03/08/2026
津久井やまゆり園での事件から10年と8日
今日も、お二人の文章をご紹介します。
想い続けることは難しいですが、
この連続投稿をきっかけに、
想いを寄せていきたいと私自身も思っています
想いが、社会に届きますように
こつこつと共に歩んでいただけたら嬉しいです
(担当が滞在していた地域が電波入りにくく、土日投稿をお休みさせていただきました)
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僕は、もし僕がやまゆり園にいたら被害にあっていた方の人間なので、いっそう自分のことのように思えてならないのですが
「亡くなった人たちにも年相応の考えがあり、人間としての誇りを持って生きていたということをきちんと言わなければならない。」という主張に僕はこつこつで出会って、本当にそうだと思うようになりました。
早く社会が、亡くなった人も僕達も、見かけとは違って豊かな言葉の世界を持っているという事実に謙虚に向き合ってもらいたいです。
木澤祐陽 (指談にて)
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【家族】
津久井やまゆり園事件から10年経つ今。
もう10年経ってしまったのか。
「変なやつが極端なことをした」で終わらせたくない。10年で社会の何が変わったのか、事件を繰り返さないために親として何をして行くべきか考え行動したい。
うちの子は身体障害・知的障害が重い。「あっち側こっち側」と線引きするならあっち側だと植松 聖さんなら考えるだろう。世の中から線引きの思想は絶対無くならないだろう。
この10年で社会の何が変わったか。少なくとも私が住む水戸市では「物理的なバリアフリー」だけでなく「こころのバリアフリー」に力を入れて来た。小中学校に出向き車椅子でバス乗車体験等、物理的なバリアフリーを通してこころを変えていく試み。福祉系のイベントも積極的に開催されている。その効果なのか街中をバギーユーザーのうちの子を連れていても小中学生の子供がさっと障害物をどかしてくれるようになった。
本当にありがたい。
が、市やイベント主催者がイベント周知を頑張っているにも関わらず、障害者側がそのイベントに参加しているかというとそうでもない。情報が溢れているから広報に気づかないかも?私は声をかけてみる。「イベント行ってみない?車椅子トイレ・障害者駐車場も完備されてるよ。キッチンカーも美味しそうだよ」と。声かけて実際出て来てくれる人はだいたいいつも一緒。出てこない人は「忙しい。面倒くさい。人の目が嫌。一緒に歩くのを兄弟が嫌がる」等理由は色々。こころのバリアフリー面で健常者が障害者のふりをする体験だけでは限界がある。リアル障害者と触れ合う機会の方がより知ってもらえると思うんだが。
事件を繰り返さないために親として何をして行くべきか。福祉制度を利用出来る所は利用し、障害のある我が子を家の外にどんどん出して「あの家の障害者の子供」から顔が見える存在の「〇〇君△△ちゃん」にして行かないとと思う。それが億劫な親はたくさんいるとしても、外に出す親子だけでも顔が見える存在に行動して行こう。
Taketake (障害当事者の親)