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下北沢X物語(5411)-好天の今日再び下北沢猫町へ-https://rail777.livedoor.blog/archives/52206561.html(一)「そヾろ神の物につきて心をくるはせ」は「奥の細道」の冒頭の一節だ、ついつい人...
13/05/2026

下北沢X物語(5411)-好天の今日再び下北沢猫町へ-
https://rail777.livedoor.blog/archives/52206561.html
(一)「そヾろ神の物につきて心をくるはせ」は「奥の細道」の冒頭の一節だ、ついつい人を旅へ誘ってしまう神に誘惑される、これ詩人一般に通ずるものだ、気持ちの根本に「さてもこうしてばかりはいられなくて」と言う思いがある。詩人は「女物の下駄であろうが、一向におかまいなしで、後もみずに姿を消してしまう」と。漫ろ神に取り憑かれていたようだ。その彼も晩年ではすっかり旅への興味を失い、近隣をほっつきあるいていた、漫歩である。漫歩をする詩人は景観と緑とを好む。萩原朔太郎が寄留した東北沢は場所が不明だ。が、妹アイと住める貸間、部屋が二つあって後、台所と雪隠だ、必須なのは窓から見える景観だ。東北沢は尾根筋で富士も見えた。推定するならば北沢4丁目、北沢公園付近、森厳左岸、崖線沿いではなかろうか。

下北沢X物語(5410)-朔太郎忌に下北沢猫町を歩く-https://rail777.livedoor.blog/archives/52206528.html(一)朔太郎忌に『猫町』を歩くのは定番となった、弔意をもっての町歩きだ、これまでは...
12/05/2026

下北沢X物語(5410)-朔太郎忌に下北沢猫町を歩く-
https://rail777.livedoor.blog/archives/52206528.html
(一)朔太郎忌に『猫町』を歩くのは定番となった、弔意をもっての町歩きだ、これまではただ歩くだけだった、どこかで彼への思いを表わしたい。考えついたのはポイントとなる箇所での黙祷だ、一番ふさわしのは「代田の丘の61号鉄塔」だ、萩原朔太郎の痕跡を唯一残しているのがこれだ。が、ここへ来ると気持ちが昂ぶる、鉄塔への思いは人一倍強い。この鉄塔を世田谷区地域風景資産に推奨したのは私だ。「鉄塔が風景資産になることはない」これは前評判だった。が、私は決め手を用意して臨んだ。娘の葉子が作品で述べている。『あの高い鉄塔に登り、感電死するのが私の運命のような気がした』と。『あの高い鉄塔』こそは、『代田の丘の61号鉄塔』なのである、ここで参加者全員で黙祷すると決めていた。が、鉄塔少年は説明に夢中になって忘れていた。

下北沢X物語(5409)-文士村の衰退と文士町の興隆-https://rail777.livedoor.blog/archives/52206437.html(一)文士村は衰退していく、人が集めたものだから老いていく、文士町は興隆していく、...
10/05/2026

下北沢X物語(5409)-文士村の衰退と文士町の興隆-
https://rail777.livedoor.blog/archives/52206437.html
(一)文士村は衰退していく、人が集めたものだから老いていく、文士町は興隆していく、機械が人を集めるから老いることはない。現在発行している地図は「下北沢文士町文化地図」9版である。詩人、歌人、俳人、作家などの文化人居住跡を記録してきた。今回「詩神社」在処を調べる過程で、この社の住所、またここに集っていた詩人萩原恭次郎、宮崎孝政の名もわかった。これらを文士町の文化史として地図に記録したい。が、該当箇所は混み合っている。すでに福田正夫、清水暉吉旧居マークが入っている。最近分かった俳人村田脩も同じ箇所である。詩神社は清水暉吉の家にあった。下北沢文士町は歴史文化が輻輳ていて新しく見つかった文化人を書き入れる余地がなくなってきている。

下北沢X物語(5408)-萩原恭次郎と宮崎孝政-https://rail777.livedoor.blog/archives/52206403.html(一)[詩とは爆弾だ」と激越な言葉を放ったのは萩原恭次郎である。この詩人が文士町界隈に足...
09/05/2026

下北沢X物語(5408)-萩原恭次郎と宮崎孝政-
https://rail777.livedoor.blog/archives/52206403.html
(一)[詩とは爆弾だ」と激越な言葉を放ったのは萩原恭次郎である。この詩人が文士町界隈に足跡を残していた。その場は、下北沢にあった「詩神社」である。詩誌「詩神」の発行所である。現番地では北沢3の28番地である。ここに詩誌編集者の宮崎孝政がいた。恭次郎と孝政は知己である。若い頃から能登にいた宮崎と前橋にいた恭次郎とは文通で繋がっていた。共に東京に出てくる。この二人は下北沢で出会った。年号は昭和4年のことである。小田原急行鉄道が開通したのは二年前の昭和二年だ、この鉄道開通が大きな変化をもたらす。好例は高須光治の「下北沢風景」だ、燦々と陽光が降り注ぐ中に、赤い屋根の家が建っている。小田原急行鉄道が開通して沿線の宅地化が一気に進んだ。詩人も集ってきた。

下北沢X物語(5407)-萩原恭次郎と下北沢-https://rail777.livedoor.blog/archives/52206316.html(一)文士町探訪を長く続けている。この嚆矢は鉄道開通が契機だった。昭和初年から始まった町の...
07/05/2026

下北沢X物語(5407)-萩原恭次郎と下北沢-
https://rail777.livedoor.blog/archives/52206316.html
(一)文士町探訪を長く続けている。この嚆矢は鉄道開通が契機だった。昭和初年から始まった町の形成も、今では百年を経とうとしている。誰が来て、ここで何をしたのか、その全貌を掴めないでいる。文化史的には、初期のころは皆、詩に対して熱かった。現今では儲からないから詩に手を出すのはやめよという。が、当時は熱かった、命を賭けて詩と戦っていた。その一人が萩原恭次郎である。彼は下北沢にあった「詩神社」編集所にきて友と熱く詩論を戦わせていた。恭次郎は群馬出身、同郷の先輩は萩原朔太郎である。両名の交流は深く、恭次郎は朔太郎を強く思慕していた。

下北沢X物語(5406)-巡りくる下北沢文士町100年-https://rail777.livedoor.blog/archives/52206276.html(一)リベラル派の国会議員を励ます会があった。そのときに長く政治活動を続けてこら...
06/05/2026

下北沢X物語(5406)-巡りくる下北沢文士町100年-
https://rail777.livedoor.blog/archives/52206276.html
(一)リベラル派の国会議員を励ます会があった。そのときに長く政治活動を続けてこられた女性と出会った。ニコタマ住まいだった。「かつては多摩川ベリでのどかで静かなところだったのね、それが今ではビル街になって、何の面白みもないのよ」と。文化が薄いということらしい。そのとき私は「下北沢文士町文化地図」を持っていたのでさしあげた。「まあ、こんなに文化人が住んでいたの?」と。そういわれると両地域の文化の濃淡は明白だ。21年間近隣を歩き回った。ニコタマ地域で思い起こすのは、若山牧水であり、吉田絃二郎である、後玉電跡や大山道を歩いたが、ニコタマには刻まれた思いはない。

下北沢X物語(5405)-浪江の牛飼いの物語-https://rail777.livedoor.blog/archives/52206202.html(一)彼、吉沢正巳は一番最初に言った「自分たちが存在している意味だよね……」と、哲学的な切...
04/05/2026

下北沢X物語(5405)-浪江の牛飼いの物語-
https://rail777.livedoor.blog/archives/52206202.html
(一)彼、吉沢正巳は一番最初に言った「自分たちが存在している意味だよね……」と、哲学的な切り込みだ、「己自身がこの世にいる意味は何か?」、深い哲理かと思った。が、話は続く「果たして意味がなかったらどうしようと」ここで文脈から分かってくる、牛飼いは自己存在を問うているのかと思ったが、そうでは無かった。これは自分が飼っている牛のことだった。偶然知ったのは寺尾紗穂さんが流していた情報だ、「ETV特集 いのちの意味 つないで140頭と生きる」という題が、彼女がナレーターとして出演すると。牛である、原発事故を受けて放射能汚染された牛、国によって殺処分される運命にあった牛を今もなお生きながらえさせていると。言えば被爆牛に生きる意味はあるかと問うている。

下北沢X物語(5404)-歩く人は気象病に罹らない-https://rail777.livedoor.blog/archives/52206162.html(一)国民の権利・自由を守るため国家に縛りをかけるのが憲法だ、が、野放図な現行政権は...
03/05/2026

下北沢X物語(5404)-歩く人は気象病に罹らない-
https://rail777.livedoor.blog/archives/52206162.html
(一)国民の権利・自由を守るため国家に縛りをかけるのが憲法だ、が、野放図な現行政権は独善的な施策に傾斜している。なぜに武器を売るのだ、なぜにミサイルが必要なのか。なぜに原発を動かそうとするのか、なぜに沖縄に負担を押しつけるのか、なぜに危ういトランプに抱きつくのか、すべてが心許ない。文化は心の自由を言うものでもある。が、この文化さえも危うくなってきた。昭和の日はリベラル派の国会議員を励ます会があった。東京の一極集中がこの国家にゆがみ、ひずみを起こしている。東京への富の集中の根底には利権が深く絡んでいる。家賃・住宅価格の高騰は、貧乏人を東京から排斥しつつある。憲法記念日の今日、市民の権利自由が日々蝕まれつつある。(ひらのまりさん)

下北沢X物語(5403)―北沢川文化遺産保存の会会報238号―1,帝都線の戦災からの復興記録(中)~一色次郎『日本空襲記』を核に きむらけん2、会員制度の改革について3、恒例文化サロン開催のご案内 5月31日 14時から代田邪宗門4、町歩き...
01/05/2026

下北沢X物語(5403)―北沢川文化遺産保存の会会報238号―

1,帝都線の戦災からの復興記録(中)~一色次郎『日本空襲記』を核に きむらけん
2、会員制度の改革について
3、恒例文化サロン開催のご案内 5月31日
 14時から代田邪宗門
4、町歩きのご案内
5、FM世田谷 「下北沢猫町散歩」の放送
編集後記

下北沢X物語(5402)-昭和の日熱く文化を語る-https://rail777.livedoor.blog/archives/52206040.html(一)午後の昼と夜、二本立ては文化一色だった。まず昼は文化サロン、富田弦さんが参加され...
30/04/2026

下北沢X物語(5402)-昭和の日熱く文化を語る-
https://rail777.livedoor.blog/archives/52206040.html
(一)午後の昼と夜、二本立ては文化一色だった。まず昼は文化サロン、富田弦さんが参加された。曾祖父は哲学者の安倍能成だという。話は多岐に亘った。言語、文学、哲学など能成が歩いてきた道を簡略に語られた。もう一人はアーティストのひらのまりさん、和歌山根来漆を伝承している活動家だ、一転、夜は世田谷選出衆議院議員落合貴之さんを励ます会、話は政治一色。議論百出、印象に残ったのは、「若い女性が束縛の強い地方から逃れて来て自由な都会生活を送っている。選挙は女性票で決まる。男であれ、女であれ、現今の女性像を的確に捉えて選挙戦略を考えろ!」というのはおもしろかった。最後に締めまわってきた。「下北沢には至るところに次元の穴が開いているとテレビでは言い放った。これは秘められた文化である。現象真実を捉えて活動する、落合貴之頑張れ」と。

下北沢X物語(5401)-新興商店街の実験:下北沢店員道場-https://rail777.livedoor.blog/archives/52205960.html(一)長年下北沢の古老に話を聞いてきた。佐川一雄さん、三十尾生彦さん、そして...
28/04/2026

下北沢X物語(5401)-新興商店街の実験:下北沢店員道場-
https://rail777.livedoor.blog/archives/52205960.html
(一)長年下北沢の古老に話を聞いてきた。佐川一雄さん、三十尾生彦さん、そして今井兼介さんが代表格だ、三人目は建築家今井兼次の息子さんだ。「父は早大の先生でした。同僚は学校に通うに便利な大泉学園に建てていましたが、父はそうはしないでここ下北沢の地を選んで家を建てました」建築家独自の感性が働いた。他に影響されずに独自の世界を当地で切り開いた。地元との縁を大事にした。歴史経過を言えば、昭和8年は一つのエポックだった。帝都線が開通し鉄道交叉都市となって利便性が高くなった下北沢には人々が都心から移り住んできた。商店街も賑わうようになった。すると働き手が必要とされる。が、人集めは容易ではない、店員を教育して立派な人材を育てる。そのために教育施設である店員道場を組合は企画して、建物設計を今井兼次に依頼した。

住所

1-31/1
Setagaya-ku, Tokyo
155-0033

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