10/04/2025
〈非正規の労組委員長〉第1回
https://www.tokyo-np.co.jp/article/395861
パートの私が労働組合のトップに…ABCマートで労組をつくった2年以上の闘いの日々と「怒りの涙」
大手靴販売店「ABCマート」で働く人たちが昨夏、それまで社内になかった労働組合を立ち上げた。
正社員も労組メンバーとして加わる中、執行委員長に就いたのは、販売員として働く水嶋由美子さん(49)。
記者会見で涙ぐむ労働組合「Backup」の水嶋由美子執行委員長=1月27日、東京・霞が関の厚生労働省で(中村千春撮影)
3年前まではありふれた主婦パートの1人だった。なぜパートのまま、正社員をも率いる労組トップになったのか。2年以上にわたる闘いの中に葛藤や苦悩、そして成長があった。(畑間香織)
◆家族を説得して加入…苦悩の日々
怒りと悔しさで涙がこらえきれなくなった。
「組合員は悩み、苦しみ考え、今日にいたります」と述べた後、震える声で「組合員本人たちから生の声をお伝えします」と話を振った。
1月27日の厚生労働省の記者会見室。千葉県内にあるABCマートの店舗でパートとして働く水嶋さんは、自身が正社員を率いて立ち上げた労働組合の結成会見に臨んでいた。
労組名は「Backup(バックアップ)」。
赤い文字でその名を記したポスターを背に、組合員の正社員7人も会見に同席した。それぞれが家族を説得して加入するなど、この日を迎えるまでの苦悩を思い出していた。
◆なぜ、これほどの苦労を乗り越えないといけないのか
「会社に意見を言う窓口が労働組合。これまでなかったのがおかしい。『賃金を上げたい』『休みがほしい』。当たり前のことを会社に言うためになぜ、これほどの苦労を乗り越えないといけないのか」。水嶋さんは、こぼれる涙をハンカチで拭いた。
ABCマートの店舗(資料写真)
2023年に、時給が減額された自身ら非正規の賃下げ撤回と、非正規約5000人の平均6%の賃上げを勝ち取った。その後は従業員の意見を聞くために店舗を回ると、非正規に限らず、低賃金に苦しむ正社員の実態を知った。
◆1年9カ月ぶりの記者会見室で
従業員が会社に意見を直接言える場をつくろうと思い、自力で労組を2024年8月に結成。賃上げなどを求め2回の団体交渉をしたが、満足する成果を引き出せなかった。
同年12月には、全国コミュニティ・ユニオン連合会長の鈴木剛(たけし)さん(56)が立ち上げた個人加盟労組「ユニオン カント」(東京都新宿区)の支部となり、態勢を立て直すことを決めた。
ABCマートの従業員が労働組合「Backup」を結成し、記者会見する水嶋由美子執行委員長(右)と個人加盟労組「ユニオン カント」の鈴木剛執行委員長=1月27日、東京・霞が関の厚生労働省で(中村千春撮影)
記者会見室には、約5000人の賃上げを報告して以来、1年9カ月ぶりに戻ってきた。当時は社外労組の非正規組合員の1人、今回は店長ら正社員を率いる労組のトップだ。
会見で話を振った組合員は、準備した原稿を読み上げた。
◆自分の言葉で語り出した仲間たち
20代の男性は、若手とベテランの基本給の差が1万円程度だとし、こう訴えた「将来設計を描くことが難しい」
40代男性は労組に加わった理由を語った。「靴小売り最大手として、全従業員が安心して長期的に働ける労働環境と、業績に見合った給料体系に改善してほしいため、組合設立にいたった」
会見から2日後。水嶋さんは店を運営する東京都渋谷区の「エービーシー・マート」を訪れ、組合加入通知書と団体交渉申し入れ書を担当者に手渡した。
訪問を前に組合のLINE(ライン)グループに本社に行くと報告すると、次々と「お願いします」との連絡が来た。いつもなら返答はないので、驚いた。
「会見に出たことでやっと、組合員としての自覚が芽生えたんだ」と受け止めた。
水嶋さんがここに至るまでの道のりは平たんではなかった。
「労働組合ってすげえ」 パートが5000人の賃上げを実現 なのに「変な宗教に入った頭おかしい人」扱い
2025年4月9日
「絶対におかしい。通報する」 介護、物価高、そして時給20円ダウン…パート主婦が労働組合に出合った日
2025年4月9日 14時00分
会員限定記事
0
〈非正規の労組委員長〉第2回
大手靴販売店「ABCマート」で販売員として働く水嶋由美子さん(49)がそれまで社内になかった労働組合を立ち上げ、執行委員長に就いた。
3年前まではありふれた主婦パートの1人だった。なぜパートのまま、正社員をも率いる労組トップになったのか。(畑間香織)=第1回から読む
◆成績優秀で表彰、でも賃下げ「またか」
「(勤務評価を)何回入力しても、水嶋さんの時給が20円下がってしまう」。2022年の年末、申し訳なさそうな表情をした店長から、時給が2023年1月から下がると告げられた。
千葉県内のABCマート店舗でパートとして働く水嶋さんは「納得しない」と言い返しつつ、思った。「またか」
優秀な販売成績を上げたとして会社に表彰されてもらったくつべら(水嶋由美子さん提供)
全従業員の中で上位の売り上げを出したとして、過去に表彰された。それでも勤務評価では、基本時給に上乗せされる加算時給が「10円下がった」。当時の記憶が呼び起こされた。
理由を聞いても納得できる答えはなく、不信感を抱いていた。しかし職場の空気を悪くしたくないと思い、当時は我慢した。
今回の加算時給の減額は以前の倍になる。大手企業での賃上げのニュースが盛んに報じられるさなかだった。それだけに怒りがわいた。
◆借金返済、生活費のためパートを始めた
「結果を出しても時給が下げられる。『不満なら辞めれば』と言われているよう」
もともとは専業主婦だった水嶋さん。母親がパートの定年を迎えたのを機に職を探し、2014年10月から千葉県内の店舗で働き始めた。
母親(左)の通院に付き添う水嶋由美子さん=千葉県内で(川上智世撮影)
両親がコンビニを経営していた際に背負った借金の返済と、両親の生活費を工面する必要があったためだった。
靴にそれほど関心はなかったが、店舗が自身の両親と、義理の両親の家に近く、働くのに都合が良かった。持病がある母親に何かあれば駆けつけなければならないし、夫の父親も介護が必要になっていた。
パートで働く傍ら、通院の付き添いをし、トイレットペーパーや洗剤、米などの日用品を届けた。
10年の間に両親の借金は完済したが、父親が倒れて働けなくなった。母親の年金と、かつてコンビニを営んでいた場所のテナント収入では、両親が生活していけない。
◆入社9年目「黙っていられない」
水嶋さん自身は電気工事業を営む夫の扶養の範囲内で働き、パートでの月収は8〜10万円。パート代全額に夫が補てんして月10万円を両親に渡す。賃下げは両親の生活費の切り下げに直結する。
ロシアのウクライナ侵攻や外国為替市場で進んだ急速な円安などを機に輸入品や原材料の高騰が進んでいた。
スーパーでは、物価高でカップ麺が20円、30円と値上がるのが目についた。そんな中で自身の時給は下がる。理不尽さを感じた。
ABCマートの看板(資料写真)
「会社の役員と、私たちの生活水準が違いすぎるから、平気で賃下げできるんだと思った。非正規をばかにしている」
その怒りは、水嶋さんを突き動かした。
「黙っていられない。会社が間違っている」
◆文句を言っても変わらない 最悪な新年に
入社から9年目で初めて1人で声を上げた。店長を通じてエリアを統括する上司に「納得いかない」と抗議。さらに本社の担当者にも「今物価が上がっていて、賃下げはおかしい」と電話で文句を言った。
何も変わらなかった。
「絶対におかしい。労働基準監督署に通報する」とたんかを切っても、止められもしなかった。怒りがさらにわいた。
賃下げされると言われて迎える2023年の新年は最悪な気分だった。「賃下げを撤回させる結果を何が何でも出さないといけない」と決意した。そのための手段を探し回った。
たどり着いたのが、ある労働組合だった。
〈非正規の労組委員長〉第3回
大手靴販売店「ABCマート」で販売員として働く水嶋由美子さん(49)がそれまで社内になかった労働組合を立ち上げ、執行委員長に就いた。
3年前まではありふれた主婦パートの1人だった。なぜパートのまま、正社員をも率いる労組トップになったのか。(畑間香織)=第1回から読む
◆いきなり「賃下げ撤回」
時給が減額となった従業員について、さかのぼって元に戻す──。
2023年3月、千葉県内のABCマート店舗で働くパートの水嶋さんは個人加盟の労働組合に加入し、店を運営する「エービーシー・マート」(東京都渋谷区)と初めての団体交渉に参加していた。その冒頭で、会社側は前年末に通告していた非正規の賃下げを突如撤回した。
労働組合を立ち上げた水嶋由美子さん(池田まみ撮影)
1人で何度抗議してものれんに腕押しだったのに、団体交渉という場になると要求がかなうことに驚いた。
「労働組合ってすげえ」
時間は少しさかのぼる。2022年末に、店長から時給20円の賃下げを通告された水嶋さん。その理由すら判然とせず、会社への抗議も結実しなかった。
そこで労働基準監督署に電話相談すると、相談員から「他の人の賃下げ撤回も求めたいなら、1人から入れるユニオンがある」と教わった。社内に労組がなくても加入できる個人加盟労組の存在を初めて知った。
◆個人でも加盟できる労組、驚きの連続
まずネットで「ユニオン」と検索した。大手運輸会社の労働相談を解決したと記したサイトを見つけた。個人で加盟できる労組「総合サポートユニオン」(東京都世田谷区)だった。
相談に赴くと、担当者は「(1人から)賃上げだってできる」。
そこで聞かされる話は驚きの連続だった。
「非正規春闘」の記者会見で賃上げを求めるパートの1人として発言する水嶋由美子さん(中)=2023年3月9日、厚生労働省で
ユニオンは2023年春闘から、複数の個人加盟労組が非正規組合員の勤務先に10%の賃上げを求める運動「非正規春闘」を始めていた。
水嶋さんもユニオンへの加入を決め、2023年3月9日にあった記者会見に出席した。ユニオンのメンバーが「賃上げを求める」と述べたのに対し、「インフレに立ち向かっていける時給を『お願いしたい』」と言った。会社側と対等に交渉する意識がまだ言葉になっていなかった。
◆違和感…賃上げ実現で「ヒロイン」扱い
それでもABCマートとの初の団交では、賃下げの撤回を実現したのに続き、10%の賃上げを求めた。
「店は大半が非正規で成り立っている。非正規に一番還元してほしい」と訴えたが、会社側が応じないため、1人で15分のストライキもした。
水嶋さんは当時をこう振り返る。「ユニオンに従ったら賃下げ撤回の結果が出た。言葉より結果が私を納得させた。賃上げできるならストでも何でもやろうと思った」
2025年の「非正規春闘」で賃上げを求めて声を上げる非正規労働者ら=3月、東京都港区で(本文と写真は関係ありません)
新たにABCマートの非正規従業員が1人ユニオンに加入した。2人でストをすると通告した後、会社側は非正規全体の基本時給を平均5%上げるとユニオンに提示してきた。2023年4月の団交で平均6%の賃上げで妥結した。
非正規約5000人の賃上げを勝ち取った姿は世間の耳目を集めた。水嶋さんをその「ヒロイン」のように報じられた。
しかし、「ユニオンがやったのであって、私は言われた通りに動いただけ。ジャンヌ・ダルクのように祭り上げられた」。周りの評価と自分の意識とのずれに違和感を持った。
「助けてください」と言ったらユニオンがやってくれた。すごいのは自分ではなく、ユニオンだ。
◆他の非正規のためにも闘った。それなのに
一方で、ユニオンに加入した後は同僚らに避けられているとも感じていた。「記者会見に出る」「団交に行く」と事前に伝えると、「関係ないから報告しないで」と言われた。
「この時給でやってられない」と不満を言えば、会話をやめてその場を離れる非正規の同僚もいた。
6%の賃上げを勝ち取った後も「仕事量が増える」「扶養の範囲内にするために働く時間を減らさないといけない」など、否定的な意見を人づてに聞いた。
ABCマート店舗のロゴ(資料写真)
自分は他の非正規のためにも闘ったつもりだった。同じ店の非正規の同僚も時給が減らされて悔しそうな表情をしていた。
それなのに「私は変な宗教に入った頭がおかしい人、という扱いになっていた」と感じた。
賃上げの経験は、ユニオンの威力と、周囲の反応という現実を目の当たりにする機会となった。
自分はなぜ闘っていたのか。気持ちに揺らぎが生まれていた。
パートの私が労働組合のトップに…ABCマートで労組をつくった2年以上の闘いの日々と「怒りの涙」
2025年4月9日 14時00分
〈非正規の労組委員長〉第1回大手靴販売店「ABCマート」で働く人たちが昨夏、それまで社内になかった労働組合を立ち上げた。正社員も労組メ...