JSL -Japan Sudan Project for Safeguarding Living Heritage in Sudan-

JSL -Japan Sudan Project for Safeguarding Living Heritage in Sudan- Our project conduct research on the safeguarding of Sudan's Living Heritage.

【スーダン・コラム】9 スーダンの喫煙習慣 煙草の起源は中南米大陸と考えられており、その喫煙習慣が世界中に広まったのは15世紀末にクリストファー・コロンブスがアメリカ大陸から煙草を持ち帰ったことに始まると考えられています。 スーダンに喫煙習...
01/10/2025

【スーダン・コラム】9 スーダンの喫煙習慣

 煙草の起源は中南米大陸と考えられており、その喫煙習慣が世界中に広まったのは15世紀末にクリストファー・コロンブスがアメリカ大陸から煙草を持ち帰ったことに始まると考えられています。

 スーダンに喫煙習慣が広まったのは17世紀頃で、オスマン・トルコが持ち込んだものと考えられています。その頃のものと考えられる資料が、ヌビア地方のヌビア地方のオールド・ドンゴラ(Old Dongola)から出土しており、18世紀頃に用いられたものと推定されます。それは陶製のパイプで、雁首の部分が陶器で出来ており、そこに植物素材の管を差し込んで使用します。このような形のパイプは現在のスーダンでは見ることが出来ませんが、かつてはこのようなパイプが広く使われたようで、同じヌビア地方のカスル・イブリーム(Qasr Ibrim)から出土しており、大英博物館に収蔵されています。

 スーダンではタバコの栽培もおこなわれるようになり、17世紀末頃にはスーダン島南部のセンナールで生産されたタバコが、東部の港湾都市であるスワキンを通じて、イエメンに輸出されたことが記録に残っています。

 なおスーダンの喫煙習慣については大英博物館のJulie Anderson博士とテュービンゲン大学のMohammed Nasreldein氏からご教示を頂きました。

カスル・イブリーム出土の陶製パイプ(リンク先):
https://www.bmimages.com/01613979673-smoking-pipe-ottoman-dynasty-qasr-ibrim-image.html

参考文献:
Danys, K. and Wyżgoł, M. (2018). Smoking pipes from Old Dongola. In W. Godlewski, D. Dzierzbicka, & A. Łajtar (Eds.), Dongola 2015-2016. Fieldwork, conservation and site management (pp. 47-66). PCMA Excavation Series 5. Warsaw: University of Warsaw Press.
Nasreldein, M. et. al. (2024). The archaeology of pleasure: Evidence for the use of to***co at Old Dongola in Northern Sudan (16th–19th centuries AD). Journal of Archaeological Science: Reports 53, pp. 1-11.

This is a British Museum Images licensable image titled 'Smoking-pipe, Ottoman dynasty, Qasr Ibrim' by British Museum Images All rights reserved. You may not copy, publish, or use this image except for sample layout ('comp') use only. You must purchase the image from British Museum Images in order t...

【スーダン・コラム】8 東京国立博物館所蔵のスーダン関連資料(2) 東京国立博物館にはもうひとつスーダンから収集された資料があります。それは香水を入れるガラス製の瓶で、ジルティグ(Jirtig)と呼ばれる婚礼の儀式に用いられる香水を入れた瓶...
23/09/2025

【スーダン・コラム】8 東京国立博物館所蔵のスーダン関連資料(2)

 東京国立博物館にはもうひとつスーダンから収集された資料があります。それは香水を入れるガラス製の瓶で、ジルティグ(Jirtig)と呼ばれる婚礼の儀式に用いられる香水を入れた瓶と考えられるものです。

 大きさは高さ12cm、幅12cm、厚さ4.5cmの小さなものです。ガラス製の瓶は緑色の繻子によって包まれており、さらにその表面はビーズと子安貝の装飾が施されています。このビーズと子安貝の装飾は、前に紹介したラハト(少女用のスカート)に施されたものと共通するので、それらが制作された場所や時期は近い可能性があります。なお寄贈者はアーメド・ファドリイ氏ということなので、その可能性は高いと考えることが出来ます。

 なおジルティグの儀礼はイスラーム以前から存在し、ケルマ期(紀元前2500~1500年)にさかのぼる可能性があります。そしてジルティグの儀礼はユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」に記載すべく提案が行われており、その審議は2025年12月に開催される政府間委員会で行われる予定です。

 なおスーダンは香水の産地として名高く、「Bint el Sudan」と呼ばれる香水は世界的にも有名です。

 なおジルティグに関する情報については、大英博物館のJulie Anderson博士から多くのご教示を頂きました。感謝して記します。(文:石村智)

[写真]東京国立博物館所蔵の香水の瓶
(Source: ColBase(国立文化財機構所蔵品統合検索システム)「コール瓶」)
[参考文献]
Braima, A. 2016. The Jirtig: A Belief As Old As History. Sudanow Magazine, November 1st, 2016.
Lichtenstein, A. 2019. The scent of revolution: The story behind Sudan’s legendary perfume label remix. GlobalVoices, April 15th, 2019.
(22) AL JIRTIQ/Sudanese National ICH
https://www.ich-sudan.com/national-inventory/inventory/22-al-jirtiq

【スーダン・コラム】7 東京国立博物館所蔵のスーダン関連資料(1) 東京国立博物館には国内外の様々な資料が収蔵されていますが、その中にはスーダンから収集された民族資料が2点あります。今回はそのうちの1点を紹介したいと思います。 それはラハト...
16/09/2025

【スーダン・コラム】7 東京国立博物館所蔵のスーダン関連資料(1)

 東京国立博物館には国内外の様々な資料が収蔵されていますが、その中にはスーダンから収集された民族資料が2点あります。今回はそのうちの1点を紹介したいと思います。

 それはラハト(Rahat)と呼ばれる少女用のスカートで、長さ59cm、幅28cmの大きさです。腰に巻き付ける部分は皮で出来ていて、そこからタカラガイとビーズの装飾が垂れ下がっています。資料カードの記述によると、1898年にアーメド・ファドリイ氏なる人物によって収集され、1908年に当時の東京帝室博物館に寄贈されたとのことです。

 ラハトはスーダンの伝統的な衣装のひとつと考えられており、考古学的にはヌビア地域のカスル・イブリーム遺跡(現在はエジプト領)から西暦700~850年頃のラハトが出土しています。またスーダン北部のクルブナルティ遺跡からは数点の断片的なラハトが出土していて、その年代は西暦1500~1800年頃と推定されています。なお同遺跡からは200点以上の革製品が良好な状態で出土しました。こうしたことからラハトはイスラーム期以前にさかのぼる伝統的な衣装のひとつであると考えられます。

 この資料で興味深いのは装飾にタカラガイが使われていることです。タカラガイは熱帯から亜熱帯の海域に分布する貝類で、古代中国では貨幣として用いられたことが知られています。内陸にあるスーダンにおいても、タカラガイは希少なものとして珍重された可能性があります。そしておそらくその産地は紅海ではないかと考えられます。

 なおラハトに関する情報については、大英博物館のJulie Anderson博士から多くのご教示を頂きました。感謝して記します。(文:石村智)

[写真]東京国立博物館所蔵のラハト
(Source: ColBase(国立文化財機構所蔵品統合検索システム)「腰巻」)
[参考文献]
Anderson, J. and B. Wills, 2012. Recovering a Rahat: A leather skirt from Nubia. British Museum Magazine. Spring 2012: 48-49.
Wills, B. and J. Anderson, 2013. The conservation of desiccated archaeological leather: comments and the case study of a Nubian skirt. In 2013 International Conservation Symposium: Present and Future of Conservation for Organic Artifacts, pp. 84-100. Cultural Heritage Conservation Science Center, British Museum.

【スーダン・コラム】6 遊牧民族のテント(カバビッシュ人) スーダンには570にもおよぶ多様な民族がいるといわれており、それぞれが特色のある住居や建築を建てています。今回はそのうち、コルドファン地方北部に住む遊牧民族のカバビッシュ人(Kab...
09/09/2025

【スーダン・コラム】6 遊牧民族のテント(カバビッシュ人)

 スーダンには570にもおよぶ多様な民族がいるといわれており、それぞれが特色のある住居や建築を建てています。今回はそのうち、コルドファン地方北部に住む遊牧民族のカバビッシュ人(Kababish)の住居を紹介したいと思います。

 カバビッシュ人の家はテントです。その壁はキャンバスによって出来ており、屋根はラクダの毛や革で出来ています。このテントの家は折りたたんでラクダの背に乗せ、移動させることが可能な作りとなっています。

 カバビッシュ人の多くはスンニ派のイスラーム教徒で、男性は白くて丈の長いチュニックを着て、ゆったりとした白いズボンをはき、白いターバンを頭に巻きます。女性は青く長い布を身体に巻き付けた服装をしています。

 カバビッシュ人は遊牧民族といっても、家族が一緒になって移動することは少なく、男性は遊牧のために家を離れて砂漠に出ている間も、女性はディッカと呼ばれるキャンプ地に留まっているのが普通です。また近年では、都市に移住して定住する人たちも少なからずいるようです。

 とはいえ遊牧民族であるカバビッシュ人にとって、移動可能なテントの家は彼らの文化のシンボルとなっています。その素材はラクダの毛や革という、彼らの生業と深く関わったものであり、また運搬可能というその特性も、彼らの生業にとって必要なものです。

 住居や建築は、多くの場合「不動産」であるため、文化遺産の分野でもしばしば「有形」のものとして扱われます。しかしカバビッシュ人のテントの家を見た場合、家そのものは「有形」のものですが、テントの張り方や、それを解体し移動させるやり方、あるいはその素材を調達し、加工する方法はいずれも「無形」のわざと見ることが出来ます。つまりこのテントの家には、有形と無形の両方の要素が関わっていると理解することが出来ます。

 カバビッシュ人のテントの家は、文化遺産における有形と無形との相互連関について考える好例のひとつと言えるでしょう。(文:石村智)

[写真]カバビッシュ人のテントの家の様子
[図]カバビッシュ人のテントの家の構造
(出展:Paul Verity 1971 Kababish Nomads of Northern Sudan. In Paul Oliver ed. Shelter in Africa, pp. 25-35. London: Barrie & Jenkins.)

【スーダン・コラム】5 預言者ムハンマドの誕生日 預言者ムハンマドの誕生日を祝う祝賀行事は、スーダンにおける最も重要なイベントのひとつです。イスラーム暦の三月の、誕生日の十二日前から行事は始まります。それはアル・モリド(Al-Molid)の...
02/09/2025

【スーダン・コラム】5 預言者ムハンマドの誕生日

 預言者ムハンマドの誕生日を祝う祝賀行事は、スーダンにおける最も重要なイベントのひとつです。イスラーム暦の三月の、誕生日の十二日前から行事は始まります。それはアル・モリド(Al-Molid)の行列と呼ばれるもので、数千人の人々が広場に向けて行進します。行進の途中には、歌や踊りが披露され、またスーフィーの祈りが唱えられます。広場に着くと人々はまず非常に長いポールに旗を掲げ、その後に演説が行われ、祝典の開始を告げます。

 その後、参加者は様々なパフォーマンスや伝統的な料理を楽しみ、子供たちにはキャンディーやおもちゃを買い与えます。この行事は本来的にはイスラームの行事であり、特にスーフィズムと呼ばれる神秘主義の修行者たちが中心的な役割を果たしていますが、国全体で祝われるイベントでもあるため、異なる宗教の人々も広場に集まり、交流の場となっています。

 この一連の行事は「スーダンでの預言者ムハンマドの誕生日の行列/行進及び祝賀(Procession and celebrations of Prophet Mohammed's birthday in Sudan)」として2023年にユネスコの「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(代表一覧表)」に記載されました。

 2023年12月にボツワナで開催されたユネスコの無形文化遺産の保護に関する第18回政府間委員会会合では、スーダンから提案されたこの「スーダンでの預言者ムハンマドの誕生日の行列/行進及び祝賀」と、「金属(金、銀及び銅)への彫刻に関連した技術、技能及び実践(Arts, skills and practices associated with engraving on metals (gold, silver and copper))」(イラン、アルジェリアを含む十か国による共同提案)の二つの無形文化遺産が代表一覧表に記載されました。2023年4月に軍事衝突が起こってから間がない時期のことではありましたが、そうした困難な時期にもかかわらずスーダンからこの二つの無形文化遺産が提案され、代表一覧表に記載されたことは快挙と言えるでしょう。(文:石村智)

[写真]マウリッド広場(Mawlid Square)で行われる祝典の様子
(提供:Safeguarding Sudan’s Living Heritage Photo Archives)

【スーダン・コラム】4 アラビアガムとブループリントアラビアガム(Gum arabic)をご存知でしょうか? もし聞いたことがないとしても、実はあなたの周りにありふれているもののひとつです。例えばアイスクリームのその成分表示表を見ると、原材...
26/08/2025

【スーダン・コラム】4 アラビアガムとブループリント

アラビアガム(Gum arabic)をご存知でしょうか? もし聞いたことがないとしても、実はあなたの周りにありふれているもののひとつです。例えばアイスクリームのその成分表示表を見ると、原材料にその名が記されているのではないでしょうか。あるいは清涼飲料水の原材料を見ると「ガムシロップ」と表記されているかもしれませんが、これもアラビアガムが原材料となっています。さらにはワインの安定剤や、アクリル絵具や透明水彩絵具の材料(固着剤)にも用いられています。アラビアガムの原料はアラビアゴムノキ(Acasia senegal)という植物の樹脂で、全世界のアラビアガムの七割がスーダンで生産されています。

アラビアガムの特徴は水に溶けやすいことです。そのため食品の乳化剤や安定剤として広く用いられています。また乾燥すると硬化するので、接着剤としても用いられてきました。例えば透明水彩絵具は、色の元となる顔料とアラビアガムから作られています。そのため水に溶くと、アラビアガムが溶けて顔料の粒子が水の中に混じり合います。それを筆に取って画用紙の上に乗せることで絵を描くことが出来ます。水分が乾いて蒸発すると、アラビアガムは再び硬化するので、顔料は画用紙の上に定着するのです。いったんは画用紙の上に定着した絵具も、水を含ませた筆で優しくなでるとアラビアガムが再び溶け出すので、その性質を利用して「ぼかし」や「にじみ」といった表現を行うことも出来ます。透明水彩絵具は、アラビアガムの特徴をよく活かした画材であると言えるでしょう。

アラビアガムは、ブループリント(シアノタイプ、青写真)と呼ばれる初期の写真技術にも用いられていました。ブループリントでは、感光成分であるクエン酸鉄(III)アンモニウムと現像成分であるヘキサシアノ鉄(III)酸カリウム(赤血塩)を混合した溶液を紙に塗った印画紙を用います。紫外線で感光した印画紙を水で現像すると、独特の青色に発色したプリントが出来上がります。アラビアゴムは、青色顔料(プルシアンブルー)を紙へ定着させ、より濃い青色の発色を促す目的で混合されているのです。

ブループリントは、かつては複写技術として用いられることが多かったのですが、複写機が普及するようになると実用的にはほとんど用いられることはなくなりました。

しかしブループリントをアートの表現として用い続けているアーティストもいます。熊谷健太郎さんもその一人です。彼の手によって印刷された写真の被写体は、青のコントラストとグラデーションによって表現され、それは一般的なモノクロ写真とは異なった印象を与えてくれます。今日ではブループリントを商業的に行っている企業はないため、熊谷さんは自分の手で各種薬品やアラビアガムなどの材料を手に入れて調合を行っているとのことです。

熊谷さんには、2024年10月〜11月にたばこと塩の博物館で開催された写真展「生きている遺産としてのスーダンの嗜みー混迷の時代を超えてー」のギャラリートークにゲストとしてお越し頂き、アラビアガムとスーダンとの関わりについてお話し頂きました。また展示期間中にミュージアムショップで販売された書籍『スーダンの未来を想うー革命と政変と軍事衝突の目撃者たちー』(関広尚世・石村智編著、明石書店、2024年)のノベルティとして、ブループリントによって着色されたブックマーク(しおり)を提供して頂きました。あらためて感謝申し上げたいと思います。(文:石村智)

[写真・上]写真展「生きている遺産としてのスーダンの嗜みー混迷の時代を超えてー」のギャラリートークで展示された、アラビアガム(左側の瓶)と、ブループリントによる写真と、アラビアガムを用いた食品

[写真・下]『スーダンの未来を想うー革命と政変と軍事衝突の目撃者たちー』のノベルティとして頒布された、熊谷健太郎氏制作のブックマーク(しおり)

【スーダン・コラム】3 レニ・リーフェンシュタールとヌバ ヌバ(Nuba)はスーダン南部のコルドファン地方の山岳地帯に住む民族ですが、その存在を広く世界に広めたのが写真家のレニ・リーフェンシュタール(1902-2003)でした。 レニ・リー...
19/08/2025

【スーダン・コラム】3 レニ・リーフェンシュタールとヌバ

 ヌバ(Nuba)はスーダン南部のコルドファン地方の山岳地帯に住む民族ですが、その存在を広く世界に広めたのが写真家のレニ・リーフェンシュタール(1902-2003)でした。

 レニ・リーフェンシュタールはドイツのベルリンに生まれ、最初は女優として映画界にデビューしましたが、ナチスのアドルフ・ヒトラー直々の依頼により『信念の勝利』(1933)と『意思の勝利』(1935)という2本のプロパガンダ映画の監督をつとめました。さらに1936年に開催されたベルリン・オリンピックの記録映画『オリンピア』(1938)の監督をつとめたことから、世界的にも広く知られる映画監督としての地位を得ました。

 しかし第二次世界大戦後、彼女はナチスの協力者として激しい糾弾にさらされました。彼女自身はナチス党員であったことはなかったのですが、映画界において彼女は事実上、封殺された存在となったのでした。

 そんな彼女が第二の人生において心血を注いだもののひとつが、ヌバの撮影でした。1962年、旅行先のスーダンでヌバに出会い、それ以降、10年にもわたる取材を続け、1973年に写真集『ヌバ』を出版しました。この写真集は世界各地で刊行され、日本においても『NUBA ヌバ』(パルコ出版局、1980年)『ヌバ 遠い星の人びと』(新潮文庫、1986年)として出版されました。

 その後も彼女は何度もアフリカを訪問し、2000年、98歳になった彼女がスーダンを訪れた時には、なんと乗っていたヘリコプターが攻撃を受け、墜落するというアクシデントに見舞われました。彼女は負傷はしたものの、幸いにも一命は取り留めたのでした。その後、彼女は101歳まで生きて天寿をまっとうしたのでした。

 彼女の人生について、今なお議論があるのもまた事実です。しかしその写真集では、全身に灰をかぶり、威信をかけてレスリングの試合に臨む若者たちの様子など、不世出の写真家が捉えたヌバの人々の姿を見ることが出来ます。

 なお今日でも、文庫版の『ヌバ 遠い星の人びと』は古本などで比較的容易に入手可能です。本文は文化人類学者・福井勝義による訳で、巻末には解説も収録されていますので、関心のある方はぜひ手に取ってみてください。(文:石村智)

[写真]レニ・リーフェンシュタール(福井勝義訳)『ヌバ 遠い星の人びと』(新潮文庫、1986年)

【スーダン・コラム】2 キャメル・ポストマンの切手 ラクダに乗った男性が郵便を運んでいる様子を描いたこの印象的な図案の切手は、1898年3月にスーダンで発行されたものです。この切手は一般的に「キャメル・ポストマン」の名で知られています。 ス...
12/08/2025

【スーダン・コラム】2 キャメル・ポストマンの切手

 ラクダに乗った男性が郵便を運んでいる様子を描いたこの印象的な図案の切手は、1898年3月にスーダンで発行されたものです。この切手は一般的に「キャメル・ポストマン」の名で知られています。

 スーダンの郵便事業はトルコ―エジプト支配期(ムハンマド・アリー朝)の1821年に開始されました。その後、1840年にエジプトはイギリスの保護国となり、スーダンも実質的にはイギリスの植民地となりました。イギリスの支配に抵抗する運動として1883年から1899年にかけてマフディーの乱が起こりましたが、この切手が発行されたのはまさにそうした時代のさなかでした。

 この切手の発行に携わったのはマフディーの乱に従軍していたイギリス軍の将校E・A・スタントン大尉でした。1897年に、彼は上官であったH・H・キッチナー卿に、切手のデザインを作成するように命じられました。彼は、当時の軍隊の郵便物はラクダか船によって運ばれていたこと、また当時の挿絵付きの新聞『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』に掲載された絵の中に、絨毯のロールをラクダで運ぶ様子のものがあったことを参考にして、この図案の切手を思い付いたのでした。そして二本の槍を背負い、鞍に二つの郵便袋をくくり付けた、ローブをまとったラクダ乗りのデザインを作り出したのでした。

 よく見ると、二つの郵便袋にはそれぞれ「ハルツーム」「ベルベル」の文字がアルファベットで記されています。ただし、この切手の図案が制作された1897年の段階でイギリス軍は、ハルツームもベルベルもマフディーの一派から奪還できていませんでした。イギリス軍は1897年8月にベルベルを占領し、翌年3月にベルベルで最初にこの切手を発行したのでした。(文:石村智)

[写真]キャメル・ポストマンの切手(1ミリエーム)。東京国立博物館所蔵。
(Source: ColBase(国立文化財機構所蔵品統合検索システム)「土領スーダン切手」)

[参考文献]Anderson, J. 2024. The Camel Postman. Under the Date Palm: Sudan Archaeological Research Society News, Spring 2024.

【スーダン・コラム】(1) スーダンのキリスト教 スーダンは一般的にはイスラーム教の国というイメージが強いのですが、実際には多民族国家であるので、様々な宗教を信仰する人々が暮らしています。ここではスーダンのキリスト教に注目して見てみることに...
05/08/2025

【スーダン・コラム】(1) スーダンのキリスト教

 スーダンは一般的にはイスラーム教の国というイメージが強いのですが、実際には多民族国家であるので、様々な宗教を信仰する人々が暮らしています。ここではスーダンのキリスト教に注目して見てみることにしたいと思います。
 スーダンにキリスト教が伝えられたのは1世紀頃といわれており、伝説によるとイエスの十二弟子のひとり、マタイがスーダンのヌビアを訪れたとされています。その後、5世紀頃のスーダンには三つのキリスト教の王国が興りました。それはノバティア王国(5~7世紀)、マクリア王国(5~16世紀)、アルワ王国(6~16世紀)で、それぞれスーダンの北部、中部、南部に位置し、同じ時期に並立していました(ただしノバティア王国は7世紀頃にマクリア王国に併合されました)。これらの王国が興った頃、スーダンの北にあるエジプトは東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の支配下にありましたので、その影響を受けてスーダンの国々もキリスト教化されたのです。
 スーダンにイスラーム教が伝えられたのは8世紀頃ですが、しばらくはキリスト教徒、イスラーム教徒ともども平和に共存していたようです。14世紀頃にイスラーム教のスーフィズム(神秘主義)がスーダンにも伝えられてイスラーム教が広がり、16世紀頃までにはほとんどの住民がイスラーム教徒となりました。
 19世紀以降にイギリス国教会やカトリック教会などが進出し、再びキリスト教が布教されたので、現在でも少数ですがキリスト教徒が生活しています。またスーダン南部の地域は、もともと伝統的宗教の影響力が強かったのですが、一定数の人々がキリスト教に改宗しました。(文:石村智)

[写真]ノバティア王国の首都であったファラスの聖堂跡から発見されたフレスコ画。イエスの誕生を描いたもの。スーダン国立博物館蔵。
(Source: Wikipedia Commons, public domain)

【再掲】国立文化財機構 東京文化財研究所では、文化庁令和7年度文化遺産国際協力拠点交流事業の関連シンポジウムとして「紛争下の被災文化遺産と博物館の保護―スーダン共和国の事例から―」を、2025年8月16日(土)に開催することとなりました。本...
28/07/2025

【再掲】国立文化財機構 東京文化財研究所では、文化庁令和7年度文化遺産国際協力拠点交流事業の関連シンポジウムとして「紛争下の被災文化遺産と博物館の保護―スーダン共和国の事例から―」を、2025年8月16日(土)に開催することとなりました。

本シンポジウムでは、スーダン人文化遺産専門家らを迎え、文化遺産分野と外交分野から紛争被災文化遺産や博物館の保護と国際支援のあり方について話し合います。

詳しくは下記のリンク先をご参照ください。参加申し込みもリンク先からお願いいたします。
https://www.tobunken.go.jp/ich/home-2/symposium_sudan_2025/

住所

Tokyo

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