私達の日々の生活。人と人との関わりを通して育まれ培われてきた「文化」。一人だけでは大きくないが、各自のものを持ち寄り集めると、目には見えないけれど豊かな人間味のある文化のまち「あらかわ」が出来ます。村民募集中。
「あらかわ文化村創設宣言」
私たちのふるさと荒川の庶民の生活をもっと楽しく、より豊かに、更にしっとり、そしてにぎにぎしくしませんか。「あらかわ文化村村民」の小さな知恵を持ち寄って、文化的活動を通じて心の充実を共にしてみませんか。たまにはこんなことで集まって、どこかふさがっている自分を解き放ってみませんか。
わたしたちのまちは、水に縁の深い街、水の恵みに育まれてきました。川のほとりのわたしたちのまちは、長い長い水との付き合いから生まれた独特の生活があります。そこからモノをつくり、商いをしてきた文化と誇りがあります。
江戸の昔、隅田川はかつて「大川」と呼ばれ、季節の移ろい
とともに、生活の糧、水の遊びの楽しみ、風景の楽しみを与えてくれる川でした。
もっと昔、平安の頃、都を追われた貴公子・在原業平がこの川のほとりで水鳥ユリカモメを相手に失恋の痛みを癒しています。明治から大正初期までは、埼玉県境から下流に千住大橋や白ひげ橋の辺りまで延々と桜の並木の土手がつづいていました。その一方で、時には「荒川」の名の如く下町に洪水をもたらす「荒れ川」でした。
近代都市に東京が変化すると同時に、洪水対策を中心とする都市づくりの犠牲となって、荒川というもう一つの川ができましたが、隅田川はコンクリートの壁にも包まれてしまい、本来の水と堤と桜の風景はなくなってしまいました。ついには、清流も消えたのです。
しかし、現在でも東京23区のなかで水に接している距離が最長の区は「荒川区」。隅田川の水に慣れ親しむ生活環境と気持ちの豊かさを、「近代的街・荒川区」の中にもう一度取り戻したいものです。こんな事をわたしたちは21世紀の「あらかわ文化村」の活動の中に描いています。
文化は無秩序・混沌・ワイワイガヤガヤのなかから生まれます。明るくやかましいおしゃべりをしつつ、気持ちを豊かにする「モノ・こと・行為」が文化です。ともに文化的な行動を通じて気心の知れた人の輪を大きくしませんか。誇りはお互いに相手を認め合い、相手から認められあうことから生まれます。その中で人としてのかけがえのないお互いの尊厳を味わってみたいと願っています。
2001年7月11日
あらかわ文化村 発起人一同
名誉村長 永井路子(作家)
村長 笠原立晃(西光寺住職)
事務局長 春日井明(清泉女子大学教授)