玉縄城址まちづくり会議

玉縄城址まちづくり会議 地域団体

後北条六代の玉縄城址は玉縄のランドマークです。玉縄は、北条早雲公(伊勢宗瑞)が1512年に築城した玉縄城を中心に、鎌倉の西北に広がる緑と歴史の「龍脈」に沿って発展してきました。この玉縄の歴史と自然を継承し、市民行政の「協働」によって、玉縄のまちづくりという、最も魅力的な「あたらしい鎌倉づくり」を前進させる―この理念に基づき、玉縄城址まちづくり会議は、2012年(平成24年)の「玉縄城500年祭」と「玉縄城址公園」など記念事業の推進を訴え、提案、啓発、奉仕の活動を進めてまいりました。

06/08/2026

❤️【感謝】フォロワー1700人突破!皆様、本当にありがとうございます! ❤️

玉縄城址まちづくり会議です。
皆様の温かい応援のおかげで、私たちのFacebookページが、フォロワー 1700人 を達成しました!✨

この数字を聞いたとき、メンバー一同、驚きと喜びでいっぱいになりました。

本当に、日頃から活動を見守り、盛り上げてくださっている皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。

思えば一年前、今の約半分だったフォロワー数。

その倍以上の速さで、これほど多くの「いいね!」やメッセージをいただけるようになるとは、当時は想像もしていませんでした。

それはひとえに、皆様が大船、玉縄城址の歴史や自然を愛し、私たちの活動に共感してくださったからこそです。

この写真は、日々の活動を支えるメンバーたちです。1700人という大きな輪の中で、こうして活動できることを、私たちはとても幸せに感じています。
これからも、このアットホームな雰囲気を大切にしながら、皆様と協力して、玉縄城址をより良い場所にしていくために頑張ります。

これからも、私たちの活動を、温かい目で見守っていただければ幸いです。

1700人の皆様、そしてまだ見ぬ皆様、これからもよろしくお願いいたします!

#玉縄城址 #まちづくり #フォロワー1700人 #達成 #感謝 #ありがとうございます #地域活動 #みんなの力 #これからもよろしく #鎌倉の歴史

05/08/2026

大船観音の慈悲の祈りとともに――8月6日、平和と復興へのメッセージ

おはようございます。本日、8月6日は「広島原爆の日」です。

昭和20年8月6日午前8時15分、一発の原子爆弾によって奪われた多くの尊い生命に深い哀悼の意を表するとともに、今なお後遺症等で苦しまれている方々に心よりお見舞い申し上げます。

ここ大船の地を見守る大船観音は、かつて昭和の混乱と戦争の悲劇を経て、「永遠の平和」と「戦災犠牲者の慰霊」を強く願う人々の思いによって建立されました。大船観音寺には、広島・長崎で被爆した火から分火された「平和の火」が点火され、今も絶え間なく灯し続けられています。

観音様の優しいお姿と絶えることのない平和の火を前にすると、私たちが今享受している平和の尊さ、そしてそれを未来へと繋いでいく責任の重さを改めて噛み締めずにはいられません。

また、本日は過去の戦争による犠牲だけでなく、自然災害によって今なお苦難の中にある方々へも思いを寄せる日です。熊本地震をはじめ、各地の災害で被災された皆様、大切なご家族や日常を失われた方々の悲しみとご苦労に寄り添い、一日も早い復興と穏やかな日々の到来を心よりお祈り申し上げます。

平和とは、単に戦争がないことだけでなく、人々が互いを思いやり、安心して暮らせる社会の姿そのものです。大船の丘から世界へ、そして被災地の皆様へ。悲しみを乗り越え、共に支え合う温かな未来が訪れますよう、祈りを込めて。

今日も良い一日をお過ごしください!

#広島原爆の日 #平和への祈り #大船観音 #平和の火 #熊本地震 #被災地支援 #復興への祈り #永遠の平和 #鎌倉 #大船

04/08/2026

【8月5日はハンコの日!……ということで、玉縄城の「御城印」についてのお話】

おはようございます。
今日8月5日は「は(8)ん(5)こ」の語呂合わせからハンコの日です。

スタンプや印鑑といえば、お城めぐりの楽しみとしてすっかり定着した「御城印(ごじょういん)」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?

全国の城跡や自治体で個性豊かな御城印が作られ、多くの歴史ファンや城めぐりファンに親しまれていますが、実は玉縄城の御城印を作成したいという構想を温めています!

玉縄城といえば、北条氏綱公をはじめとする北条一族の重要拠点。もし御城印を作るなら……
後北条氏の象徴である「三つ鱗」の紋

城主ゆかりの花押や印影のモチーフ

玉縄城の堅固な城郭配置や地名をあしらったデザイン

など、歴史的な背景や玉縄の魅力をぎゅっと詰め込んだ一枚にしたいところです

「こんなデザインがあったら欲しい!」「紙質や印影にはこだわりたい」など、皆様のご意見やリクエストがあれば、ぜひコメント欄で教えてください!

地域の歴史を未来へつなぎ、玉縄城跡の魅力をより多くの方に知っていただけるよう、実現に向けてアイディアを形にしていきたいと思います。

#玉縄城 #玉縄城跡 #御城印 #ハンコの日 #北条氏 #鎌倉歴史 #まちづくり #歴史巡り #城めぐり

最終話(第3話):【民政・防災編】北条早雲の神対応!不作の時代を生き抜いた「四公六民」の真実第2話で見たように、玉縄城は地形と土(土塁)を極めた、合理的で実用的な防御システムを持っていました。石垣や天守にお金をかけるよりも、この苛酷な「小氷...
03/08/2026

最終話(第3話):【民政・防災編】北条早雲の神対応!不作の時代を生き抜いた「四公六民」の真実

第2話で見たように、玉縄城は地形と土(土塁)を極めた、合理的で実用的な防御システムを持っていました。石垣や天守にお金をかけるよりも、この苛酷な「小氷期(寒冷化)」において最重要だったのは、「領民を飢えさせないこと(食料のリスク管理)」だったのです。

そんな状況下で、北条氏が掲げたのが有名な「四公六民(税率を低く抑える)」でした。これは単なる優しさではなく、気候変動でいつ飢饉が起きても農民が餓死せず、逃亡しないようにするための、極めて合理的な「セーフティネット」でした。

北条氏は、天守閣の建設に莫大な資源(労力・資金)を投じる代わりに、以下のような、現代でいう「危機管理・減災行政」を徹底的に行いました。

1. 迅速な減免: 冷害や気候不順で収穫が遅れた年(早来)や、乾魃で不作が明らかな地域には、年貢の徴収を遅らせる、あるいは免除する措置を迅速に打ち出し、領民の餓死や一揆を防ぎました。

2. 水利・治水工事への投資: 玉縄城を拠点として、麓の柏尾川流域の治水工事を進め、水害・寒害に強い水田の開発を進めました。

3. 詳細な実態把握: こまめな土地調査(検地)を繰り返し、「小田原衆所領役帳」にまとめることで、いつ・どこで・どれだけの収穫が見込めるか、あるいは被害が出ているかをリアルタイムで把握し、無理のない徴収を行いました。

後北条氏が武力ではなく「民政(減災)」で領国を守り抜こうとした、確固たる思想の現れでした。私たちが暮らす大船・玉縄の街には、そんな先人たちの「気候危機を生き抜く智慧」が今も脈々と息づいています。

『北条早雲二十一箇条』
概要: 北条早雲(伊勢宗瑞)が家臣や後継者のために書き残したとされる家訓。
該当箇所: 第五条に「一、およそ公事(くじ・税)をば、四公六民の定(さだめ)たるべし。これより多きは、民の歎(なげ)きにて、主の損なり。これより少なきは、国の損なり」という記述があり、これが有名な「四公六民」の宣言とされています(※この家訓自体が後世の成立である可能性も指摘されていますが、北条氏の家風を象徴する重要な文献です)。

北条氏康朱印状(各郷村宛)
概要: 3代氏康の時代、領内の村々に対して出された徴税の命令書。
内容: これらの古文書には、具体的な年貢の額が四割に設定されている例が多数確認されており、単なる家訓ではなく、実際の政策として行われていたことが実証されています。

全3回でお届けしてきた「小氷期と玉縄城」。後北条氏が100年も愛された理由は、その実用的な城郭構造と、苛酷な気候に立ち向かう「民政重視」の合理性の中にこそあったのです。
(おわり)

#北条早雲 #四公六民 #玉縄城 #戦国時代 #防災 #危機管理 #鎌倉 #大船 #歴史マニア #地理総合

第2話:【上杉謙信もスルーした?柏尾川の「湿地」と玉縄城のリアル】「玉縄城は天守閣も石垣もない『土の城』だった」——。大船の歴史を語る上で欠かせないこの特徴ですが、実はその防御力は「地形」に隠されていました。今回は、確定している「史実」と、...
03/08/2026

第2話:【上杉謙信もスルーした?柏尾川の「湿地」と玉縄城のリアル】

「玉縄城は天守閣も石垣もない『土の城』だった」——。

大船の歴史を語る上で欠かせないこの特徴ですが、実はその防御力は「地形」に隠されていました。
今回は、確定している「史実」と、そこから浮かび上がる「気候と地形のロマン(推論)」を分けて紐解きます!

📌 【史実】天然の外堀「柏尾川」と大永鎌倉合戦
柏尾川は玉縄城の「天然の外堀」: 当時の柏尾川は護岸されておらず、城の東〜南側に広大な湿地帯を形成していました。

実際の戦場になった記録: 1526年の「大永鎌倉合戦(鶴岡八幡宮の戦い)」では、里見氏の軍勢と玉縄城の兵が柏尾川の戸部橋付近で激突した記録が残っています(今も「玉縄首塚」としてその痕跡が残ります)。

強豪たちも攻略を回避: あの上杉謙信や武田信玄が小田原へ侵攻した際も、難攻不落とされた玉縄城への力攻めは避け、通過(スルー)しています。

💡 【推論】小氷期の大雨が作った「泥沼の要塞」?

では、なぜそれほど攻めにくかったのか?
ここでポイントになるのが、当時(16世紀)の「小氷期(寒冷化)」という気候です。

気候不順で激しい雨が降ると、護岸されていない柏尾川の周辺は一面の「泥沼(でいねい)」と化したはずです。

重い甲冑を着た敵軍や馬はぬかるみに足を取られ、身動きが取れなくなる。そこへ丘の上の土塁や櫓から攻撃を加える……。

北条氏は、この「小氷期の大雨×柏尾川の湿地」という自然の猛威を、見事に防衛システムへと組み込んでいたのではないか——そんな合理的でリアルな戦略像が浮かんできます。

史実の重みと、地形・気候から読み解く歴史の面白さ。大船の街並みに眠る「先人の知恵」を感じていただけたら嬉しいです。

次回はいよいよ最終回!この苛酷な環境下で領民を守った「北条氏の危機管理(民政)」に迫ります!

#玉縄城 #柏尾川 #大永鎌倉合戦 #歴史のロマン #大船の歴史 #鎌倉市 #城郭 #土の城 #気候変動

第1話:【気候変動編】実は戦国時代も「地球の危機」だった!?戦国時代、実は「寒かった」?〜玉縄城と小氷期の知られざる関係〜毎日猛暑が続きますね〜「地球温暖化」が叫ばれる現代ですが、実は今から500年前、北条早雲が玉縄城を建てた戦国時代は「小...
01/08/2026

第1話:【気候変動編】実は戦国時代も「地球の危機」だった!?

戦国時代、実は「寒かった」?〜玉縄城と小氷期の知られざる関係〜

毎日猛暑が続きますね〜

「地球温暖化」が叫ばれる現代ですが、実は今から500年前、北条早雲が玉縄城を建てた戦国時代は「小氷期(しょうひょうき)」と呼ばれる地球規模の寒冷化の真っ只中でした🥶

当時の関東は、いまよりもずっと冬の寒さが厳しく、夏は冷害や大雨、乾魃が頻発する「気候危機の時代」だったのです。

「戦国の世=武将どうしの戦い」というイメージが強いですが、当時の人々にとって一番の敵は、実は「不作と飢饉」でした。

そんな苛酷な気候変動の中で、北条氏はどのように領地を守り、約100年もの間、関東を治めることができたのでしょうか?

そのヒントは、私たちの身近にある「玉縄城」と「柏尾川」に隠されていました……!

次回は、寒冷化と大雨を味方につけた「玉縄城の凄すぎる防御システム」に迫ります!お楽しみに!

#玉縄城 #戦国時代 #歴史散歩 #大船 #鎌倉 #気候変動 #小氷期 #北条氏 #歴史好きとつながりたい

おはようございます!厳しい暑さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。連日の熱中症警戒アラート等にも注意しつつ、水分補給と適度な休息を意識して元気に夏を乗り切りたいですね。さて先日、龍寳寺の境内にある国指定重要文化財「旧石井家住宅」の...
30/07/2026

おはようございます!
厳しい暑さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。連日の熱中症警戒アラート等にも注意しつつ、水分補給と適度な休息を意識して元気に夏を乗り切りたいですね。

さて先日、龍寳寺の境内にある国指定重要文化財「旧石井家住宅」の清掃作業を行いました。

長い歴史を重ねてきた古民家の床を丁寧に拭き上げ、埃を払い、風を通すと、建物全体が息を吹き返したかのような清々しい気持ちになります。連日の猛暑ですが、茅葺き屋根と伝統的な木造建築がもたらす空間には、どこか涼やかで心地よい風が吹き抜けていました。

また、先日の熊本地震により被災された皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。今なお不自由で不安な日々をお過ごしのこととお察しいたしますが、一日も早く穏やかな日常が戻ることを願ってやみません。

そして、猛暑が続く厳しい環境下で救助活動や復旧作業に尽力されている自衛隊をはじめ、警察、消防、自治体、ボランティアの皆様に深く感謝と敬意を表します。どうかご自身の安全と健康にも十分留意されながら作業にあたっていただければと思います。

私たちの活動拠点でもあるこの古民家も、地域の歴史や人の繋がりを守る大切な場所です。今後も多くの方々に親しんでいただける交流拠点としてしっかり維持してまいります。
今日も体調管理に気をつけて、良い一日をお過ごしください!

#龍寳寺 #旧石井家住宅 #古民家 #まちづくり #熊本地震 #感謝 #熱中症警戒 #おはようございます

30/07/2026

【玉縄城址散策ラーメン 第2弾🍜🏯】大鋸の陣!元寿司職人が生み出す至高の「鮮魚鶏出汁麺」

前回の大鋸(だいぎり)の歴史コラムはお楽しみいただけましたでしょうか?玉縄城を守る「西の砦」であり、城と船を造る大鋸引き職人たちの熱気が残るこのエリア。城址や旧街道をたっぷり歩いて歴史に思いを馳せた後は、やっぱり美味しいお腹の満たし方が必要ですよね!

ということで、大好評の「玉縄城址散策ラーメン」第2弾!

今回は、大鋸の住宅街にひっそりと佇む名店「鮮魚鶏出汁麺 沢むら」さんをご紹介します🥢

🍣 元寿司職人が手がける、和の革新的ラーメン
沢むらさんの最大の特徴は、店主が元寿司職人であること! お寿司屋さんとして長らくお客様に愛されてきた経験と技が、そのままラーメンのスープに注ぎ込まれています。

魚の旨味を余すところなく抽出し、さっぱりとした鶏の出汁に絡めたスープは、魚の臭みが全くなく、上品で優しくも濃厚な味わいです。

🐟 おすすめの必食メニュー
鮮魚かつお麺: 節を感じる風味豊かなスープに、もっちりとした自家製の平打ち中太麺が絶妙に絡みます。 トッピングの刻み玉ねぎや生姜、ミョウガが香りのアクセントになり、最後の一滴まで飲み干したくなる美味しさです!

濃厚鶏出汁麺: まろやかで旨味たっぷりの鶏出汁をストレートに堪能したい方はこちらがイチオシ。

ちらし麺: 酢ダレであえられた冷やしまぜそば。 まるで「ちらし寿司」のような華やかなビジュアルと自家製太麺の組み合わせは、ここでしか味わえない驚きの逸品です。

🚶‍♂️ 散策のシメに最高の立地
玉縄城址から足を延ばし、前線の砦があった大鋸の起伏に富んだ地形を歩いたあとにすする、こだわりの一杯。戦国時代の職人たちも、こんな美味しい出汁の効いた食事があれば、さらに巨大な木を切る大仕事が捗ったかもしれませんね!
駅からは少し離れた場所にありますが、わざわざ足を運ぶ価値は十二分にある名店です。 ぜひ次回の玉縄城址・大鋸散策のルートに組み込んでみてください✨

📌 店舗情報
店名: 鮮魚鶏出汁麺 沢むら(※澤村と表記されることもありますが、正式には「沢むら」さんです)
住所: 神奈川県藤沢市大鋸999-8
定休日: 水曜日(火曜は昼のみ営業)
※駐車場は少なめですので、まち歩き・散策がてらの徒歩や、バスなどのご利用がおすすめです。

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29/07/2026

【歴史コラム】玉縄城を守り、支えた「大鋸(だいぎり)」の職人たち 🏯🪚

鎌倉の「玉縄城」と、お隣・藤沢の「大鋸(だいぎり)」。

一見すると少し離れた地域に思えるかもしれませんが、戦国時代の玉縄北条氏の統治下では、切っても切れない「最強のパートナー」の関係にありました!

今回は、この2つの地域の深い繋がりを3つのポイントでご紹介します👇

① 玉縄城の西を守る「防衛の要」🛡️
戦国時代の大鋸周辺(遊行寺裏手の高台など)は、玉縄城の西側からやってくる武田氏や上杉氏などの脅威を防ぐための「出城(大鋸砦・遊行寺城)」**として機能していました。境川を隔てた前線基地として、本城である玉縄城をしっかりガードする「盾」の役割を果たしていたのです。

② 誇り高き職人集団「大鋸引き」と造船・建築 🪚🪵
「大鋸」という地名の由来は、巨大な木材を切り出す大型ノコギリ(大鋸)を使う職人集団**「大鋸引(おおがびき)」**から来ています。
巨大な丸太を斜めに立てかけ、全身全霊を大鋸の刃に込めて息を合わせて木を挽き割っていく。そんな誰もが尻込みするような重労働を、完璧な調和と確かな技術で成し遂げる職人たちの誇りと汗が、玉縄城の建築や修繕、境川の水運を生かした造船を根底から支えていました。

③ 交通と経済の要所「遊行寺」🙏
大鋸には時宗本山・遊行寺があり、玉縄北条氏はその宗教的権威や門前町の経済力・水運の利も大切に保護していました。戦国期に築かれたこの人の集積と交通網が、後の江戸時代における「藤沢宿」の発展へと繋がっていくことになります。

💡 まとめ
大鋸は、玉縄城にとって「西を防ぐ盾」であり、同時に「城や船を造るための誇り高き技術の拠点」でもありました。

普段何気なく歩いている身近な街並みも、歴史の視点で地図を見てみると、戦国時代の戦略や、木と格闘した職人たちの熱い息遣いが感じられて面白いですね!今後の歴史探訪やまち歩きでも、こうした地域の広がりや繋がりを皆様と一緒に見つけていければと思います。

📚 主な出典・参考文献
『藤沢市史』各巻
藤沢地名の会 調査・研究資料(大鋸の地名由来と職人集団)
鎌倉市埋蔵文化財調査報告書(玉縄城跡および周辺城郭群)
現地案内板(藤沢市大鋸・感応院および舟玉橋周辺)

#玉縄城 #大鋸 #玉縄北条氏 #歴史探訪 #鎌倉 #藤沢 #大鋸引 #職人の誇り #伝統技術 #歴史好きな人と繋がりたい #城郭歴史 #まちづくり

住所

神奈川県鎌倉市植木 128
Kamakura-shi, Kanagawa
247-0073

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