06/06/2026
🏯 境内の一角に眠る、猛将たちの記憶
案内板に目を向けると、そこには玉縄城を舞台に戦国時代を駆け抜けた武将たちの歴史ロマンが刻まれています。
玉縄城は永正9年(1512年)、伊勢宗瑞(のちの北条早雲)によって築城されました。小田原城の支城として、関東進出に向けた極めて重要な役割を果たした要衝です。
この地を治め、戦乱の渦中でその名を轟かせた歴代の城主たち——。
北条綱成(つなしげ)
北条氏繁(うじしげ)
北条氏勝(うじかつ)
彼らは名だたる猛将でありながら、巧みにこの土地を治め、外に向かっては勇猛果敢に戦いました。供養塔の前に立つと、かつてこの周辺の山々(現在の清泉女学院、栄光学園敷地などを含む一帯)に、堅牢な城郭を構えていた彼らの息吹が聞こえてくるようです。
💡 時代を超えて守られる「ぶっつけ仏」
案内板によると、この供養塔はもともと龍寳寺の住職四世・良順大和尚によって江戸初期(推定元和年間〜寛永5年頃)に建てられたものだそうです。
かつて旧地に建っていた頃は、「いつも塔が倒れていて、誰かが直しておくとすぐにまた倒れている」ということから、土地の人々から「ぶっつけ仏」と呼ばれて親しまれていたという、なんとも人間味のあるユニークな逸話も残されています。
その後、造成工事や玉縄城築城500年を記念した移設を経て、現在は参拝しやすいこの龍寳寺の境内に美しく再度移設され、大切に守られています。
🌿 歴史の足跡をたどるひととき
かつて関東を震撼させた「地黄八幡」の旗印で知られる北条綱成をはじめ、玉縄北条氏の武将たちが愛し、守り抜いた玉縄の地。
龍寳寺の静寂に包まれながら供養塔や本堂を眺めていると、400年以上前の戦国ロマンが鮮やかによみがえってきます。皆さんも大船にお越しの際は、ぜひこの歴史の息吹を感じに足を運んでみませんか?
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@玉縄城址まちづくり会議