30/06/2026
【知覧特攻基地戦没者慰霊祭・参列報告】
鹿児島県南九州市で執り行われた慰霊祭の参列報告を掲載いたします。
長文になりますが、ぜひお目通しください。
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『令和8年 第72回知覧特攻基地戦没者慰霊祭』
令和8年5月3日(日)13時より知覧特攻平和観音堂前(鹿児島県南九州市)において、知覧特攻慰霊顕彰会(会長・塗木弘幸南九州市市長)主催による「第72回知覧特攻基地戦没者慰霊祭」が催行された。
前日までの爽やかな五月晴れとはうって変わって、朝から小雨が降っていた。
鹿児島中央駅前から送迎バスで知覧へ向かう山道は深い霧に覆われ、前日綺麗に見えていた桜島も雄大な山々も眺めることはできなかった。
そんな荒天にもかかわらず、総勢約700名、その内ご遺族51組149名が全国から参列された。
慰霊祭は平和の鐘の音、陸上自衛隊国分駐屯地音楽部による音楽演奏の後、開式となった。
開式のことば、日本礼道小笠原流鹿児島支部の方々による献茶、陸上自衛隊第12普通科連隊第3中隊儀仗隊による敬礼、参列者全員で「國の鎮め」の吹奏に合わせてご祭神1036柱に黙祷を捧げた。
その後、真宗大谷派大徳寺沢村住職の読経が始まり、祭主に続きご遺族・来賓による焼香が行われた。
塗木会長の追悼のことばでは、
日本人の9割が戦争を知らない世代となり、御霊らが一身を以って国難に殉じたことさえ忘れ去られようとしている。
今日の平和と繁栄は、御霊の尊き犠牲とご加護によってもたらされた賜物であることを忘れることはできない。
世代が変わってもこの崇高な精神を未来永劫顕彰し、知覧特攻平和会館を通じて事実を正しく後世に伝え語り継ぎ、御霊が国の安泰を念じつつ散華された御心に応えていくことをお誓い申し上げます、との決意を述べられた。
続く慰霊のことばでは、特にご遺族代表のお言葉が強く印象に残った。
第三独立飛行隊の操縦士として、昭和20年5月24日、義烈空挺隊と共に熊本の健軍飛行場から沖縄中飛行場へ出撃・戦死された久野正信中佐のご長男・正憲様がご家族と参列され、記憶に残る父上や母上との戦中・戦後の思い出を交えて語られた。
父上は陸軍航空隊の飛行士養成教官をされていて、生徒たちが皆死んでいくのに自分だけ残ることはできないと特攻隊に志願された。
出撃の少し前に、浜松の写真館で家族揃って記念写真を撮った時が最後の別れになった。
現在平和会館に展示してある「正憲・清子へ」の遺書は小学校3・4年生の頃に、母上から初めて見せてもらった。
それは子供たちが早く読めるようにとカタカナで書かれていて、子供心に「電報みたいだ」と思われたそうだ。
そして「戦後81年、残された家族や関係者も高齢化しております。私達遺族は、特攻勇士の尊い犠牲のあったことを忘れることなく、今後も語り継いでいくことをお誓いいたします」と締めくくられた。
その後の詩吟朗詠錦城会による献詠は、飛行第105戦隊・増田利男大尉(少飛11期/埼玉県出身)、第58振武隊・今村岩美少尉(少飛14期/福岡県出身)、第三独立飛行隊・久野正信中佐(少候22期/愛知県出身)3柱のご遺詠が朗じられた。
慰霊電報披露、参列者全員による献花、儀仗隊の敬礼、音楽部による献奏「海ゆかば」、南九州市長あいさつ、演奏に合わせて全員で「加藤隼戦闘隊」「同期の桜」を合唱、閉式のことばを以って慰霊祭は終了した。
式が終盤に差し掛かった頃から風雨が強くなり、遠雷さえ聞こえていた。
まるで参列されたご縁者との別れを惜しむように・・・。
帰りのバスは、三角兵舎跡地経由で駅へ向かった。
小雨の中、木立に囲まれた階段を登っていくと「三角兵舎の跡」の石碑やジオラマが展示された広場があった。
入り口には映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」のロケ地記念碑もある。
バスに戻り発車して暫くすると、驚くほどの暴風雨が吹き荒れた。
全ての予定が終わるまで待っていたかのような天気の変化に、英霊のご加護を感じた道中となった。
前日、ゆっくり展示を見たいと思い、知覧まで足を延ばした。
沿道には新茶の幟が並び、爽やかな初夏の風の中、多くの見学者が平和会館を訪れていた。
今回、初めてガイドレシーバーを借りて館内を巡って説明を聞いたり、視聴覚室で行われる語り部による講話を聴いたりした。
企画展は「明日を生きる弟妹たちへ」が開催されていた。(7月17日まで)
講話では、3柱の特攻隊員の遺書についての紹介があった。
子供達が早く読めるように知覧特攻基地戦没者慰霊祭と、カタカナで書いた第三独立飛行隊の久野正信中佐、幼い頃に実の母を亡くし、義母に最期まで「お母さん」と呼べなかった想いを綴った第77振武隊の相花信夫少尉(少飛14期/宮城県出身)、天国へ先立った二人の娘に宛てた第45振武隊の藤井 一少佐(少候21期/茨城県出身)の手紙が、書かれた背景を交えての説明があり、多くの観客が真剣に聞き入っていた。
もう半世紀近く前になるが、学生時代に書店で何気なく手にとった「特攻基地 知覧」(高木俊朗・著)という本に感銘を受けたことがきっかけで、多くの特攻隊員を見送られた鳥濱とめさんや、平和会館のご遺影や資料収集に生涯尽くされた板津忠正さんはじめ、お世話になったゆかりの方々と出会えた。
知覧と私はとても深いご縁で結ばれている。
今回、とめさんと板津さんが寄進された石灯篭を見つけた。
多くの方々の想いが籠った灯篭は、現在参道を超えて知覧平和公園までの道路沿いまで並び訪問者を迎える道しるべとなっている。
(評議員:倉形桃代)
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◉知覧特攻平和会館;https://www.chiran-tokkou.jp/
◉公益財団法人特攻隊戦没者慰霊顕彰会(特攻財団);https://tokkotai.or.jp/
◉公式Instagram;https://www.instagram.com/tokkozaidan/
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