公益財団法人 特攻隊戦没者慰霊顕彰会

公益財団法人 特攻隊戦没者慰霊顕彰会 当団体は、大平洋戦争末期、国難に殉じた陸軍海軍すべての特攻隊および特攻隊員の史実を発信し、慰霊する事を目的とする公益財団法人です。公式サイトおよび公式SNSに掲載されている文章・写真等の著作権は当団体に帰属します。無断での複製・改変・配布を固く禁じます。

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【予科練慰霊祭参列報告】茨城県稲敷郡で開催された予科練(海軍飛行予科練習生)慰霊祭の参列報告を掲載致します。‥‥‥‥‥‥‥『第59回 予科練戦没者慰霊祭』令和8年5月31日(日)陸上自衛隊土浦駐屯地内雄翔園予科練の碑前にて開催。「お母さん ...
25/08/2026

【予科練慰霊祭参列報告】

茨城県稲敷郡で開催された予科練(海軍飛行予科練習生)慰霊祭の参列報告を掲載致します。
‥‥‥‥‥‥‥
『第59回 予科練戦没者慰霊祭』

令和8年5月31日(日)陸上自衛隊土浦駐屯地内雄翔園予科練の碑前にて開催。

「お母さん きっと桜咲く靖國神社に来て下さいね」
こう残し飛んで征った予科練出身の若者がいます。

朝から強い日差しの中行われた、第59回予科練戦没者慰霊祭、今年も同窓生2名の方の元気な一言を聞く事ができ、嬉しく、来年もまた参列をしてほしいと願わずにはいられない気持ちでいっぱいになりました。

式典の中で若鷲の歌の奉唱があります。
この歌を歌うとかつては沢山の同窓の方々が参列し歌う本物の若鷲の歌が思い出され、懐かしさと共に切ない気持ちになるのは私だけだったでしょうか。
本日は在天の方々も降りて来てきっと一緒に歌っている、そんな気がしてならない慰霊祭でした。

ここ陸上自衛隊土浦駐屯地の中には、予科練戦没者の遺書・遺品・遺影等貴重な品を展示している雄翔館があり、お隣には、予科練の歴史等に関する展示をしている阿見町の予科練平和記念館があります。
是非一度足を運んでいただき海軍予科練習生に関して学んでいただけたらと思います。

君征きし 南の空に 桜舞え
(評議員:原島敦子)

※『若鷲の歌』
若い血潮の予科練の 七つボタンは桜に錨 今日も飛ぶ飛ぶ霞ヶ浦にゃ でっかい希望の雲が湧く
作詞:西条八十/作曲:古関裕而

………………………………
【関連リンク】

◉ 予科練平和祈念館「雄翔園」
https://www.yokaren-heiwa.jp/04guide/04yusyokan.html

◉ 陸上自衛隊土浦駐屯地
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【終戦記念日/宮城縣護國神社英霊奉謝祭参列報告】宮城県仙台市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。………………………………『令和8年度宮城縣護國神社英霊奉謝祭に参列して』                              ...
17/08/2026

【終戦記念日/宮城縣護國神社英霊奉謝祭参列報告】

宮城県仙台市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。
………………………………
『令和8年度宮城縣護國神社英霊奉謝祭に参列して』
                              
令和8年8月15日終戦記念日に、仙台市の青葉山城跡に明治37年に創建された、宮城縣護國神社で英霊奉謝祭が斎行されたので参列した。

当護國神社には平成19年10月22日に、宮城県出身で特攻作戦で亡くなられた135柱(陸軍44柱、海軍91柱)を祭るため、「あゝ特攻」勇士の像を奉納している。

英霊奉謝祭では、特攻戦没者を含めた宮城県出身戦没者をはじめ、元第二師団管区(福島、新潟、山形の一部)の戦没者5万6千余柱を慰霊している。

慰霊祭は11時から始まり、国歌斉唱、宮司祝詞奏上、「みたま慰めの舞」の奉奏、代表者の玉串奉納と続き、正午の時報に合わせて全員で黙祷、天皇陛下のお言葉を拝聴してから、海行かばを斉唱して、12時過ぎに終了した。

天候も良く、厳粛な式の進行で、すがすがしい気持ちになって拝殿を後にした。
(専務理事:石井光政)

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◉ 宮城縣護國神社
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【熊本健軍慰霊祭参列報告】評議員・倉形桃代より、このたびの令和8年熊本地震で被災された皆様へのお見舞いの言葉とともに、慰霊祭の参列報告をお届けいたします。………………………………『令和8年 熊本健軍の義烈空挺隊慰霊祭に参列して』平成28年熊...
04/08/2026

【熊本健軍慰霊祭参列報告】

評議員・倉形桃代より、このたびの令和8年熊本地震で被災された皆様へのお見舞いの言葉とともに、慰霊祭の参列報告をお届けいたします。
………………………………

『令和8年 熊本健軍の義烈空挺隊慰霊祭に参列して』

平成28年熊本地震から10年、7月28日夕方、酷暑の熊本を再び震度7の大地震が襲いました。
被災された皆様に、心からのお見舞を申し上げます。
また、懸命に救出活動・支援活動に従事されている皆様、医療現場の皆様、心より感謝申し上げます。
厳しい日々ですが、どうかお体を労って下さいますように。
一日も早く、皆様が穏やかな日常を取り戻せますように…復興をお祈り申し上げます。
‥‥‥‥

今年も、義烈空挺隊出撃の地・熊本を訪れた。
例年、梅雨入りの時期にあたり、大雨に見舞われた年もあったが、今年は天候に恵まれ、多くのご遺族が参列された。

5月31日(日)午前10時より、陸上自衛隊健軍駐屯地(熊本県熊本市)内の慰霊碑前において、全日本空挺同志会熊本県支部(支部長・松尾辰蔵氏)主催の「義烈空挺隊出撃81周年慰霊祭」が執り行われた。
顕彰会からは、岩村公史評議員と私が参列した。

慰霊碑が建つエリアは立木の葉が生い茂り、天蓋のように初夏の強い日差しから参列者を守っていた。
慰霊碑には、白い落下傘とひまわりやユリ等、色とりどりの供花が彩りを添えていた。

今年は、第一空挺団の石原由尊団長をはじめ、多くの空挺隊員が参列された。

関係者総勢100名の内、ご遺族は9組19名。
うち3組は初めてのご参列で、地元くまもと県民テレビが同行取材に来ており、その様子は地元の報道番組で紹介された。

昨年もお孫さんに付き添われ、沖縄の慰霊祭にも参列された、稲津 勝曹長の姪・吉野キヨミさんが、
「今年88歳になります。もう慰霊祭に参列できないかもしれません」と寂しそうに微笑まれた。
来年もきっと元気なお姿で再会できますようにと、私は心から願っている。

菊池飛行場ミュージアム(菊池市泗水町)では、義烈空挺隊に関する企画展示やメディアでの発信、ご遺族の消息調査に取り組んでいる。

同館の館長・永田昭氏の呼びかけによって多くのご遺族との連絡がつき、今回の慰霊祭への参列につながった。

今回、参列されたご遺族にゆかりのある義烈空挺隊員は、次のとおりである。

梶原 哲己少尉(大分県出身)
棟方 哲三少尉(青森県出身)
辻岡 創少尉(三重県出身)
宮本 忠一伍長(熊本県出身)
稲津 勝曹長(熊本県出身)
新藤 勝曹長(宮崎県出身)
大山 清治曹長(長崎県出身)
石割 正人伍長(福岡県出身)
酒井 一義曹長(熊本県出身・生還)

また、飯田 秀臣軍曹(長野県出身)と中本 甚之助伍長(和歌山県出身)のご遺族から供花が寄せられた。
※階級はいずれも二階級特進前のもの

慰霊祭終了後、ご遺族は永田氏の案内で、熊本市内の浄圓寺に祀られている義烈空挺隊ゆかりの普賢菩薩像を参拝し、その後、菊池飛行場ミュージアムにも足を運ばれた。

これに先立ち、永田氏から、顕彰会の過去の会報に掲載された梶原少尉の遺墨が残っていれば、今回初めて参列されるご遺族にお渡ししたいとの依頼があった。

顕彰会には現物が残っていなかったため、第一空挺団の広報班に相談したところ、駐屯地内にある空挺館に展示されていることが分かった。
そこで慰霊祭当日、その写しをご遺族の梶原豊美さんにお渡しすることができた。

「最期まで故郷を想っていた。その想いを繋いでいきたい」と、梶原さんはたいへん喜ばれたという。

訓練等でご多忙の中、数ある展示品の中から遺墨を探してくださった第一空挺団広報班の皆様のご協力に、心から感謝申し上げます。
(評議員:倉形 桃代)

【関連リンク】

◉ 陸上自衛隊 健軍駐屯地
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◉ 全日本空挺同志会
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【沖縄縣護國神社春季例大祭・あゝ特攻勇士之像慰霊祭参列報告】沖縄県那覇市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。………………………………『第68回 沖縄縣護國神社春季例大祭』『あゝ特攻 勇士之像慰霊祭』令和8年4月23日、那覇市奥武...
31/07/2026

【沖縄縣護國神社春季例大祭・あゝ特攻勇士之像慰霊祭参列報告】

沖縄県那覇市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。
………………………………
『第68回 沖縄縣護國神社春季例大祭』『あゝ特攻 勇士之像慰霊祭』

令和8年4月23日、那覇市奥武山公園内に鎮座する沖縄縣護國神社において第68回春季例大祭が斎行されました。

その後、同神社敷地内にある「あゝ特攻」勇士の像前において、特攻隊の慰霊祭が執り行われました。

この像は平成30年4月23日に奉納されたものです。

当日は、沖縄特有の断続的に強い雨が降る天候でしたが、多くの方々が参列。

式典に先立って行われた奉納芸能「田場盛信民謡ショー」ではテントに入りきれない方々が鑑賞され、皆で沖縄の伝統文化を楽しみました。

春季例大祭の最後に加治宮司よりご挨拶があり、引き続き「あゝ特攻」勇士の像前において慰霊祭が斎行されました。

通常、各地で行われる特攻隊慰霊祭では、その地域のご出身者をお祀りすることが多い一方、ここでは、沖縄戦で亡くなられた全ての特攻隊員をご祭神としています。

「国の鎮め」の奏楽の中で黙祷を捧げ、国歌斉唱、修祓、祝詞奏上、玉串奉奠などが執り行われ、慰霊祭は滞りなく終了しました。

最後に加治宮司から、
「特攻は航空機だけでなく、水上、水中、空挺等があり、特に沖縄戦では本島のみならず、周辺海域においても多くの若者が今日の日本のために亡くなられた」「このことを私たちは決して忘れてはならない」
とのお言葉があり、
現在の平和の礎となられた方々への感謝の念を、改めて深くする慰霊祭となりました。
(専務理事:石井光政)

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◉ 沖縄縣護國神社
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【特別攻撃隊招魂祭・参列報告】秋田県秋田市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。…………………………………………『特別攻撃隊招魂祭・昭和の日記念祭』令和8年4月29日(水・祝)、秋田市川尻総社神社境内に建立された「特別攻撃隊忠魂之...
24/07/2026

【特別攻撃隊招魂祭・参列報告】
秋田県秋田市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。
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『特別攻撃隊招魂祭・昭和の日記念祭』

令和8年4月29日(水・祝)、秋田市川尻総社神社境内に建立された「特別攻撃隊忠魂之碑」前において「特別攻撃隊招魂祭・昭和の日記念祭」が斎行されました。

この碑は、秋田県出身の特攻隊員56柱の慰霊のため、震洋特攻隊の元隊員であった故・舛谷健夫氏が私費を投じて建立、慰霊祭を続けてこられました。
現在は、ご子息の舛谷政雄氏が実行委員長として、その遺志を引き継いでおられます。

昭和天皇ご生誕の日にあたる「昭和の日」、式典に先立ち、はじめに「昭和天皇武蔵野御陵遥拝」が行われました。

参列者は約40名。式典後は、社務所において多久善郎先生による記念講演「永遠の武士道」が行われ、すべての行事が終了しました。
秋田県出身の特攻隊員の御霊に、改めて哀悼の誠を捧げる一日となりました。
(会報編集長:金子 敬志)
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◉秋田市川尻総社神社;http://www.sosha-j.jp/

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7月(文月)になりました。日々不安定な天候が続いておりますので、Facebookをご覧の皆さまにおかれましては体調に十分ご留意ください。先週末に靖國神社で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。‥‥‥‥‥‥‥『令和8年度大東亜戦争全戦...
07/07/2026

7月(文月)になりました。日々不安定な天候が続いておりますので、Facebookをご覧の皆さまにおかれましては体調に十分ご留意ください。
先週末に靖國神社で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。
‥‥‥‥‥‥‥
『令和8年度大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭』

7月4日(土)、靖國神社にて「令和8年度 大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭」が斎行されました。

120名を超える参列者、国内外合わせて100名の在宅参拝者、そして全国48の慰霊祭主宰団体と共に、約230万柱の御霊に哀悼の誠を捧げました。

【関連リンク】
◉公益財団法人大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会
https://www.ireikyou.com/index.html

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【知覧特攻基地戦没者慰霊祭・参列報告】鹿児島県南九州市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。長文になりますが、ぜひお目通しください。‥‥‥‥‥‥‥『令和8年 第72回知覧特攻基地戦没者慰霊祭』令和8年5月3日(日)13時より知覧特...
30/06/2026

【知覧特攻基地戦没者慰霊祭・参列報告】
鹿児島県南九州市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。
長文になりますが、ぜひお目通しください。
‥‥‥‥‥‥‥
『令和8年 第72回知覧特攻基地戦没者慰霊祭』

令和8年5月3日(日)13時より知覧特攻平和観音堂前(鹿児島県南九州市)において、知覧特攻慰霊顕彰会(会長・塗木弘幸南九州市市長)主催による「第72回知覧特攻基地戦没者慰霊祭」が催行された。

前日までの爽やかな五月晴れとはうって変わって、朝から小雨が降っていた。

鹿児島中央駅前から送迎バスで知覧へ向かう山道は深い霧に覆われ、前日綺麗に見えていた桜島も雄大な山々も眺めることはできなかった。
そんな荒天にもかかわらず、総勢約700名、その内ご遺族51組149名が全国から参列された。

慰霊祭は平和の鐘の音、陸上自衛隊国分駐屯地音楽部による音楽演奏の後、開式となった。
開式のことば、日本礼道小笠原流鹿児島支部の方々による献茶、陸上自衛隊第12普通科連隊第3中隊儀仗隊による敬礼、参列者全員で「國の鎮め」の吹奏に合わせてご祭神1036柱に黙祷を捧げた。

その後、真宗大谷派大徳寺沢村住職の読経が始まり、祭主に続きご遺族・来賓による焼香が行われた。

塗木会長の追悼のことばでは、
日本人の9割が戦争を知らない世代となり、御霊らが一身を以って国難に殉じたことさえ忘れ去られようとしている。
今日の平和と繁栄は、御霊の尊き犠牲とご加護によってもたらされた賜物であることを忘れることはできない。
世代が変わってもこの崇高な精神を未来永劫顕彰し、知覧特攻平和会館を通じて事実を正しく後世に伝え語り継ぎ、御霊が国の安泰を念じつつ散華された御心に応えていくことをお誓い申し上げます、との決意を述べられた。

続く慰霊のことばでは、特にご遺族代表のお言葉が強く印象に残った。

第三独立飛行隊の操縦士として、昭和20年5月24日、義烈空挺隊と共に熊本の健軍飛行場から沖縄中飛行場へ出撃・戦死された久野正信中佐のご長男・正憲様がご家族と参列され、記憶に残る父上や母上との戦中・戦後の思い出を交えて語られた。

父上は陸軍航空隊の飛行士養成教官をされていて、生徒たちが皆死んでいくのに自分だけ残ることはできないと特攻隊に志願された。
出撃の少し前に、浜松の写真館で家族揃って記念写真を撮った時が最後の別れになった。

現在平和会館に展示してある「正憲・清子へ」の遺書は小学校3・4年生の頃に、母上から初めて見せてもらった。
それは子供たちが早く読めるようにとカタカナで書かれていて、子供心に「電報みたいだ」と思われたそうだ。

そして「戦後81年、残された家族や関係者も高齢化しております。私達遺族は、特攻勇士の尊い犠牲のあったことを忘れることなく、今後も語り継いでいくことをお誓いいたします」と締めくくられた。

その後の詩吟朗詠錦城会による献詠は、飛行第105戦隊・増田利男大尉(少飛11期/埼玉県出身)、第58振武隊・今村岩美少尉(少飛14期/福岡県出身)、第三独立飛行隊・久野正信中佐(少候22期/愛知県出身)3柱のご遺詠が朗じられた。

慰霊電報披露、参列者全員による献花、儀仗隊の敬礼、音楽部による献奏「海ゆかば」、南九州市長あいさつ、演奏に合わせて全員で「加藤隼戦闘隊」「同期の桜」を合唱、閉式のことばを以って慰霊祭は終了した。

式が終盤に差し掛かった頃から風雨が強くなり、遠雷さえ聞こえていた。
まるで参列されたご縁者との別れを惜しむように・・・。

帰りのバスは、三角兵舎跡地経由で駅へ向かった。

小雨の中、木立に囲まれた階段を登っていくと「三角兵舎の跡」の石碑やジオラマが展示された広場があった。
入り口には映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」のロケ地記念碑もある。

バスに戻り発車して暫くすると、驚くほどの暴風雨が吹き荒れた。
全ての予定が終わるまで待っていたかのような天気の変化に、英霊のご加護を感じた道中となった。

前日、ゆっくり展示を見たいと思い、知覧まで足を延ばした。
沿道には新茶の幟が並び、爽やかな初夏の風の中、多くの見学者が平和会館を訪れていた。

今回、初めてガイドレシーバーを借りて館内を巡って説明を聞いたり、視聴覚室で行われる語り部による講話を聴いたりした。
企画展は「明日を生きる弟妹たちへ」が開催されていた。(7月17日まで)

講話では、3柱の特攻隊員の遺書についての紹介があった。

子供達が早く読めるように知覧特攻基地戦没者慰霊祭と、カタカナで書いた第三独立飛行隊の久野正信中佐、幼い頃に実の母を亡くし、義母に最期まで「お母さん」と呼べなかった想いを綴った第77振武隊の相花信夫少尉(少飛14期/宮城県出身)、天国へ先立った二人の娘に宛てた第45振武隊の藤井 一少佐(少候21期/茨城県出身)の手紙が、書かれた背景を交えての説明があり、多くの観客が真剣に聞き入っていた。

もう半世紀近く前になるが、学生時代に書店で何気なく手にとった「特攻基地 知覧」(高木俊朗・著)という本に感銘を受けたことがきっかけで、多くの特攻隊員を見送られた鳥濱とめさんや、平和会館のご遺影や資料収集に生涯尽くされた板津忠正さんはじめ、お世話になったゆかりの方々と出会えた。

知覧と私はとても深いご縁で結ばれている。
今回、とめさんと板津さんが寄進された石灯篭を見つけた。
多くの方々の想いが籠った灯篭は、現在参道を超えて知覧平和公園までの道路沿いまで並び訪問者を迎える道しるべとなっている。
(評議員:倉形桃代)

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◉知覧特攻平和会館;https://www.chiran-tokkou.jp/

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【都城市特別攻撃隊戦没者慰霊祭・参列報告】宮崎県都城市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。‥‥‥‥‥‥‥『第50回都城市特別攻撃隊戦没者慰霊祭』令和8年4月6日(日)午前10時30分から、宮崎県都城市内の都島公園(旧陸軍墓地)に...
26/06/2026

【都城市特別攻撃隊戦没者慰霊祭・参列報告】

宮崎県都城市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。
‥‥‥‥‥‥‥
『第50回都城市特別攻撃隊戦没者慰霊祭』

令和8年4月6日(日)午前10時30分から、宮崎県都城市内の都島公園(旧陸軍墓地)において、都城市特別攻撃隊戦没者奉賛会(会長 池田宣永都城市長)主催による、第50回都城市特別攻撃隊戦没者慰霊祭が斎行されました。

本慰霊祭は、都城西飛行場及び都城東飛行場から特攻出撃し戦死した79名と、特攻戦没者以外の特別攻撃隊戦没者6名、並びに、援護隊戦没者74名(第百飛行団(団司令部、第101・102・103戦隊の71名、および、飛行第47戦隊戦没者3名)の併せて159名を慰霊するものです。

なお、都城には北飛行場もありましたが、同飛行場からの特攻出撃はありませんでした。

慰霊碑の名称である「はやて」は、沖縄決戦に備えて、都城西・東の両飛行場に配置されてた特別攻撃隊と第百飛行団の装備機が、当時の陸軍最新鋭戦闘機だった四式戦「疾風」だったことに由来しています。

今回は、慰霊祭の参列に加え、西飛行場跡、東飛行場跡を訪ね、特攻発進の地の碑にも参拝しましたので、その写真等もご紹介致します。

慰霊祭には、ご遺族25名を含む約150名の方が参列。午前10時30分の開式の辞に始まり、約1時間にわたる祭典では、戦没者への黙祷、池田奉賛会会長による祭文奏上などが行われ、式は粛々と進められました。参列者一同戦没者への感謝と敬意の念を新たにしました。

式典の中では、中学3年生による「平和へのメッセージ」の朗読が行われ、次のような言葉が述べられました。

「親族や愛する人、家族や大切な人を護るために、そして、今のこの日常を守るために、私達と同じくらいの年代の方が亡くなったと思うと、彼らが守ろうとしたものを風化させず、私たちがそれらを守る大切さを考えさせられます。
特攻作戦は有ってはならないことであり、当時の社会にあった反対できない空気の怖さを感じますが、同時に、自分の意見を持つことの大切さも感じます。」

この言葉を聞いて、都城市の平和教育の素晴らしさを感じるとともに、この子たちの将来が平和で活気のある日本であってほしいと願わずにはいられませんでした。
(専務理事 石井光政)

‥‥‥‥‥‥‥
◉宮崎県都城市公式サイト
「令和8年度都城市特別攻撃隊戦没者慰霊祭が開催されました」
https://www.city.miyakonojo.miyazaki.jp/soshiki/34/84663.html

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【国分溝辺特攻慰霊祭・参列報告】鹿児島県霧島市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。‥‥‥‥‥‥‥『国分溝辺特攻慰霊祭に参加して』桜の花はすでに散り、慰霊碑周辺には新緑が命の息吹を伝える青葉の季節が訪れていました。そのような折、令...
09/06/2026

【国分溝辺特攻慰霊祭・参列報告】

鹿児島県霧島市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。

‥‥‥‥‥‥‥
『国分溝辺特攻慰霊祭に参加して』

桜の花はすでに散り、慰霊碑周辺には新緑が命の息吹を伝える青葉の季節が訪れていました。
そのような折、令和8年4月19日、国分溝辺特攻慰霊碑保存会主催による第六十三回国分基地特攻慰霊祭が執り行われました。

当日、朝まで降っていた雨も、式典開始前に次第に上がり、慰霊碑の周囲には静かで落ち着いた空気が満ちる中、厳かな雰囲気のもとで式が始まりました。

午前の部では、国分第1基地(国分)から出撃した特攻戦士を慰霊する式典が行われました。
保存会長の霧島市長をはじめ、ご遺族、陸上自衛隊国分駐屯地や海上自衛隊鹿屋基地の指揮官・隊員、関係者、市民、そして小学生や中学生の姿も見られ、約百五十名が慰霊碑の前に集いました。

霧島市長からは、
「子どもたちにこの慰霊祭を通じて平和の意義を理解してもらい、尊い犠牲を決して忘れることなく、恒久平和を誓い続けていく」との慰霊の言葉が送られました。

続いて行われた中学生代表による平和の誓いでは、
「悲惨な戦争を二度と起こさないこと」「戦争の記憶を語り継いでいくこと」が力強く述べられ、静寂の中に確かな決意が共有されました。

陸上自衛隊国分駐屯地からは音楽部も参加し、鎮魂の思いを込めた慰霊演奏が実施されました。
雨上がりの澄んだ空気の中で響くその調べは、言葉を用いずとも祈りの深さを伝え、参列者一人ひとりの心に静かに寄り添っていました。

国分第1基地(国分)からは、四百二十八柱もの尊い命が特攻戦士として飛び立っています。
その一柱一柱に、かけがえのない日常と、家族や友人との未来があったことを思うと、その重みは計り知れません。

午後には引き続き、国分第2基地(溝辺)から出撃した二百十七柱(推定)の特攻戦士を慰霊する慰霊祭が行われ、国分第1基地(国分)は午前、国分第2基地(溝辺)は午後と、それぞれの地で祈りが捧げられました。

ここで改めて心に残るのは、桜と若葉の対照がもたらした静かな問いかけでした。
桜は風雨に散ったのではなく、春の麗らかな日差しを浴び、誰かに見送られるように静かに散っていました。
自然はその時を選び、穏やかに役目を終えます。
しかし特攻戦士の方々は、嵐の只中で、散らざるを得ませんでした。
その対比は、自然の摂理と、人が置かれた過酷な現実との隔たりを、静かに、しかし鋭く私たちに突きつけます。

雨上がりの若葉は、光を受けて力強く輝いていました。
若葉は過去を否定せず、その上に新たな命を重ねて伸びていきます。
失われた命は戻りません。
しかし、思いは消えず、形を変えて受け継がれていく——若葉はそのことを、言葉もなく語っているようでした。
特攻戦士の方々の思いもまた、私たちの記憶の中に息づき、平和を守ろうとする決意として芽吹き続けています。

この日、慰霊碑の前に立った大人たちと、平和を誓った子どもたちの姿は、まさに新緑の象徴でした。
悲惨な戦争を二度と繰り返さないこと、戦争の記憶を語り継ぐこと——その誓いが、若葉のように次の世代へと伸びていく限り、英霊の犠牲は無言のうちに未来を支え続けているのだと信じます。

この日の祈りと情景を胸に刻み、私たちもまた、その継承の一端を担い続けたいと思います。
(評議員:岩村公史)

‥‥‥‥‥‥‥
◉鹿児島県霧島市公式サイト『戦没者』(国分基地特攻隊員戦没者慰霊祭)
https://www.city-kirishima.jp/hisyokouhou/kosodate/senbotsusha/index.html

◉公益財団法人 特攻隊戦没者慰霊顕彰会(特攻財団)
https://tokkotai.or.jp/
◉ 公式Instagram
https://www.instagram.com/tokkozaidan/

【ハッシュタグ】
#国分第1基地 #国分第2基地 #陸上自衛隊国分駐屯地 #公益財団法人特攻隊戦没者慰霊顕彰会 #特攻財団

【出水市特攻碑慰霊祭・参列報告】6月(水無月)となりました。梅雨入り間近となり 天候不順な日が続いておりますので、皆さまにおかれましては、引き続きご体調に十分留意下さいますよう 元気にお過ごし下さい。今月も慰霊祭参列報告を掲載します。長文に...
02/06/2026

【出水市特攻碑慰霊祭・参列報告】

6月(水無月)となりました。
梅雨入り間近となり 天候不順な日が続いておりますので、皆さまにおかれましては、引き続きご体調に十分留意下さいますよう 元気にお過ごし下さい。

今月も慰霊祭参列報告を掲載します。長文になりますがぜひお目通しください。

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『第67回出水市特攻碑慰霊祭』

ツルの渡来地で知られる鹿児島県出水市で4月16日、第67回出水市特攻碑慰霊祭(同市特攻碑顕彰会主催)が開かれた。

この日の鹿児島県地方は最高気温が26.4度まで上がり厚い一日となったが、慰霊祭が開かれた海軍航空隊出水基地跡地(同市和町)の特攻飛行園には遺族13人を含む市民約150人が参列した。

顕彰会会長の椎木伸一・出水市長が、
「祖国に殉じた事実を捉え、次の世代に引き継がなければならない。英霊は自己の希望や情念を犠牲にして臨んだ。遺書などからは、国家・国民を思う気持ちを知ることができる。改めて日本の平和と安泰を念じた若者たちの思いを後世に残す必要がある。厳粛な事実を忘れてはならない」と慰霊の言葉を述べ、
昭和20年5月28日、沖縄近海で散華した松島空陸攻隊出水部隊の佐藤哲也さんの甥、佐藤謙太郎さん(76歳)が遺族を代表して、
「二十歳だった叔父の心中を察すると胸が締め付けられる。私たちは今の平和と繁栄が彼らの犠牲の上に築かれたことは決して忘れない。英霊の顕彰と平和への誓いを新たにするためにここに参集した」と平和への思いを誓った。

遺族らによる特攻碑への供花の後、地元・出水中学の男子生徒2人が力強く平和への誓いをこう述べた。
「平和とはあって当たり前のものでした。しかし、今はこんなに平和でも悲惨な過去があった。(昭和20年)3月18日に特攻を送って以来、その数は200人以上に上りました。ほとんどが将来有望な若い人達だった。現在の出水からは想像できないことが81年前に起きていました。この戦争で、たくさんの命や何気ない日常が奪われました。平和への有難さを強く感じました。戦争を体験していない世代ですが、だからこそ戦争の事を後世に伝えたい。これからを担う私たちがこれからの平和を誓います」

約1時間の慰霊祭からは、派手さはないものの、国家のために散った英霊に向き合う真摯な感謝の気持ちと平和への強い思いが、素直に伝わってきた。
厳かというのはこういう雰囲気だろうと実感した。
    ◇
出水市での慰霊祭には今回、初めて参列したが、多くの出会いがあった。

まず、伝えたいのは「特攻神社」の存在だ。
慰霊祭が行われた特攻碑公園から車で約10分。
「特攻神社」と銘打った神社はそこに鎮座していた。
大きな看板があるわけはなく、道路沿いに静かに鎮座するため、注意しないと見過ごしてしまう。

鳥居をくぐると、左奥に「英霊之碑」と書かれた碑があり、その横では、台座に「南方のかなた」と書かれた特攻隊員の像が沖縄方面なのか、南の方角を見つめている。

現在は桜の木に埋もれ、木々の間から首だけが覗いているが、高さ約4㍍、台座を含めると約7㍍になるという。

社殿の入り口には「玉砕の御霊なぐさめとこしえに 守り給へや特攻神社」の碑が立ち、社殿の壁には、
「特攻の神と祀られ若人の 御霊よ安らかれと祈る」
「帰るなき機をあやつりて逝く 送る友よやすかれと祈る」
「手を振りて飛び立つ特攻の 友の顔今の瞼からきえず」
「特攻機帰らぬ友と知りながら 送るわが身の切なさよ」
「飛び立ちて生きてかえらぬ友人の 御霊祀らせ特攻神社」
の5句が貼られている。

車で5分ほど離れた箱﨑八幡神社(同市上知識町)が管理する同神社の環外社だ。

箱﨑八幡神社の田上敬一宮司によると、昭和18年4月1日に開隊された出水海軍航空隊の守り神として建立された鹿島神社が前身で、同航空隊が出水基地特別攻撃隊となると、特攻隊員が使命の成功を祈願して出撃したという。

大東亜戦争の終結で航空隊が解散すると、同神社も放置され、跡地に植樹された杉木に埋もれてしまっていた。

平成2(1990)年、宅地造成工事の最中、同神社の台座が見つかったため、箱﨑八幡神社の田上貴敬宮司(当時)が敷地を買収、戦場に散った特攻隊員を慰霊すると共に、祭神の神徳を広めるため、特攻神社として再建したという。

祭神は、関行男・元海軍中佐と金指勲・元海軍大尉のほか、散華した全国の特攻隊員の英霊。
関中佐は神風特攻隊の一番機として昭和19年10月25日にフィリピン・マバラカット基地を出撃、レイテ沖で、金指大尉は20年3月19日に出水基地を出撃、足摺岬南方海上で、それぞれ特攻を敢行、散華した。

出水基地からは、昭和20年3月19日に銀河隊4機が出撃して以降200人余りが特攻出撃し散華している。

毎年3月18日には春の慰霊祭を、11月5日には秋の慰霊祭を続けている。

田上宮司は、「最近はご遺族の数が減ってきたこと、さらに出水市は交通の便がよくないことなどから、慰霊祭への参列者は年々減り、最近では多くて地元住民を中心20人ぐらいだが、続けたいし、続けなければならないと思っている」と話した。

特攻神社だけでなく、出水市内を歩くと、大東亜戦争時の戦争遺跡がきれいに整理保存されている。
市全体が戦争博物館だ。
戦争と平和が市民生活に同居しているが、全く違和感ない。
むしろ、現代の平和の有難さと、その礎となった英霊に改めて感謝を実感した。以上
(理事/産経新聞客員編集委員:宮本 雅史)

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◉鹿児島県出水市公式サイト「特攻慰霊碑について」
https://www.city.kagoshima-izumi.lg.jp/page/page_50019.html

◉公益財団法人 特攻隊戦没者慰霊顕彰会(特攻財団)
https://tokkotai.or.jp/
◉ 公式Instagram
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#海軍航空隊出水基地 #公益財団法人特攻隊戦没者慰霊顕彰会 #特攻財団 #鹿児島県出水市

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