春野sozo学校

春野sozo学校 春野sozo学校, 地域団体, Hamamatsu-shiの連絡先情報、マップ、方向、お問い合わせフォーム、営業時間、サービス、評価、写真、動画、お知らせ。

2023年夏、当時中学1年生だった長男が犬居小学校にいつまでも元気な声が響くことを願って活動を始めた団体です。
現在、長男は高校へ進学し、春野町を離れて下宿生活をしています。現在、事実上、SOZO学校の主催者である宇野まどかは2026年1月末に日本熊森協会静岡支部の支部長を引き受けました。このFBは静岡支部公式ページではありませんが、SOZO学校の活動の他にも、支部長としての思いも綴っています。

31/05/2026

5月が終わってしまいますね。いろいろなことがありました。メインは一番茶でしたけど。無事に収穫&製造&発送(予約を受けた分)が終わり、ホッと一息ついたかと思いきや、整枝作業や草取り&草刈りに追われています。この時期、毎年ながら、家の中も、周りも、カオスになります。そして、頭の中もグチャグチャになる。

一つずつ、整理して書き出したいと思うけれど、その時間がありません。。。

5月もゴミ拾いをしました。もう日付が分からなくなっちゃった。秋高の体操教室に行くついでに、峰小屋トンネルを天竜方面に向けて出た辺りの道沿いを、私と秋高と初美の3人で拾いました。

秋高が少し前にこんな話をしてくれました。学校の道徳の授業で、ゴミ拾いの話が取り上げられたそうです。ある人が、川のゴミ拾いを始めて、最初は一人でやっていたけれど、道行く人たちが協力するようになって、輪が広がった、というような話。

「僕たちが拾うところも、誰かに見てもらえたらいいのにね」

確かにね。拾っている時、車が通りかかることはあるので、全く見てもらっていない、ということはないと思うのですが。先日の場所は交通量が多いけれど、ほとんど無いような場所でゴミ拾いをすることも多いですね。そういう場所に、不法投棄は多いですしね。

せめて、学校で、先生が「あきたか君たちもゴミ拾いやってるんだよね」とついでに紹介してくれたらよかったのに、と思いましたが、そういう展開にはならなかったらしい。

一方で、こんな記事もありました。お茶の発送に、注文数が多い時は段ボールを使用するのですが、その緩衝資材に古新聞を使います。我が家は新聞を購読していないので、ご近所の方にいただいたりしています。たまたま、目に留まったのは2024年3月の静岡新聞、「シニア はりきり人生」というコーナーの記事でした。

長泉町に暮らす73歳の男性。阪神淡路大震災を機に「町のために何かできないか」と考えるようになり、42歳でゴミ拾いを始め「長泉町を美しくする会」を設立。多い時には会員が20人いたそうです。自身は10年前に脳出血、3年前に脳梗塞を患い、右半身が不自由に。さらに会員は自分のみになったが、「続けることに意味がある」と週2回の活動を続けているそうです。

私は、「会員は自分のみになった」の部分に、釘付けになってしまいました。

20人いたのに、1人になってしまったんだ。30年、続けたのに。こんなにいいことをしているのに、輪が広がらなかったのはなぜだろう?

自分の経験と重ね合わせました。私も最初に「運拾いだと思ってゴミ拾いをしよう」と呼び掛けたとき、そこには、20人以上がいたかな?まだ、始めて2年半。ペースは月に1回程度で、最近は、出かけるついでに済ますだけ。呼び掛けれてもいないから、輪の広がりようもないのだが。

各自ができる時に拾うスタイルでもいいので、秋高が願うように、だんだん仲間が増えたらいいな、と思う。それで、お互いに励まし合えたら。。。

でも、仲間が増えなくても、それでも、続けることも大事なんですね。

会を立ち上げたら、メンバーがどんどん増えることが成功だと思っていたけれど、そうとも限らないのかもしれない。たった一人になっても、続いているって、とても尊いことですね。清掃道具を載せた自転車と一緒に映る男性の柔和な顔を見て、そう思いました。

万年会員不足のSOZO学校ですが、それでも、細く長く、続けてみましょう。

28/05/2026

今日は朝からいいこと尽くし!

まず、ゴミ出しついでにスクールバス乗り場まで送っていく途中、防火水槽の上にある百日紅の木に、モリアオガエルの卵塊を二つ発見!今年も来てくれたんですね!

それから、本日、秋高の体操教室で天竜まで出ました。その帰りに、ホタルを探しに行きました。昨年もちょうど同じころ、同じ場所で、たったの1匹ですが、観察できました。

今年はどうかな。。。

たまたま外の縁台のようなところで、3人の地元の方が歓談していらっしゃいました。ホタルについて尋ねると、私たちが昨年見た場所は、街灯が眩しいから、観察しにくいかもしれないよ、と教えてくれました。しばらく目を凝らしましたが、いませんでした。再度、縁台の前を通ったので、「いなかった」という報告をすると、少し離れた別の場所も紹介してくれて、一人の方が、親切に付き添ってくださいました。でも、残念ながら、そこにもいませんでした。真っ暗で、いかにもホタルがいそうな雰囲気の場所なのですが、、、ほとんど川の水が干上がってしまっていました。真っ暗で、あまりよく見えませんでしたが。

諦めようかと思いましたが、付き添ってくれた男性が、「もう一度、最初の場所を一緒に見てみよう」と提案してくれて、、、

と言いますのも、私はその男性と熊森の話をしていました。お互い、まだ話したいこと、聞きたいことが終わっていなくて、子供たちに時間をもらう必要があったのです。

それから程なくして、「いた!」という第一発見者の初美が声を上げました。間違いなく、ホタルでした。それから15分くらいの間に、合計4匹観察できました。4人の目で確かめたので、間違いないと思います。去年はたったの1匹でしたから、4匹も姿を現わしてくれるなんて、最高の誕生日プレゼントでした。

そう、私、今日、43歳になりました。

プレゼントは、これだけでは済みませんでした。話をしていた男性は、熊森協会が取得した佐久間トラスト(春野の文化センターから20分ほど)の広葉樹化を手伝いたい、その話もできるなら、6月14日のイベントも行ってみたい、とのこと。もう、願ったり叶ったりですね!

ルンルン気分で帰宅すると、留守電が入っていて、6月14日のイベントの定員状況についての問い合わせでした。友達を誘って参加したい、とのこと。こちらも、すごくうれしかったです!

他にも、今日は大切な友人から、久々に電話をもらったり、東京から高級そうな和菓子が届いたり、美味しい柏餅をいただいたり、、、

この柏餅について、もう少しだけ。茶工場の近くに朴の木があります。この辺りでは、柏餅の柏の葉っぱの代わりに朴の葉でお餅を包む習慣があります。柔らかそうな葉を開くこの時期、私も一度は作ってみたいなあと思うのですが、繁忙期と重なり、たどり着けたことは一度もありません。今日は1週間くらい前に、犬居のKさんに、「宇野さん、下へ降りてくることある?朴の葉があれば、作ってあげるよ」と電話をいただいていて、私は体操教室の予定を伝えてありました。今日、16時半頃、Kさんのお家へ朴の葉を届け、そして、体操教室の帰り、19時頃、まだ温かいできたてほやほやの柏餅を10個もいただきました。

それで、私たちは、夕食を先延ばしにしてホタル観察へ出かけられたのです。

車の中で、柏餅を食べて、辺りが暗くなるのを待ちました。食べながら、私たち3人は、何度も「めっちゃ、おいしい!」と感嘆の声をあげました。

美味しくて、ありがたくて、幸せで、、、

ちなみに、大介は、今夜は泊りがけで飲み会です。

数日前、「あなたのお誕生日に、飲み会へ参加してもいいですか?」と言われて、私は喜びました。待っていました、この絶好のタイミング!例年、お茶が一段落付くころ、お茶農家仲間さんたちと打ち上げをしています。

私は「はいはい、行っていいから、6月14日、熊森のイベントで、一日家を空けてもいい?」と切り出しました。

もちろん、オッケーもらいました。

大介は、家にいる限りは、本当に昼夜を問わず、働き続けます。夜も日付が変わる頃までお茶詰めなどの作業をします。

熊森の静岡支部長を引き受ける際、これ以上大介の負担を増やしたくはありませんでした。だから、5~7月は動けない、ということを予め伝えてありました。大介にも5~7月に熊森関係で、私が家を空けることはない、と伝えて、承認をもらっているのです。

でも、やっぱり、やってみると、いろいろあります。リニアも気になるし、熊も出没するし、、、

6月14日のイベントの申込者の一人に「あなたに会ってみたい」と仰ってくださった方がいて、これは行かねばならない、と思いを改めました。でも、大介には切り出しにくかったんですよねーー

心ある人たちと繋がることができて、たくさん、元気をもらっています。

農繁期も、なんとかなるなる。

43歳のスタートは、すばらしい一日になりました。

静岡で開催されたリニアの説明会に行ってきました。秋高も学校を休んで同行してくれました。太平洋側に唯一まとまって残された原生林である南アルプスに初めて穴を開ける、未曽有の自然破壊事業。もう、知れば、知るほど、不安だらけです。これだけ環境が悪化...
26/05/2026

静岡で開催されたリニアの説明会に行ってきました。秋高も学校を休んで同行してくれました。

太平洋側に唯一まとまって残された原生林である南アルプスに初めて穴を開ける、未曽有の自然破壊事業。もう、知れば、知るほど、不安だらけです。これだけ環境が悪化し、身近な自然の劣化を感じる中、今すぐにでも自然保護大国へ舵を切らないと間に合わないと感じる中、まるで自らトドメを刺しに行くような行為だと思います。

ところが、この住民説明会は、着工ありきの説明会で、住民の不安を受けて、着工を取りやめるという選択肢が残された説明会ではありませんでした。そりゃ、そうなのかもしれない。事業者としては、いち早く着工したいのであって、「リニアやる?やらない?」と住民に問いかける場ではないわけですね。

JR東海の職員さんたちが一生懸命説明していました。若い職員さんが目立ちました。

こちらの質問には一切答えないことに、一生懸命な職員さんもいました。まるで、心をどこかへ置いてきてしまったみたい。

私の質問に、苦しそうな表情を見せる職員さんもいました。心が少しはグラグラと揺れていたかもしれません。

いずれにせよ、私は、彼らもまた被害者であるように思われてなりませんでした。彼らにも大切な家族がいて、一生懸命に仕事をしている。

大罪を犯してきたのは、便利さを手放しで歓迎し、自然破壊に無頓着であり続けてきた私たち国民一人一人です。

アメリカではリニアの事業が、市民団体の反対や6千を越えるパブコメなどで白紙撤回されました。

日本もそういうふうになりたいと思うのです。

一人一人が行動を起こしたい。そして流れを変えていきたい。

6月14日の日本熊森協会の催し物、私は農繁期につき、たどりつけないかも、なんて、無責任なことを言っていましたが、私も、浜松、静岡、両会場へ参ります。一人でも多くの方々とお会いできることを願っています。

23/05/2026

戦争のニュースが多く、そして熊駆除のニュースも多く、苦しいです。

戦争を避けるためには、自然を破壊してはならない、ということを伝えたいです。

(以下の記事は、いつだったか、書きかけて、投稿していなかったものです。文中に出てくる「つい先日」がいつだったか、ちょっと、よく分からない。熊のニュースが増える中、この書きかけの記事のことが思い出されました。)

「イゾラド」をご存じですか??

私はちょうど1年ほど前に知って、衝撃を受けました。

アマゾン源流域、ブラジルとペルーの国境地帯に暮らす先住民族のことです。「イゾラド」は「隔絶された人々」を意味するそうです。

どれほど隔絶されているかと言うと、全く文明に接していない(正確には、「いなかった」になるのかな)のです。「イゾラド」で検索すると、簡単に調べることができますので、興味のある方は調べてみてくださいね。詳しい説明はそちらへ譲ります。

この地球上のどこもかしこも文明化されていると思っていたので、まず、その存在に驚きました。しばらく、私たち家族の間で話題になりました。

そして、つい先日、大介が、またイゾラドについてのNHKの番組を見せてくれました。最近、「イゾラド」たちに異変が起こっているようです。

まず、10年前のこと。それまで、森の奥地に暮らし、姿を現さなかった「イゾラド」が、突然、最奥の村モンテ・サルバードに姿を現し、食料のバナナなどを要求しました。その時は村長と抱擁を交わし、友好的にも見えた「イゾラド」たちなのですが、昨年から今年にかけて、また10年ぶりにやってきた彼らは、10年前とは様子が変わっていました。モンテ・サルバードの住民に矢を放ち、住民の一人が瀕死の重傷を負ったのです。住民たちは避難を余儀なくされ、村では、数人の男性たちが監視を続けているような状態です。

「イゾラド」たちに何が起こったのか?番組では、彼らの生息地ギリギリまで迫る森林開発の様子が写されていました。切り倒した材木を運び出すために、次々と道路も作られていきます。川を船で移動するしかなかった村々へも自動車が入れるようになっていました。(その近辺で、いまだに自動車が入らないのは、最奥のモンテ・サルバードだけ。)そのおかげで村の人たちが冷たいビールが飲めるようになったこと、それに感謝する様子が写り、その後、4,5人の子供たちが、それぞれにゲーム機を持って、視線を落とす後ろ姿が写っていました。

自動車と共に、町と同じ飲み物(冷たいビール)と、町と同じ遊び(ゲーム)がやってきた。おそらく、こうした「開発」が「イゾラド」の生息地を脅かしているのでしょう。

開発を歓迎する声もあるでしょう。「イゾラド」なんて、撃ち殺してしまえ、という声もあるらしい。

しかし、最奥のモンテ・サルバードの村長は、繰り返し、「彼らを守りたい」と言っていました。「イゾラド」からの攻撃にさらされ、安心な日常生活を失ってしまったにもかかわらず。彼らは仲間であり、彼らに銃を向けたくはない、と。その村長の姿に、私は胸を打たれました。

(書いてあったのはここまで。以下、本日、つけたし)

このイゾラドの問題と、熊の問題、とてもよく似ていると思いませんか?

私は、この村長の苦しい立場が、まさに、日本熊森協会だと思いました。人里に依存するアーバンベアが増え、大切な住民を殺傷しかねないことは、重々分かっています。危険個体の駆除も否定していません。でも、ただ出没しただけで、付近の山中まで罠をしかけて、熊を取りつくすようなことをしていいのでしょうか?そもそも、一体、誰が、熊たちをここまで追い詰めたのでしょうか?

新聞に、木の実や山の幸を食べてストレスの無い熊(優しそうで平和的)と、農作物や人間の食べ残しなどを食べてストレスを溜めている熊(苛立って凶暴に見える)がイラストで載っていました。どちらの熊であるか、熊の体毛を調べることで区別がつくそうです。後者が危険個体となって、人を襲う可能性があるから、駆除しましょう、と。

本来の熊は、前者だったはずです。

人間も、ずいぶんとストレスにさらされていますね。食の安全も失われ、子供の頃から競争社会。熊と同様に、平和的な生き物から、凶暴な生き物になってしまうのかも。

イゾラドが、人を襲わざるを得なくなったように、
熊が、人を襲わざるを得なくなったように、
人間も、、、、!?

清浄な水を与え続けてくれる豊かな自然を失ったら、私たち人間も困るのです。

そろそろ、私たち人間が苦しむ番かもしれません。

どうか、モンテ・サルバードの村長のように、地球上の大切な仲間に銃を向けることを思いとどまってほしい。難しい局面ですが、殺し合う以外の道を探りましょう。

6月14日、この問題にいち早く取り組み始めてくれた森山先生が静岡県にいらっしゃいます。今も全国を飛び回り、大忙しの森山先生の生のお話が静岡県で聞けるチャンスはそうそう無いと思います。一人でも多くの方に、森山先生のお話を聴いてほしいです。

そして一緒に、これからの自然保護のあり方や平和について語り合いましょう。

21/05/2026

昨日も今日も、アカショウビンがよく鳴いています!

そして、道にサワガニも出ています。5月はずっとまとまった雨が無くて乾きすぎていたのかな?アカショウビンはサワガニも捕食するようですが、雨と共に水辺から山の方へ飛んできてくれているのかもしれません。

先ほど、ゴミ捨ても兼ねて子供たちをバス乗り場まで送っていく途中、秋高に、

「これって、コクウ?」

と尋ねられました。イントネーションがドラゴンボールの「悟空」と一緒なので、何のことを言っているのか、分かりませんでした。しばらくして、あ、「穀雨」のことか、と思い当たり、よくそんな言葉を知っていたなあ、と感心。

私が秋葉句会に入って以来、秋高も俳句に興味を持ってくれていて、時々、歳時記を興味深そうに眺めています。

「穀雨」は春の季語になり、4月20日頃だそうですが、実感としてはまさに「穀雨」ですね。お茶が始まる前に蒔いた雑穀にろくに水やりもできていなかったのですが、この雨で勢いをつけてくれそう。

今日も、アカショウビンの声に耳を傾けながら、発送仕事、頑張ります!

「野生動物たちは、クーラーに入れないよね」この2日間、全国的にも暑かったようですね。まだ5月半ばなのに、ラジオから「クーラーの適切な利用を」と聞こえてきて、私たち親子は顔を見合わせ、溜息をついています。冒頭の言葉は、秋高の言葉。「どんどん暑...
19/05/2026

「野生動物たちは、クーラーに入れないよね」

この2日間、全国的にも暑かったようですね。まだ5月半ばなのに、ラジオから「クーラーの適切な利用を」と聞こえてきて、私たち親子は顔を見合わせ、溜息をついています。

冒頭の言葉は、秋高の言葉。

「どんどん暑くなっているんだからさ、クーラーを辞めないと。」

これまた秋高の言葉です。

間に合わなくなる前に、根本的な解決に取り掛からないといけないですよね。

子供たちに、どんな未来を残せるのか?

今頃ですが、3月20日の学芸会の新聞記事。終わった後、中日新聞に掲載していただきました。新聞に載ったことを、見に来てくださったお客さんの一人がわざわざ電話で教えてくださり、その時のエピソードもとても心温まるものだったのですが、FBに載せそびれました。その日の新聞を手に入れたのですが、前面が「リニア着工」について報じていて、それを見て、思考回路が乱れまして、、、

まあ、いつも、乱れていますが。そして、今夜は特に睡眠不足で乱れていますが、、、

JR東海が、大井川流域の8市2町と静岡市で、リニアについての住民説明会を開くというのはご存じですか?そこの住民説明会の結果で、知事が着工を判断することになっており、着工前の最後の砦だと思われます。

その皮切りとなるのは、静岡市での開催で、5月26日(火)です。長く「大井川流域の命の水を守る」運動を続けてこられた方々が、初日となるこの日に、なるべく多くの人たちと会場へ向かうことを計画しています。説明会は、10時~16時まで、個別に質問に答えるオープン方式だそうですが、開場時刻の前、9時半には建物前に集合する予定です。

会場は静岡商工会議所静岡事務所会館5階大ホール。事前予約不要です。

関係市町村には浜松は入っていません。でも、他人事とは思えません。つい最近になって運動をしておられる方と知り合ったばかりですが、それでも、声を合わせたい気持ちでいっぱいです。

今日も秋高と夕空にかかる月と星を眺めながら、「この暮らし、最高に幸せだね。ずっと続くといいね」と語り合いました。忙しいけど、お茶づくり、楽しいです。秋高も初美も率先して手伝ってくれる。

こんな暮らしができているなんて、ミラクルだと思う。

メッセージを添えてお茶の注文をしてくださるお客さんが多いのですが、本当に心温まるメッセージばかり。こんなにいいお客さんに恵まれて、これはもうミラクルです。

今日は、なんとチェコからお客さんが来て、午前中、整枝作業(まだ収穫も残していますが、最初の方に収穫をした畑は2番茶に向けて整枝を始めます)を手伝ってくれました。京都のお茶の会社でインターンをしたことがあるそうで、作業経験があり、即戦力になりました。おかげで私は発送仕事に回れました。チェコから来た人が助けてくれるなんて、ミラクルだよね。

お茶が始まって、まだ1回も雨で収穫を妨げられたことがないです。これまたミラクルだね。明後日あたりにようやく雨マークが出て、大介は朝まで寝られる日を超楽しみにしていますが、、それにしても、彼の不眠不休の働きぶりは、ミラクルだね。

そんな超人大介の下で、私は茶工場作業に遅刻2回、茶畑で「なんかポーっとしてるよね」という叱責1回で済んでいるなんて、これまた、ミラクルだわ。

静岡のリニアの説明会に、私が足を運んだところで、事態が好転するわけないです。でもね、、、ミラクルを信じたいです。

熱くなりすぎた私たちの星には、豊かな森と豊かな水源を残すことが、最も必要だと思うので。

4時半頃かな、アカショウビンが鳴いていました。煎茶製造初日の翌朝(5月2日)、今シーズン初めてアカショウビンの声を聞いて、「早いな」と驚きました。前日は相当疲れていて、なかなか起きられないでいた布団の中で聞いたので、夢かと思ったほど。しかし...
17/05/2026

4時半頃かな、アカショウビンが鳴いていました。

煎茶製造初日の翌朝(5月2日)、今シーズン初めてアカショウビンの声を聞いて、「早いな」と驚きました。前日は相当疲れていて、なかなか起きられないでいた布団の中で聞いたので、夢かと思ったほど。しかし、その翌朝、秋高や初美も「アカショウビンが鳴いていた」と言ったので、その2日間は確かに近辺にいたと思われます。

しかし、その後、パッタリと聞かなくなってしまって。私にとって、幸せの青い鳥ならぬ、赤い鳥。キュロロロロという、あの特徴的な声を聞くだけで、何とも言えない高揚感が味わえます。忙しいお茶時期に欠かせない、栄養ドリンクみたいなものだったのに。

今朝、再度、確かに鳴いていました。でも、遠い。それに、数回、囀りを聞いただけで、またパッタリ。例年だったら、朝食の時間も、双眼鏡を持って飛び出したくなるほど近くにいるのになあ。2羽以上が、掛け合うように鳴いているのを聞くこともありました。

数が減ってしまったのでしょうか?さみしい。この後、また例年通り、近くまで来てくれるといいな。

その他、順調です。お客さんたちの「楽しみにしています」という言葉が励みになっています。

写真はだいぶ前に掲載済みのイベントと同じ案内ですが、日本熊森協会の森山先生が、改めて、会員様向けに作ってくださったハガキのチラシです。

私は支部長を引き受ける際、「5月~7月は農繁期なので身動き取れません」ということをお伝えし、「それでもできる範囲で大丈夫」ということで、決断しました。本部から、支部再結成の会を開いてほしいと言われ、計画し始めたのが2月。4月初めに行うことも検討したのですが、3月にはSOZOの学芸会や清太の受験、引っ越しなどがあり、準備が間に合わない、と判断。そうすると、次のチャンスは8月になってしまいました。

チラシを印刷しようとした3月末、森山先生から「8月の結成再記念を盛大なものにするために、その布石として、事前イベントもやろう」とご提案いただきました。私は、上記のような事情をお伝えしましたが、「あなたがいなくてもなんとかするから」ということで話を進めていただきました。副支部長や会計さん、その他のメンバーの方が準備を頑張ってくれています。

と言うことで、6月14日という日付は、私以外のメンバーの都合で決められた日付で、私が不在であることを前提に計画されました。役に立たない支部長です。

でも、もちろん、これは、森山先生の「この現状をなんとかしたい」という必死な願いであり、そして、私への熱い応援でもあります。

文面を読むと泣けますね。

イベント開催まで1か月を切っているのですが、参加者はまだまだ少ない状況です。どうか、みなさま、お誘い合わせてご参加くださいませ!

08/05/2026

「殺傷能力のある武器の輸出を解禁」

数日前、ラジオから聞こえてきたニュースに思わず身体がこわばりました。聞き間違いであることを祈ったけれど、今さっき、ようやく確かめたら、ネットのニュースにも出ている。本当なんですね。。。信じられない。

こんなことがサラッとニュースで読まれたの?

サラッと聞き流せないですね?

もちろん、既に議論があったのでしょうね。私が時事に疎くて知らないだけで。それにしても、周囲で全く、このニュースに関する話題を聞かないのは、ただ、我が家が一番茶で忙殺されているからだけでしょうか?

秋高が「(友達は他のニュースのことは詳しく知っているが)このことは誰も知らない。学校でも話題になっていない。」と教えてくれました。

続けて、「ああ、これで日本も戦争だ」と言いました。

秋高は、この連休中、吉田満の「戦艦大和の最期」という本を読んでいました。読んでいる途中、時々私のところへやってきて、書かれていたことを教えてくれました。

凄惨なシーンがたくさんありました。

教えてくれる秋高を抱きしめながら、私は泣けました。その場にいた兵士たちの母親たちは、我が子に地獄を味わわせるために、この世に産んだはずではなかった。

そして、私ももちろん。

こちらも少し前にラジオから聞こえてきた言葉です。ハウスの水やりから戻ると、途中から聞こえてきて、どうにも気になったので、聞き逃し配信を探して、書き留めました。

中村哲氏の言葉でした。

「無差別の暴力は過去の私たちの姿です。敵は外にあるのではありません。私たちの中に潜む欲望や偏見、残虐性が束になる時、正気を持つ個人が消え、主語の無い狂気と臆病が力をふるうことを見てきました。このような状況だからこそ、人と人、人と自然の和解を訴える。それで正気と人間らしさを保つことはできます。」

殺傷能力のある武器を輸出?

正気じゃないですね。

みなさん、正気を保ちましょう。そして、人間らしく、助け合いましょう。

家業に専念しようと、情報入手はセーブしましたが、吐き出す方はやめられない、困った性分です。ひきつづき「農業人口をいかに増やすか?」その2確かに大切な問題です。私たちの生命維持産業ですからね。でも、私は、解決の方法は「稼げるようにすること」で...
01/05/2026

家業に専念しようと、情報入手はセーブしましたが、吐き出す方はやめられない、困った性分です。

ひきつづき「農業人口をいかに増やすか?」その2

確かに大切な問題です。私たちの生命維持産業ですからね。

でも、私は、解決の方法は「稼げるようにすること」ではないと思うのですね。

むしろ、農業を、そして、田舎や自然というものを、いかに「お金以外の尺度で捉えるか?」がカギになると思います。

もう、先の記事にもさんざん似たようなことを書きましたけれど、その重要性を繰り返します。

私が大きな影響を受けた本「経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか?」(ダグラス・ラミス著)の中に、貧困についてこんなふうに書かれていました。

お金が必要ない場所で、お金が無いことを貧困とは言わない。

お金が無くては生きていけない場所で、お金が無いことを貧困と言う。

自給自足的な社会には、貧困は存在しなかった。

かつて、欧米諸国は、現地の自給的な農業形態を破壊し、一品目だけを大量に作るプランテーションに作り変えました。そして、お金が無ければ生きていけない社会が作り出されていったのです。

植民地は無くなりましたが、今もなお、「経済成長」という、何かよいことをしているかのような響きを持つこの言葉の下で、植民地時代と同じようなことが続いている。社会は、どんどん、お金が無ければ生きていけなくなり、そのお金は一部の人たちにどんどん吸い上げられやすく作り変えられている。

この作り変える力は、かなり凶暴です。いかに、吸い上げられないようにするか?いかに、この巨大な歯車に巻き込まれないようにするか?

それは、まさに、お金が無くても、自然の恵みを持続的に享受できる自然環境を少しでもキープすること。これが、最優先課題だと思います。

「仕事が無い」「お金が得られない」という理由で町へ向かう人が多いと思いますが、「豊かな自然環境こそが、最高に豊かなのだ」ということに気づけば、思いとどまることができるかもしれない。

50年前は、春野町の川の水は手ですくってそのまま飲めるほど清浄でした。山の湧き水も多かった。お金には換算されなかったけれど、私たちはとても豊かだったのです。今は水さえ買わなければならない時代となりつつありますが。

田舎を去って、町へ向かう人たちは、田舎がいかに豊かな場所であったのか?それに気が付く眼差しを失っているように思います。

例えば、満天の星。野鳥のさえずり。都会の人たちが、有休を取って、高価なキャンプ道具を揃えて、ようやく得られる体験を、毎日、享受していたのです。

畑で汗をかくことも、貴重な体験となりつつありますね。ジム通いしなくても、動ける身体をキープできます。美しい景色の中で、お金を払わずに。

ワラビ、タラの芽、タケノコ、ノビル、原木シイタケ。これらは最近、我が家の食卓に頻繁に登場した食材たちですが、これらも、きっと買ったら高いですよね。。。

他にも、いろいろ。田舎に暮らす私たちは、都会の人たちが羨む自然の恵みを無料で享受できている。

そのことに感謝して、次世代へ引き継ぎたいですね。

ここまで、なんとか賛同していただけるでしょうか??

「あなたの話は、非現実的だ」とか「理想すぎる」とか「そうは言っても、お金がいる」など、そんな反論も聞こえてきそう。。。

確かに、、、私がここで暮らせているのは、非常に有能な大介に甘えているから。田舎で自立して暮らすのは、言うほど簡単ではないですね。

でも、想像だけなら、今すぐ、誰でもできると思うのですよ。お金は必要最低限にして、自然に依拠した暮らしをしたい、と想像することなら。想像は創造の始まり。ひと昔前の人たちは、土臭い仕事をせずに、お金で何でも買える暮らしをしたい、と想像したのかもしれない。そして、私たちは昔の人たちが想像した世界を創造しようとした。でも、問題だらけですね。それなら、アナザーワ—ルドを想像しましょう。たとえ自分たちの世代で実現できなくても、SOZOを続けたい。

そして、もう一つ、今すぐできることは、熊森協会の会員になることですね。

自然破壊を起こして、お金を吸い上げる巨大な歯車に立ち向かうために、一体どうしたらいいか分からないという方。まずは、会員になるという第一歩をおススメします。

熊森協会は、もう30年も前から、私たちの生命維持に豊かな自然が不可欠であることを主張し、自然保護を実践してきました。会員になれば、その保護活動を支えることができます。また、会員さんの中には、かなり自給率が高い暮らしを実現されている方もいて、いろいろな情報交換もできるでしょう。

つい最近、「ここでの暮らしは大変だ」みたいなことをぼやいてしまった気がするので説得力に欠けるかもしれませんが、、、田舎暮らし、最高にエキサイティングで、贅沢三昧ですよ。そのことに気が付けば、田舎はあっという間に大人気になるでしょう。田舎に多くの人が溢れる日も、遠くない!?

そんなわけで、うの家は、早めに手を打ちました。

さあ、みなさんも、どうぞ続いてください。楽しい田舎暮らし。楽しいSOZO。

私たちはお金を稼ぐためにこの星に生まれてきたのではありません。楽しく生きるために生まれてきました。「生まれてよかった」と思える星を次世代へ。

先にも書いたように、自分たちの世代ではたどりつけないことであっても、SOZOを始めなければなりません。これは自分たちの代が儲かるかどうか、という目先の利益ではなく、世代を超えてSOZOするべきことなのですから。

労働力不足が悩ましいという記事を書いた翌朝、ラジオから、こんな話。この20年間で農業就業人口は2分の1に。そして、現在の農業就業人口の7割が65歳以上。確か、こんな数字だったと思います。そして、それは、春野に移住して17年となる私たちの実感...
30/04/2026

労働力不足が悩ましいという記事を書いた翌朝、ラジオから、こんな話。

この20年間で農業就業人口は2分の1に。そして、現在の農業就業人口の7割が65歳以上。確か、こんな数字だったと思います。そして、それは、春野に移住して17年となる私たちの実感と重なります。高齢化率はもっと高いかも。

解決策の一つとして、「農業を稼げる農業にすること」が挙げられていました。私は、ラジオが流れているリビングを出たり入ったりしながら聴いているので、一部始終をしっかり聴けたわけではないのですが、、、

稼げる農業にするには、どうすればいいのか?うまくいっている実例の一つとして、都会の人たちに農作業を体験してもらって、体験料をもらっている農家の話がありました。

これまで一人では何日もかかっていた作業が、何十人も集まり、わずか数時間で終わってしまう。その上、体験料の収入まで得られる。

確かに、うまくいっていますね??

私が大学生の頃に、欧米の農家では、農作業体験&農家宿泊ツーリズムで収入を得ている、という話を聞いたことがあります。もう20年も前の話。日本もようやく追いついた、とも言えるのかもしれない。

でもね、、、

私は、日本の農家が遅れていた、とは思わないのですよ。

同じく学生の頃、私も大介も「農業交流ネットワーク(通称「農交ネット)」というサークルに所属し、各地の農家を訪ねて滞在しました。「北は北海道、南は沖縄まで」がキャッチフレーズで、今でいう「援農サークル」でしょうか?当時はそういう言葉はギリギリ無かったのですが。今私たちがホストとしてやっているWWOOFの国内版ですね。

私を含め、メンバーたちに「農家で自分たちが力になっている(つまり援農)」という意識は薄かったと思います。そうではなく、「農家は、体験して、勉強させてもらう場」でした。何も知らない大学生がいきなり農家に行っても、邪魔になるだけで、たいした戦力になんかならないのです。しかし、農家のみなさんは、とても温かく迎えてくださいましたね。中には、週末に付近の観光地へ連れて行ってくれた親切な農家さんたちもいます。その多くの農家さんたちとはいまだに交流が続いており、お茶を送ると、スイカ、梨、加茂なすやスグキ漬けなど、いろいろな農作物に姿を変えて我が家に届きます。

彼らが、私たちから、体験料を取ったか?いいえ、一銭も取られていません。無料で、心尽くしのもてなしを受けました。これが、日本の豊かで親切な農家たちの姿です。

私も大介も、日本全国の農家さんたちに、それはそれはお世話になってきました。だから、今は、いただいたご恩の、少しでも恩送り。

うの茶園では、仮に「手伝いたい!」と来てくれた人がいたら、お昼ご飯などでできる限りおもてなしします。そして、こちらから「手伝ってほしい」と要請する場合は、ちゃんと時給でお支払いしています。

お茶という製品で生計を立てる、というのが、うの茶園の一次産業者としてのプライド。そして、お茶を買ってくださるお客様も、単なるビジネスの相手ではありません。私たち家族を支えてくださる大切な友人のように感じています。

先月も、私たちを温かく見守り続けてくださっているお茶のお客さんが、「一度うの茶園を見てみたい」と、はるばる県外から来訪されました。「私ね、初美ちゃんが赤ちゃんの頃の写真が載ったパンフレットをずっとリビングに貼っているの。もう、こんなに大きくなったの。」初めて顔を合わせる人が、そんなことを言ってくれるなんて、、、私はその言葉に、胸が熱くなりました。

そして、つい先日、彼女から、「お世話になったお礼に」と、お菓子や本など、心尽くしの品々が送られてきました。

WWOOFも農交ネットもお金を介しません。訪問客からお金を取ったら、それは単なる商売のお客さん。お金をくれるなら誰でもいい。お金をもらったら、「はい、さよなら」ということになります。逆に、お客さんの側も「お金を払っているんだから」というワガママな態度になりえる。

しかし、家族として受け入れる、家族の一員として訪ねる、という方法もあります。その時、受け入れる側も訪ねる側も、最大限、心を開きます。だからこそ、今もなお、交流が続いているのだと思います。

交流自体では、一銭もお金は儲からない。でも、お金を介さない交流は、はるかに豊かな財産となるのです。

田舎に暮らす私たちは、都会の人たちに比べれば、本当に贅沢な暮らしをしていると思います。取り放題の山菜や野草、野鳥のさえずりや美しい新緑。そういう、私たちが、普段、無料で享受できているものを、ビジネスの手段にしたくないですね。たまたま縁あって、運よく、私たちは田舎暮らしを実現しました。それは、今も都会で働いている人たちの支えのおかげでもあります。都会で苦労している人たち、疲れている人たちから、さらにお金を取るのは、気が引けます。今や、自然体験も経済的に余裕のある人のレジャーとなりつつありますが、そうではなくて、誰でも、タダで体験してほしい、というのが私たちの願い。

そんな懐の深い、実り豊かな田舎をSOZOしたいです。

そして、懐の深い、実り豊かな田舎を、一人でも多くの人にタダで体験してもらって、田舎の魅力に気づいてもらって、田舎への定住&移住を実現してほしいです。

遠回りに聞こえるかもしれないけれど、私が考える、田舎暮らしの仲間たち(農業人口、というより、田舎暮らし人口。)を増やす方法です。

※写真は、お茶のお客さんが貼ってくださっていた新茶の案内に載せた3人の写真。

住所

Hamamatsu-shi, Shizuoka
437-0621

電話番号

+81539860528

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