出来るのではないだろうか。晴朗な叙情性と豊かな楽想に溢れる第2番は避暑地ベルチャッハで作曲され、その牧歌的な曲調から「ブラームスの田園交響曲」とも言われている。そして限りない憧憬を秘めた第3楽章が映画『さよならをもう一度』で使われ広く知られるようになった、雄渾な楽想が印象的な第3番。1855年から1876年まで約20年間、書いては破り続けた第1番に対して、第2番は翌1877年のたった1年で一気呵成に書き上げてしまった、筆の迷いのない作品だからです。ブラームス44歳の時のこと。素朴だからといって単調なわけではなく、情緒豊かな一面があり、聴く者を音楽に引き込んでいきます。オリジナリティのある旋律をつくることに苦しんだといわれるブラームスにとって、あれこれいじくり回すことのなかった第2番は、純粋に彼の心の音楽といってよいものだと思います。この4作品をあくまでもドイツ・ロマン派シンフォニーの傑作として捉えたアプローチと、ベルリン・フィルの重厚華麗なサウンドが相まったその聴き応えには、脱帽するほかありません。倍管に増やした演奏は、この上なくパワフルでグラマラス。力技がやや勝るところはあるが、しなやかさや歌に欠けることもなく、総じて聴き手を圧倒する出来栄えになっている。ブラームスの交響曲に関する発見や見識のある演奏とは無縁のアプローチで、カラヤン&ベルリン・フィルが確立した「スタイル」を存分に発揮した、オーケストラ音楽とはこうあるべきというカラヤンの信念がビシビシ伝わってくるゴージャスきわまりない演奏です。チャイコフスキーの交響曲第6番《悲愴》と、ブラームスの交響曲第1番は、カラヤンにとって録音の多いレコードですが、磨きがかかって最終録音が一番よい《悲愴》と対照的でブラームスの《第1番》は、その時々でアプローチが違っている。レパートリーとしては特別ですね。フルトヴェングラーから引き継いだ音を昇華させた、1960年代の演奏は素晴らしいものです。でもカラヤンの音楽としては1970年台が面白いでしょう。

ベルリン・フィルにおけるブラームスの演奏の伝統は、1887年にブラームスの友人だったハンス・フォン・ビューローがベルリン・フィルの芸術監督に就任したときにさかのぼります。ヘルベルト・フォン・カラヤンがしばしば好んで語ったように、ブラームスの音楽の解釈について、ブラームスとビューローの考えは常に一致したわけではありませんでした。ビューローが正確なテンポに価値を置いたのに対し、ブラームスはより緩急のある感情表現を好んだからです。後に芸術監督となるフルトヴェングラーはブラームスの考えに共感し、優れた解釈で名をなしました。豊かでほの暗いオーケストラの響きと、テンポへの自由な扱いといった演奏スタイルは、カラヤンも受け継ぐことになります。交響曲第1番は、カラヤンがもっとも多く指揮したブラームスの交響曲。キャリアの初期における重要なデビューコンサート ― 1934年アーヘン、1938年アムステルダム、1946年ウィーン ― で、この作品を指揮しています。1955年2月には、ベルリン・フィルの初のアメリカ・ツアーにおける最初のワシントン公演でこの交響曲を指揮しました。交響曲第3番は、カラヤンは大抵の場合チクルスの一環としてのみ振りましたが、それとは対照的に交響曲第2番と第4番を彼は深く愛好し、数々の忘れがたい演奏を披露しています。1938年4月8日、カラヤンがベルリン・フィルのデビュー公演に選んだのも第4番でした。大方カラヤンの1番はレガート過剰で切れ味にかけ重々しすぎる気もするが、この演奏はノリがよく金管や打楽器のリズムがアクセントとして良く効いていて「無駄のない合理的な動きの統一的集合体」が一番良く現れている。ヘルベルト・フォン・カラヤン(オーストリア 1908〜1989)は、その魅力的な容貌と優雅な身のこなしでたちまちにして聴衆の人気をとらえ、単にこの点から言ってもその人気におよぶ人はいない。しかも彼の解釈は何人にも、そのよさが容易に理解できるものであった。芸術的に高度のものでありながら、一種の大衆性を備えていたのである。元来レパートリーの広い人で、ドイツ系の指揮者といえば大指揮者といえども、ドイツ音楽にかぎられるが、カラヤンは何をやってもよく、その点驚嘆に値する。

1977年10月19日、78年1月24日、2月16日、19日ベルリン、フィルハーモニーでのステレオ・セッション録音。

プロダクト・ディテール(ヴィンテージ盤)

オーケストラ

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

指揮者

ヘルベルト・フォン・カラヤン

作曲家

ヨハネス・ブラームス

曲目

交響曲第2番

録音年月

1977年10月19日、78年1月24日、2月16日、19日

録音場所

ベルリン、フィルハーモニー

レーベル

Deutsche Grammophon

レコード番号

2531 132

録音種別

STEREO

製盤国

DE(ドイツ)盤

レーベル世代

ブルーラインレーベル

CDはアマゾンで購入できます。

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カラヤンのプロコフィエフ/交響曲第5番 DE DGG 139 040 STEREO

「 カラヤンのプロコフィエフ/交響曲第5番 DE DGG 139 040 STEREO」を通販レコードとしてご案内します。 ― 10月17日 ― 作曲家・ショパンが生まれた日(1810年)。ポーランドで生まれるも、21歳でパリへ亡命し39歳で亡くなるまでパリで過ごした。同時代の作曲家はシューマン、リスト、ベルリオーズらである。現代でも、《夜想曲第20番 嬰ハ短調(遺作)》など、ピアノ作品を中心に、その演奏機会はとても多い。 DE DGG 139 040 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 プロコフィエフ 交響曲5番変ロ長調作品100 ヴィンテージ盤レコード→DE(ドイツ)/ブルーラインレーベル。1968年の優秀録音です。 ヴィンテージレコードの写真 《没後20年記念のカラヤンLP名盤にセレクトされている名曲名盤 / カラヤンの音楽の魅力がわかる50ステップ・49》 いつも以上にカラヤンのノリが良い。刺激的なオーケストレーションや残響を追求したような演奏で、独特なアプローチと精密な演奏でも密かな愉悦性が顔を覗かせてくる大変おもしろい演奏です。 カラヤン=ベルリン・フィルは20世紀クラシック界最高の組合せでした。1956年ベルリン・フィルの終身常任指揮者に就任して以来、カラヤンはこの超一流オーケストラを完全に手中に収め、素晴らしい名演を世に送りつづけます。 125年の歴史がある世界で最も有名なクラシック音楽レーベルの一つであるドイツ・グラモフォン(Deutsche Grammophon)は、1898年の創立以来、常に最高峰の芸術性と音質を確立してきました。イギリス・グラモフォン社を経営母体とする、ドイツの豊富な労働者を雇用したレコード・プレス工場でした。 アルトゥール・ニキシュがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した。(ベルリン・フィルは1882年の創立。)ベートーヴェンの交響曲第5番の初めての全曲録音が行なわれたのは1913年。ベルリン・フィルはドイツ・グラモフォンに録音したレコードを発売して行きます。 「139 001~44番」までは、ヘルベルト・フォン・カラヤンの為だけに与えられた番号で1枚目の音源となります。1964~68年の間に録音した名演ばかりです。この録音唯一で再録音はしませんでした。プロコフィエフは「古典交響曲」と「ピーターと狼」が他にあるだけ。しかし、コンサートでは演奏もしている。すでに極めて完成度の高い録音を聴いていると、これ以上に何か新しいものを付け加えることはなかったのだろうと思います。カラヤンのレコードを聴いて、面白さを覚えた曲が多い。演奏はロシアのオーケストラとは違う、カラヤンらしい、流麗で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のアンサンブルを最大限発揮したものです。ふわりと浮遊感を漂わせた始め方にプロコフィエフの音楽が表面に纏っている薄衣がはらりと落ちて、ひんやりした純器楽的音楽が姿を現す。 「139 001~44番」までは、ヘルベルト・フォン・カラヤンの為だけに与えられた番号で1枚目の音源となります。1964~68年の間に録音した名演ばかりです。この録音唯一で再録音はしませんでした。プロコフィエフは「古典交響曲」と「ピーターと狼」が他にあるだけ。しかし、コンサートでは演奏もしている。すでに極めて完成度の高い録音を聴いていると、これ以上に何か新しいものを付け加えることはなかったのだろうと思います。カラヤンのレコードを聴いて、面白さを覚えた曲が多い。演奏はロシアのオーケストラとは違う、カラヤンらしい、流麗で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のアンサンブルを最大限発揮したものです。ふわりと浮遊感を漂わせた始め方にプロコフィエフの音楽が表面に纏っている薄衣がはらりと落ちて、ひんやりした純器楽的音楽が姿を現す。 フルトヴェングラーが没するとカラヤンは、戦後ドイツ・グラモフォンが古典派、ロマン派のレパートリーにおいて確固たる地位を確立する上で重要な役割を演じた。1959年から1989年までの30年間の間にドイツ・グラモフォンで3つのベートーヴェンの交響曲全集、ワーグナーの楽劇《ニーベルングの指環》をはじめとした330枚のレコードを制作することになる。 カラヤンが遺した演奏はレコードとして今も美しさは変わらない。 「139 001~44番」までは、ヘルベルト・フォン・カラヤンの為だけに与えられた番号で1枚目の音源となります。1964~68年の間に録音した名演ばかりです。この録音唯一で再録音はしませんでした。プロコフィエフは「古典交響曲」と「ピーターと狼」が他にあるだけ。しかし、コンサートでは演奏もしている。すでに極めて完成度の高い録音を聴いていると、これ以上に何か新しいものを付け加えることはなかったのだろうと思います。カラヤンのレコードを聴いて、面白さを覚えた曲が多い。演奏はロシアのオーケストラとは違う、カラヤンらしい、流麗で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のアンサンブルを最大限発揮したものです。ふわりと浮遊感を漂わせた始め方にプロコフィエフの音楽が表面に纏っている薄衣がはらりと落ちて、ひんやりした純器楽的音楽が姿を現す。 ウクライナ作曲家のロシアの人々への恩返しを胸のうちに帰国した。 時は大正デモクラシーの真っ只中、モボ・モガが都会まちを闊歩し。政治・社会・文化の各方面における民本主義の発展、自由主義的な運動、風潮、思潮の高まりの頂点にあった日本は、戦勝国となった第一次世界大戦から受けた好景気に、人々の目には満州事変は見えてもいなかった。 大西洋航路を進む客船の甲板でラフマニノフは、プロコフィエフにしみじみと胸中を語った。 「私は再び祖国の地を踏むことはないだろう。私や私の音楽は、ソビエトでは誰も必要としまい。いま帰ったところで『何者か?』と問われるだけだ。もう、若者に道をあける番だ。私は、あの世で若い頃の過ちを後悔することになるだろう」。 大西洋航路を進む客船の甲板でラフマニノフは、プロコフィエフにしみじみと胸中を語った。 最も輝かしく楽壇の帝王カラヤンらしさという点では最右翼の70年代録音。 ベルリンのダーレム地区にあるイエス・キリスト教会を終戦直後から70年代にかけてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の録音場所としてたびたび使われました。外装の印象とは裏腹に内装は大分こじんまりとしている建物で、大きすぎないことが録音に適していたのかもしれません。ここで数々の名録音が生み出されました。ヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリン・フィルと1968年に録音した「プロコフィエフ・交響曲5番」もここでのもの。狭めの教会だからでしょうか、割りと残響が残っています。この曲が纏っているコミカルさとドタバタ感はない。終楽章でも絶妙なバランスで各楽器が聴こえかつ溶け合う。必死な形相ではないので面白みとかスリルとかはないが、そんな精密な演奏でも密かな愉悦性が顔を覗かせてくるのがプロコフィエフの音楽の力だろう。それを抑えこもうと、いつも以上にカラヤンのノリが良いのだろう。最も輝かしく楽壇の帝王カラヤンらしさという点では最右翼の70年代録音。 絶頂期ヘルベルト・フォン・カラヤン&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏らしく、迫力も美しさも兼ね備えた圧倒的なサウンド。 ある対談の中でヘルベルト・フォン・カラヤンは、『自分が指示を出さない時にオーケストラが群れをなす鳥のように天空を羽ばたく瞬間がある』と言っています。このレコードでも命令に従う集団以上の自発性がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団にはあり、指揮者もある程度それを楽しんでいる。 ただ、カラヤンの理想の振り幅の中にあるから、カラヤンの音楽になっている。カリスマ的芸術性と器用な職人気質を併せ持ったカラヤンは、一回性の熱情と、それに相反する録音芸術としての綿密な音楽設計を両立できた指揮者でした。 ある録音でホルン奏者の音の上ずりに気がついたエンジニアが、録り直しを確認したらカラヤンは、その自然さを良しとした話が象徴している。 Record Karte 演奏:ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 録音:1968年9月18~24日ダーレム、イエス・キリスト教会におけるセッション録音。 プロデューサー:オットー・ゲルデス ディレクター:ハンス・ウェーバー エンジニア:ギュンター・ヘルマンス 曲目 プロコフィエフ:交響曲5番変ロ長調作品100 CDはアマゾンで Rite of Spring / Symphoby No. 5 Dg Imports 2000-03-01 Karajan / Prokofiev : Symphony No.1/ Tchaikovsky : Piano Concerto No.1( Kissin ) - New Year's Eve Concert 1988 Berlin Philharmonic Orchestra 株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント 2001-05-30 プロコフィエフ:交響曲第5番/ストラヴィンスキー:バレエ「春の祭典」 カラヤン(ヘルベルト・フォン) ユニバーサル ミュージック 2013-11-13 プロコフィエフ:ピーターと狼/L.モーツァルト:おもちゃの交響曲 他 カラヤン(ヘルベルト・フォン) ユニバーサルミュージック 2013-01-23 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番/プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 キーシン(エフゲニー) ユニバーサル ミュージック クラシック 2011-09-07 from 100年後でも聴いて楽しいアナログ名盤レコード via IFTTT

「 カラヤンのプロコフィエフ/交響曲第5番 DE DGG 139 040 STEREO」を通販レコードとしてご…

―10月17日―作曲家・ショパンが生まれた日(1810年)。ポーランドで生まれるも、21歳でパリへ亡命し39歳で亡くなるまでパリで過ごした。同時代の作曲家はシューマン、リスト、ベルリオーズらである。現代でも、《夜想曲第20番 嬰ハ短調(遺作...
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10月17日

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作曲家・ショパンが生まれた日(1810年)。ポーランドで生まれるも、21歳でパリへ亡命し39歳で亡くなるまでパリで過ごした。同時代の作曲家はシューマン、リスト、ベルリオーズらである。現代でも、《夜想曲第20番 嬰ハ短調(遺作)》など、ピアノ作品を中心に、その演奏機会はとても多い。

DE DGG 139 040 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 プロコフィエフ 交響曲5番変ロ長調作品100

ヴィンテージ盤レコード→DE(ドイツ)/ブルーラインレーベル。1968年の優秀録音です。

ヴィンテージレコードの写真

《没後20年記念のカラヤンLP名盤にセレクトされている名曲名盤 / カラヤンの音楽の魅力がわかる50ステップ・49》

いつも以上にカラヤンのノリが良い。刺激的なオーケストレーションや残響を追求したような演奏で、独特なアプローチと精密な演奏でも密かな愉悦性が顔を覗かせてくる大変おもしろい演奏です。

カラヤン=ベルリン・フィルは20世紀クラシック界最高の組合せでした。1956年ベルリン・フィルの終身常任指揮者に就任して以来、カラヤンはこの超一流オーケストラを完全に手中に収め、素晴らしい名演を世に送りつづけます。

125年の歴史がある世界で最も有名なクラシック音楽レーベルの一つであるドイツ・グラモフォン(Deutsche Grammophon)は、1898年の創立以来、常に最高峰の芸術性と音質を確立してきました。イギリス・グラモフォン社を経営母体とする、ドイツの豊富な労働者を雇用したレコード・プレス工場でした。

アルトゥール・ニキシュがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した。(ベルリン・フィルは1882年の創立。)ベートーヴェンの交響曲第5番の初めての全曲録音が行なわれたのは1913年。ベルリン・フィルはドイツ・グラモフォンに録音したレコードを発売して行きます。

「139 001~44番」までは、ヘルベルト・フォン・カラヤンの為だけに与えられた番号で1枚目の音源となります。1964~68年の間に録音した名演ばかりです。この録音唯一で再録音はしませんでした。プロコフィエフは「古典交響曲」と「ピーターと狼」が他にあるだけ。しかし、コンサートでは演奏もしている。すでに極めて完成度の高い録音を聴いていると、これ以上に何か新しいものを付け加えることはなかったのだろうと思います。カラヤンのレコードを聴いて、面白さを覚えた曲が多い。演奏はロシアのオーケストラとは違う、カラヤンらしい、流麗で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のアンサンブルを最大限発揮したものです。ふわりと浮遊感を漂わせた始め方にプロコフィエフの音楽が表面に纏っている薄衣がはらりと落ちて、ひんやりした純器楽的音楽が姿を現す。

「139 001~44番」までは、ヘルベルト・フォン・カラヤンの為だけに与えられた番号で1枚目の音源となります。1964~68年の間に録音した名演ばかりです。この録音唯一で再録音はしませんでした。プロコフィエフは「古典交響曲」と「ピーターと狼」が他にあるだけ。しかし、コンサートでは演奏もしている。すでに極めて完成度の高い録音を聴いていると、これ以上に何か新しいものを付け加えることはなかったのだろうと思います。カラヤンのレコードを聴いて、面白さを覚えた曲が多い。演奏はロシアのオーケストラとは違う、カラヤンらしい、流麗で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のアンサンブルを最大限発揮したものです。ふわりと浮遊感を漂わせた始め方にプロコフィエフの音楽が表面に纏っている薄衣がはらりと落ちて、ひんやりした純器楽的音楽が姿を現す。

フルトヴェングラーが没するとカラヤンは、戦後ドイツ・グラモフォンが古典派、ロマン派のレパートリーにおいて確固たる地位を確立する上で重要な役割を演じた。1959年から1989年までの30年間の間にドイツ・グラモフォンで3つのベートーヴェンの交響曲全集、ワーグナーの楽劇《ニーベルングの指環》をはじめとした330枚のレコードを制作することになる。

カラヤンが遺した演奏はレコードとして今も美しさは変わらない。

「139 001~44番」までは、ヘルベルト・フォン・カラヤンの為だけに与えられた番号で1枚目の音源となります。1964~68年の間に録音した名演ばかりです。この録音唯一で再録音はしませんでした。プロコフィエフは「古典交響曲」と「ピーターと狼」が他にあるだけ。しかし、コンサートでは演奏もしている。すでに極めて完成度の高い録音を聴いていると、これ以上に何か新しいものを付け加えることはなかったのだろうと思います。カラヤンのレコードを聴いて、面白さを覚えた曲が多い。演奏はロシアのオーケストラとは違う、カラヤンらしい、流麗で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のアンサンブルを最大限発揮したものです。ふわりと浮遊感を漂わせた始め方にプロコフィエフの音楽が表面に纏っている薄衣がはらりと落ちて、ひんやりした純器楽的音楽が姿を現す。

ウクライナ作曲家のロシアの人々への恩返しを胸のうちに帰国した。

時は大正デモクラシーの真っ只中、モボ・モガがを闊歩し。政治・社会・文化の各方面における民本主義の発展、自由主義的な運動、風潮、思潮の高まりの頂点にあった日本は、戦勝国となった第一次世界大戦から受けた好景気に、人々の目には満州事変は見えてもいなかった。

大西洋航路を進む客船の甲板でラフマニノフは、プロコフィエフにしみじみと胸中を語った。

「私は再び祖国の地を踏むことはないだろう。私や私の音楽は、ソビエトでは誰も必要としまい。いま帰ったところで『何者か?』と問われるだけだ。もう、若者に道をあける番だ。私は、あの世で若い頃の過ちを後悔することになるだろう」。

大西洋航路を進む客船の甲板でラフマニノフは、プロコフィエフにしみじみと胸中を語った。

最も輝かしく楽壇の帝王カラヤンらしさという点では最右翼の70年代録音。

ベルリンのダーレム地区にあるイエス・キリスト教会を終戦直後から70年代にかけてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の録音場所としてたびたび使われました。外装の印象とは裏腹に内装は大分こじんまりとしている建物で、大きすぎないことが録音に適していたのかもしれません。ここで数々の名録音が生み出されました。ヘルベルト・フォン・カラヤンがベルリン・フィルと1968年に録音した「プロコフィエフ・交響曲5番」もここでのもの。狭めの教会だからでしょうか、割りと残響が残っています。この曲が纏っているコミカルさとドタバタ感はない。終楽章でも絶妙なバランスで各楽器が聴こえかつ溶け合う。必死な形相ではないので面白みとかスリルとかはないが、そんな精密な演奏でも密かな愉悦性が顔を覗かせてくるのがプロコフィエフの音楽の力だろう。それを抑えこもうと、いつも以上にカラヤンのノリが良いのだろう。最も輝かしく楽壇の帝王カラヤンらしさという点では最右翼の70年代録音。

絶頂期ヘルベルト・フォン・カラヤン&ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏らしく、迫力も美しさも兼ね備えた圧倒的なサウンド。

ある対談の中でヘルベルト・フォン・カラヤンは、『自分が指示を出さない時にオーケストラが群れをなす鳥のように天空を羽ばたく瞬間がある』と言っています。このレコードでも命令に従う集団以上の自発性がベルリン・フィルハーモニー管弦楽団にはあり、指揮者もある程度それを楽しんでいる。

ただ、カラヤンの理想の振り幅の中にあるから、カラヤンの音楽になっている。カリスマ的芸術性と器用な職人気質を併せ持ったカラヤンは、一回性の熱情と、それに相反する録音芸術としての綿密な音楽設計を両立できた指揮者でした。

ある録音でホルン奏者の音の上ずりに気がついたエンジニアが、録り直しを確認したらカラヤンは、その自然さを良しとした話が象徴している。

Record Karte

演奏:ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1968年9月18~24日ダーレム、イエス・キリスト教会におけるセッション録音。

プロデューサー:オットー・ゲルデス

ディレクター:ハンス・ウェーバー

エンジニア:ギュンター・ヘルマンス

曲目

プロコフィエフ:交響曲5番変ロ長調作品100

CDはアマゾンで

Rite of Spring / Symphoby No. 5

Dg Imports

2000-03-01

Karajan / Prokofiev : Symphony No.1/ Tchaikovsky : Piano Concerto No.1( Kissin ) - New Year's Eve Concert 1988 [DVD] [Import]

Berlin Philharmonic Orchestra

株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント

2001-05-30

プロコフィエフ:交響曲第5番/ストラヴィンスキー:バレエ「春の祭典」

カラヤン(ヘルベルト・フォン)

ユニバーサル ミュージック

2013-11-13

プロコフィエフ:ピーターと狼/L.モーツァルト:おもちゃの交響曲 他

カラヤン(ヘルベルト・フォン)

ユニバーサルミュージック

2013-01-23

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番/プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番

キーシン(エフゲニー)

ユニバーサル ミュージック クラシック

2011-09-07

刺激的なオーケストレーションや残響を追求したような演奏で、独特なアプローチと精密な演奏でも密かな愉悦性が顔を覗かせてくる大変おもしろい演奏です。

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17/10/2026

DE CBS 76 421 ヤッシャ・ハイフェッツ グレゴール・ピアティゴルスキー レナード・ペナリオ 室内楽曲集 ドヴォルザーク ストラヴィンスキー グリエール ヘンデル

「 DE CBS 76 421 ヤッシャ・ハイフェッツ グレゴール・ピアティゴルスキー レナード・ペナリオ 室内楽曲集 ドヴォルザーク ストラヴィンスキー グリエール ヘンデル」を通販レコードとしてご案内します。 通販レコード→FR RED WITH SILVER LETTERING, Digital Recording, STEREO 110㌘重量盤。 DE CBS 76 421 ヤッシャ・ハイフェッツ グレゴール・ピアティゴルスキー レナード・ペナリオ 室内楽曲集 商品番号 34-29270 《春休みに鑑賞しておきたい名曲》 音楽がもつ洗練された小粋な味わいがありながら音楽に品格を保っている。 「ハイフェッツ&ピアティゴルスキー・コンサート」シリーズは最円熟期のふたりをキー・メンバーにアメリカで活躍していた名手が集い、さまざまな組み合わせで室内楽の珍しい作品まで幅広いレパートリーを取り上げた。 ネヴィル・マリナーはマーティン弦楽四重奏団でヴァイオリン奏者を務めた後、古楽の権威でもあったサーストン・ダートとジャコビアン・アンサンブルを結成し、バロック音楽に主眼を置いて活動しました。当初、イートン校でヴァイオリンを教えていましたが、そのかたわらで大指揮者ピエール・モントゥーの学校で指揮を学んだのち、1952年フィルハーモニア管弦楽団に入団、その後1956年から1968年まで、ロンドン交響楽団の第2ヴァイオリン首席奏者を務めました。この間、アルトゥーロ・トスカニーニ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、モントゥーなどの名指揮者のもとで経験を積みました。ほどなくロンドン交響楽団在籍中の1959年にロンドン中心地トラファルガー広場脇にある教会を拠点とするアカデミー室内管弦楽団(Academy of St. Martin-in-the-Fields) を結成、以後、半世紀以上に渡って得意のバロック音楽から新ウィーン楽派作品まで、室内オーケストラの多彩なレパートリーを展開しました。マリナーとアカデミー室内管の最初の四半世紀に録音したレーベルは argoレーベルが主体で、そのほかDECCAとオワゾリール、ASVレーベルからの発売もあります。argoとオワゾリールは早い段階でDECCAに吸収され、ASVも2007年にユニバーサル・ミュージックの傘下となりました。アカデミー室内管との膨大な録音により、マリナーの指揮者としての名声が高まると世界各地への演奏活動も本格化しました。マリナーが音楽監督を務めた1984年制作の映画「アマデウス」ではサウンドトラックの指揮も務め、3部門のグラミー賞を獲得したほか、サウンドトラック盤はベストセラーとなりました。1970年代に旧フィリップス(現DECCA)にモーツァルトの初期交響曲集を録音し、高い評価を得たことから後期交響曲集も録音してマリナー&アカデミー単独による交響曲全集を完成しました。これは当初はクリップス指揮の後期交響曲集とともに全集を構成していた企画で、アルフレッド・ブレンデルとのモーツァルト協奏曲全集録音も、当初は有名作品のみの録音だったものが好評により15年をかけて全集に発展したものです。 デジタル録音の軌道をマリナーとプレヴィンが先導した。 ピエール・ブーレーズは現代音楽の作曲家として知られるようになり、ジョージ・セルが指揮できない状態のときには駆けつけて代役をする、助ける存在としてクリーヴランド管弦楽団の首席客演指揮者に就任。古典作品に慣例や、思い入れの解釈を持たない、作曲家としての譜読みをする指揮者姿勢が買われてのセルのカバーとなった。そのブーレーズも2016年1月5日に世を去った。最早最高齢巨匠グループか。と感慨を抱いていた指揮者も、ズービン・メータだけが残った。ブーレーズは電子音響を得意とする現代音楽の作曲家として登場して、自作の録音をレコード会社に売り込んでレコード発売に結び付けるとともに近代、現代音楽を指揮したレコードは新鮮でよく売れた。ズービン・メータはインド生まれを武器に、東洋人で最大の成功者。1960年代から2人は欧米のメイン・レーベルから売れるレコードを世に出し続けた。気が付くと前衛と言われた彼らが最高齢マエストロとして君臨している現代だ。これに指揮者としての活動が今ではメインのピンカス・ズーカーマンがベートーヴェンの協奏曲で独奏したが、ソロが登場するより前から第1ヴァイオリンのパートを弾いて音楽を先導していた。メータ指揮イスラエル・フィルの活動は長く、その記念演奏会でオール・ベートーヴェン・プログラム。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はズーカーマン、メータ、イスラエル・フィルみんなの掌中のスコアだ。ズーカーマンは本来ソロが入るところより早く最初からオーケストラと一緒にヴァイオリンパートを演奏している。コンマスが二人いる感じでメンバーが両方に視線をやっているのが面白い。誰も動じない安心した音楽が奏でられた30分ほどだが、録音だけで聴いたら定位の不思議な録音に感じたろう。デジタル録音盤が登場してきた1980年代初頭は、ネヴィル・マリナーとアンドレ・プレヴィンのレコーディング活動は傑出していた。そのレパートリーは過去のオーケストラレパートリーを網羅する勢いだった。マリナー指揮フィルハーモニア管弦楽団のレコードは、セッションを用意するためのレコード会社の方策でもあったと思う。録音に編成されたオーケストラという印象が色濃かった。ブーレーズは90歳で。マリナーは2016年10月2日(92歳)、プレヴィンは2019年2月28日(89歳)に亡くなった。2021年3月4日にヘルムート・ヴィンシャーマンが100歳で死去。 2021年10月21日にベルナルト・ハイティンク(92歳)の訃報が続き、2024年3月27日時点。96歳のヘルベルト・ブロムシュテットが最高齢の現役指揮者だ。セルジュ・ボド(96歳)、クリストフ・フォン・ドホナーニ(94歳)、リチャード・ボニング(93歳)が最高齢巨匠グループ。 指揮界のビートルズ。 イギリスの名指揮者サー・ネヴィル・マリナーは2016年4月、手兵アカデミー室内管弦楽団と来日公演を行ったのが最後となった。1924年4月15日、イングランド中部のリンカーン生まれ。ロンドン王立音楽院でヴァイオリンを学び、パリ音楽院でルネ・ベネデッティに師事。マリナーはヴァイオリニストだけあって弦楽の扱いがとてもうまく、繊細な音も力強い音も自在であり、少人数管楽器ならではの克明な表現がそこに加わって、実に心地よい演奏を聴かせてくれます。当初は弦楽器だけのアンサンブルで、バロック音楽をレパートリーの中心としていましたが、次第に管楽器も加えて古典派交響曲の演奏を行うようになりました。特に最初の四半世紀の彼らの演奏は、その機動力抜群のスタイルもあり、スコアを的確に鮮やかに表現するだけでなくエネルギッシュで小気味の良い音楽を聴かせてくれるのが魅力的です。録音もバロックから英国近代ものまで多岐にわたり、優秀録音に支えられてリリースするレコードは確実にセールス枚数を消化したことからも、トーマス・ビーチャムの後継者のような存在。 ここでは手兵のアカデミーではなく、より弦の美しいフィルハーモニア管弦楽団を指揮していて、実に品の良いオッフェンバックが楽しめる。オーケストラがうまいせいもあるが、マリナーはオッフェンバックの音楽がもつ洗練された小粋な味わいを見事に表現している。底抜けの明るさや乱痴気ぶりも、上品でセンスがよろしい。ジャック・オッフェンバック(Jacques Offenbach)は1819年生まれ。1880年没。作曲家。本名はヤーコブ・エーベルスト。ドイツに生まれフランスに渡り、パリ・オペラ・コミックのチェロ奏者として出発している。メロディー・メーカーとしては天才的。のちにオペレッタ作曲家として、第二帝政下のパリで絶大な人気を誇った。痛烈な社会風刺と明晰で、変化に富んだ音楽的感性をもち、100を越えるオペレッタを作った。喜歌劇「美しいエレーヌ」序曲、喜歌劇「天国と地獄」序曲以外の珍しい曲が聴けるのもうれしい。喜歌劇「天国と地獄」序曲の有名な後半部も実に楽しい。それでいて音楽に品格を保っているのはさすが、大きな聴きどころです。 上品なイメージがある、オランダ・フィリップス盤。 ヨーロッパ屈指の家電&オーディオメーカーであり、名門王立コンセルトヘボウ管弦楽団の名演をはじめ、多くの優秀録音で知られる、オランダ・フィリップス・レーベルにはクララ・ハスキルやアルテュール・グリュミオー、パブロ・カザルスそして、いまだクラシック音楽ファン以外でもファンの多い、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集「四季」であまりにも有名なイタリアのイ・ムジチ合奏団らの日本人にとってクラシック音楽のレコードで聴く名演奏家がひしめき合っている。英グラモフォンや英DECCAより創設は1950年と後発だが、オランダの巨大企業フィリップスが後ろ盾にある音楽部門です。ミュージック・カセットやCDを開発普及させた業績は偉大、1950年代はアメリカのコロムビア・レコードのイギリス支社が供給した。そこで1950年から1960年にかけてのレコードには、本盤も含め米COLUMBIAの録音も多い。1957年5月27~28日に初のステレオ録音をアムステルダムにて行い、それが発売されると評価を決定づけた。英DECCAの華やかな印象に対して蘭フィリップスは上品なイメージがあった。 Record Karte ネヴィル・マリナー指揮、フィルハーモニア管弦楽団。 Side-1 喜歌劇「美しいエレーヌ」序曲 - La Belle Hélène 喜歌劇「鼓手隊長の娘」序曲 - La Fille Du Tambour-Major…...

「 DE CBS 76 421 ヤッシャ・ハイフェッツ グレゴール・ピアティゴルスキー レナード・ペナリオ 室…

通販レコード→FR RED WITH SILVER LETTERING, Digital Recording, STEREO 110㌘重量盤。DE CBS 76 421 ヤッシャ・ハイフェッツ グレゴール・ピアティゴルスキー レナード・ペナ...
17/10/2026

通販レコード→FR RED WITH SILVER LETTERING, Digital Recording, STEREO 110㌘重量盤。

DE CBS 76 421 ヤッシャ・ハイフェッツ グレゴール・ピアティゴルスキー レナード・ペナリオ 室内楽曲集

商品番号 34-29270

《春休みに鑑賞しておきたい名曲》

音楽がもつ洗練された小粋な味わいがありながら音楽に品格を保っている。

「ハイフェッツ&ピアティゴルスキー・コンサート」シリーズは最円熟期のふたりをキー・メンバーにアメリカで活躍していた名手が集い、さまざまな組み合わせで室内楽の珍しい作品まで幅広いレパートリーを取り上げた。

ネヴィル・マリナーはマーティン弦楽四重奏団でヴァイオリン奏者を務めた後、古楽の権威でもあったサーストン・ダートとジャコビアン・アンサンブルを結成し、バロック音楽に主眼を置いて活動しました。当初、イートン校でヴァイオリンを教えていましたが、そのかたわらで大指揮者ピエール・モントゥーの学校で指揮を学んだのち、1952年フィルハーモニア管弦楽団に入団、その後1956年から1968年まで、ロンドン交響楽団の第2ヴァイオリン首席奏者を務めました。この間、アルトゥーロ・トスカニーニ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、モントゥーなどの名指揮者のもとで経験を積みました。ほどなくロンドン交響楽団在籍中の1959年にロンドン中心地トラファルガー広場脇にある教会を拠点とするアカデミー室内管弦楽団(Academy of St. Martin-in-the-Fields) を結成、以後、半世紀以上に渡って得意のバロック音楽から新ウィーン楽派作品まで、室内オーケストラの多彩なレパートリーを展開しました。マリナーとアカデミー室内管の最初の四半世紀に録音したレーベルは argoレーベルが主体で、そのほかDECCAとオワゾリール、ASVレーベルからの発売もあります。argoとオワゾリールは早い段階でDECCAに吸収され、ASVも2007年にユニバーサル・ミュージックの傘下となりました。アカデミー室内管との膨大な録音により、マリナーの指揮者としての名声が高まると世界各地への演奏活動も本格化しました。マリナーが音楽監督を務めた1984年制作の映画「アマデウス」ではサウンドトラックの指揮も務め、3部門のグラミー賞を獲得したほか、サウンドトラック盤はベストセラーとなりました。1970年代に旧フィリップス(現DECCA)にモーツァルトの初期交響曲集を録音し、高い評価を得たことから後期交響曲集も録音してマリナー&アカデミー単独による交響曲全集を完成しました。これは当初はクリップス指揮の後期交響曲集とともに全集を構成していた企画で、アルフレッド・ブレンデルとのモーツァルト協奏曲全集録音も、当初は有名作品のみの録音だったものが好評により15年をかけて全集に発展したものです。

デジタル録音の軌道をマリナーとプレヴィンが先導した。

ピエール・ブーレーズは現代音楽の作曲家として知られるようになり、ジョージ・セルが指揮できない状態のときには駆けつけて代役をする、助ける存在としてクリーヴランド管弦楽団の首席客演指揮者に就任。古典作品に慣例や、思い入れの解釈を持たない、作曲家としての譜読みをする指揮者姿勢が買われてのセルのカバーとなった。そのブーレーズも2016年1月5日に世を去った。最早最高齢巨匠グループか。と感慨を抱いていた指揮者も、ズービン・メータだけが残った。ブーレーズは電子音響を得意とする現代音楽の作曲家として登場して、自作の録音をレコード会社に売り込んでレコード発売に結び付けるとともに近代、現代音楽を指揮したレコードは新鮮でよく売れた。ズービン・メータはインド生まれを武器に、東洋人で最大の成功者。1960年代から2人は欧米のメイン・レーベルから売れるレコードを世に出し続けた。気が付くと前衛と言われた彼らが最高齢マエストロとして君臨している現代だ。これに指揮者としての活動が今ではメインのピンカス・ズーカーマンがベートーヴェンの協奏曲で独奏したが、ソロが登場するより前から第1ヴァイオリンのパートを弾いて音楽を先導していた。メータ指揮イスラエル・フィルの活動は長く、その記念演奏会でオール・ベートーヴェン・プログラム。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はズーカーマン、メータ、イスラエル・フィルみんなの掌中のスコアだ。ズーカーマンは本来ソロが入るところより早く最初からオーケストラと一緒にヴァイオリンパートを演奏している。コンマスが二人いる感じでメンバーが両方に視線をやっているのが面白い。誰も動じない安心した音楽が奏でられた30分ほどだが、録音だけで聴いたら定位の不思議な録音に感じたろう。デジタル録音盤が登場してきた1980年代初頭は、ネヴィル・マリナーとアンドレ・プレヴィンのレコーディング活動は傑出していた。そのレパートリーは過去のオーケストラレパートリーを網羅する勢いだった。マリナー指揮フィルハーモニア管弦楽団のレコードは、セッションを用意するためのレコード会社の方策でもあったと思う。録音に編成されたオーケストラという印象が色濃かった。ブーレーズは90歳で。マリナーは2016年10月2日(92歳)、プレヴィンは2019年2月28日(89歳)に亡くなった。2021年3月4日にヘルムート・ヴィンシャーマンが100歳で死去。 2021年10月21日にベルナルト・ハイティンク(92歳)の訃報が続き、2024年3月27日時点。96歳のヘルベルト・ブロムシュテットが最高齢の現役指揮者だ。セルジュ・ボド(96歳)、クリストフ・フォン・ドホナーニ(94歳)、リチャード・ボニング(93歳)が最高齢巨匠グループ。

指揮界のビートルズ。

イギリスの名指揮者サー・ネヴィル・マリナーは2016年4月、手兵アカデミー室内管弦楽団と来日公演を行ったのが最後となった。1924年4月15日、イングランド中部のリンカーン生まれ。ロンドン王立音楽院でヴァイオリンを学び、パリ音楽院でルネ・ベネデッティに師事。マリナーはヴァイオリニストだけあって弦楽の扱いがとてもうまく、繊細な音も力強い音も自在であり、少人数管楽器ならではの克明な表現がそこに加わって、実に心地よい演奏を聴かせてくれます。当初は弦楽器だけのアンサンブルで、バロック音楽をレパートリーの中心としていましたが、次第に管楽器も加えて古典派交響曲の演奏を行うようになりました。特に最初の四半世紀の彼らの演奏は、その機動力抜群のスタイルもあり、スコアを的確に鮮やかに表現するだけでなくエネルギッシュで小気味の良い音楽を聴かせてくれるのが魅力的です。録音もバロックから英国近代ものまで多岐にわたり、優秀録音に支えられてリリースするレコードは確実にセールス枚数を消化したことからも、トーマス・ビーチャムの後継者のような存在。

ここでは手兵のアカデミーではなく、より弦の美しいフィルハーモニア管弦楽団を指揮していて、実に品の良いオッフェンバックが楽しめる。オーケストラがうまいせいもあるが、マリナーはオッフェンバックの音楽がもつ洗練された小粋な味わいを見事に表現している。底抜けの明るさや乱痴気ぶりも、上品でセンスがよろしい。ジャック・オッフェンバック(Jacques Offenbach)は1819年生まれ。1880年没。作曲家。本名はヤーコブ・エーベルスト。ドイツに生まれフランスに渡り、パリ・オペラ・コミックのチェロ奏者として出発している。メロディー・メーカーとしては天才的。のちにオペレッタ作曲家として、第二帝政下のパリで絶大な人気を誇った。痛烈な社会風刺と明晰で、変化に富んだ音楽的感性をもち、100を越えるオペレッタを作った。喜歌劇「美しいエレーヌ」序曲、喜歌劇「天国と地獄」序曲以外の珍しい曲が聴けるのもうれしい。喜歌劇「天国と地獄」序曲の有名な後半部も実に楽しい。それでいて音楽に品格を保っているのはさすが、大きな聴きどころです。

上品なイメージがある、オランダ・フィリップス盤。

ヨーロッパ屈指の家電&オーディオメーカーであり、名門王立コンセルトヘボウ管弦楽団の名演をはじめ、多くの優秀録音で知られる、オランダ・フィリップス・レーベルにはクララ・ハスキルやアルテュール・グリュミオー、パブロ・カザルスそして、いまだクラシック音楽ファン以外でもファンの多い、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集「四季」であまりにも有名なイタリアのイ・ムジチ合奏団らの日本人にとってクラシック音楽のレコードで聴く名演奏家がひしめき合っている。英グラモフォンや英DECCAより創設は1950年と後発だが、オランダの巨大企業フィリップスが後ろ盾にある音楽部門です。ミュージック・カセットやCDを開発普及させた業績は偉大、1950年代はアメリカのコロムビア・レコードのイギリス支社が供給した。そこで1950年から1960年にかけてのレコードには、本盤も含め米COLUMBIAの録音も多い。1957年5月27~28日に初のステレオ録音をアムステルダムにて行い、それが発売されると評価を決定づけた。英DECCAの華やかな印象に対して蘭フィリップスは上品なイメージがあった。

Record Karte

ネヴィル・マリナー指揮、フィルハーモニア管弦楽団。

Side-1

喜歌劇「美しいエレーヌ」序曲 - La Belle Hélène

喜歌劇「鼓手隊長の娘」序曲 - La Fille Du Tambour-Major

喜歌劇「天国と地獄」序曲 - Orphée Aux Enfers

Side-2

喜歌劇「ジェロルスタン大公妃殿下」序曲 - La Grande-Duchesse De Gerolstein

喜歌劇「ペリコール」序曲 - La Périchole

喜歌劇「2人の盲人」序曲 - Les Deux Aveugles

喜歌劇「青ひげ」序曲 - Barbe-Bleue

喜歌劇「パリの生活」序曲 - La Vie Parisienne

1981年2月ロンドン、ウォルサムストゥ・アセンブリー・ホールでのセッション、ステレオ・デジタル録音。1982,見開きジャケット。

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オッフェンバック:序曲集

マリナー(サー・ネヴィル)

マーキュリー・ミュージックエンタテインメント

1999-11-01

バッハ:ブランデンブルク協奏曲第1番~第4番

マリナー(ネヴィル)

ワーナーミュージック・ジャパン

2016-02-24

6 Symphonies

Amf

Polygram Records

1989-05-23

Holst: Planets / Elgar: Pomp & Circumstance No 1&4

Eloquence

1994-03-28

Vivaldi: The Four Seasons / Marriner, Academy of SMF

Academy of St Martin in the Fields

Decca

2000-03-14

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「ハイフェッツ&ピアティゴルスキー・コンサート」シリーズは最円熟期のふたりをキー・メンバーにアメリカで活躍していた名手が集い、さまざまな組み合わせで室内楽の珍しい作品まで幅広いレパートリーを取り上げた.....

住所

中央区細工町2丁目25
Kumamoto-shi, Kumamoto
860-0041

営業時間

13:30 - 15:30

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