12/06/2026
【開催報告】ことばのたき火場 第128回
全肯定の哲学がつくる「誰もが望む最期を迎えられる社会」
―及川さんが語る、無力感を「ワクワク」に変える生き方の定義
揺らめくたき火を囲むように、言葉と心が静かに交わされる「ことばのたき火場」。第128回のスピーカー、及川さんが語り始めた瞬間、会場の空気がふっと温かく、そして深く沈み込むのを感じました。
ITと福祉、そして「全肯定」という独自の哲学。及川さんの人生という壮大な物語から紡ぎ出された、熱く、切実で、それでいてチャーミングなメッセージを、一人の参加者の視点からお届けします。
■幸せを定義する「問い」との出会い
「及川さんの考える幸せとは?」という、正解のない大きな問い。及川さんは、その難題を突きつけられたこと自体を、柔らかな微笑みで受け止めました。
「ITやAIの講義なら、そこには明確な『正解』があります。でも、幸せに答えはありません。だからこそ、この問いを与えられ、改めて幸せについて考える機会を得たこと。そのこと自体が、私にとっての幸せなんです」
技術的な確信を語るプロフェッショナルが、あえて「答えのなさ」を慈しむ。その謙虚で知的な語り口に、私たちは一瞬で及川さんの世界観に引き込まれていきました。
■原体験の光と影:押し入れの中に探した「可能性」
及川さんの人生のルーツは、昭和の情景が浮かぶような、少し切ない子供時代の記憶にありました。
夜、ふすまの向こうから聞こえてくる、両親がお金に困って囁き合う声。幼い及川少年は、その不安を一身に受け止めていました。周りの友達の家は立派な二階建てばかりなのに、自分の家だけは古びた平屋。「なぜ、うちには二階がないのか?」
「押し入れを開けたら、実は二階へ続く階段があるんじゃないか。四次元的に、どこかに隠されているはずだ」
そう信じて、押し入れの奥を必死に探し回った無垢な姿。そのエピソードをユーモアたっぷりに語りながらも、及川さんは「あの時の自分のような不安を、世の中からなくしたい。誰に聞けばいいかわからない不安を解消したい」と語ります。子供の頃に感じた「社会の穴」を埋めること。それが、今の彼の活動の根源にあるのだと、胸が熱くなりました。
■無力感という原動力:ITから福祉への越境
及川さんの職業人としてのスタートは、新卒で入社したホームセンターでした。「社長になりたい」と宣言し、有言実行で3年で店長を務め上げた後、上司が使っていたパソコンを見て「これからはパソコンが使えないと置いていかれる」と直感。そこから職業訓練を経てパソコンインストラクターとなり、さらには300名規模の会社でたった一人のIT担当「一人情シス」として活躍するに至ります。
しかし、一人情シスとしてシステムを支える一方で、及川さんの心の奥には忘れられない二つの深い「無力感」がありました。
・幼馴染の死:ガンで闘病する彼女を見舞う勇気を持てないまま、別れを迎えてしまった後悔。
・義母の介護と死:30年前、オロオロするばかりで何もできなかった自分。
「あの時、誰に聞けばよかったのか。トータルで支えてくれる存在がいれば、あんなにオロオロせずに済んだのではないか」
この痛切な思いが、及川さんを社会福祉士という「相談のプロ」へと突き動かしました。資格取得を「体系的に学ぶ最短ルート」と捉え、自身の喪失体験を、誰もが安心して相談できる仕組みづくりへと昇華させてきた歩み。それは、悲しみを「希望の灯」へと書き換える、力強い意志の結晶でした。
■理念の結晶:「ITAS.U(アイタスドットユー)」のトリプル・ミーニング
独立を機に掲げた屋号、「ITAS.U(アイタスドットユー)」。この名前には、及川さんの深い知性と愛が込められています。
・IT × AI × Social(社会福祉・繋がり)
・Universe / You:万物、そして「あなた」に。
・Ai(愛)と「I(私=及川)」:AI技術だけでなく、そこに及川自身の愛を足す。
「あなたに愛を足す」という少し照れくさいフレーズも、及川さんの口から語られると、不思議とすんなりと心に届きます。その視線は人間だけでなく、「全ての生き物」へと注がれています。一方で、「世の中を明るくしたい」と熱く語る際、「こんなこと言うとスピってるって思われる」「男性からはハズいって言われるんです」とはにかむ様子。その人間味あふれる謙虚さに、会場はさらに温かな空気に包まれました。命あるものが、望む場所で、望むように生き、望む最期を迎えられること。その壮大な理想を、ITという現実的な道具で支えようとしているのです。
■伴走者の矜持:社外番頭として生み出す「余白」
及川さんは自らを、従来のコンサルタントではなく「社外番頭」と定義します。現在力を注いでいるのが、女性起業家の支援です。
「コンサルタントが描いた『絵に描いた餅』を、実際に食べられるパンに変えるのが私の役割です」
指示だけを出してクライアントの作業を増やすのではなく、IT設定やAI活用、Web更新などの泥臭い実務を自ら代行する。特にITストレスを抱える女性起業家たちが、その重荷から解放され、本業や健康のための「余白」を手にすること。及川さんは、その「余白」にこそ、その人らしい幸せが宿ると信じているようでした。
■人生のOSを書き換える:「そこがいいんじゃない!」という全肯定
及川さんの経営指標は、売上目標(KPI)ではなく「VPI(バイブレーション・パフォーマンス・インジケーター)」。今、この瞬間にどれだけワクワクしているかという心の振動を、何よりも大切にしています。
ここで語られた、及川さんが敬愛するみうらじゅん氏の「ニイニイゼミ」のエピソードが、会場を笑いと感動で包みました。耳鳴りに悩まされたみうら氏が、「これは耳にセミが住んでいるんだ」と調べ上げ、「私の耳にはニイニイゼミがいる。そこがいいんじゃない!」と全肯定した話。
「失敗しても、ADHD気質で多動でも、『そこがいいんじゃない!』と全肯定する。特定の結果に執着せず、今を全力で楽しむことで、人生のスパイラルは想像を超えて上がっていくんです」
自身の気質さえも「フットワークが軽い」「過集中できる」という強みに読み替える及川さんの姿は、完璧主義に疲れた私たちの心をふっと解き放ってくれました。
■人間・及川さんの魅力:AI時代の知性と、スパイのロマン
質疑応答で語られたエピソードも、及川さんの多面的な魅力を物語っていました。
「AI時代にIT資格の価値は変わる」と冷静に分析する一方で、大型バスやブルドーザーなどの「乗り物系ハード免許」を網羅しているという意外すぎる事実。
「何かあった時、どこへでもスパイとして行けるように(笑)。次は『船舶免許』を狙っています」
「乗り物系の免許、めっちゃカッコイイじゃないですか!」とはにかむその姿。高度なITスキルを持ちながら、重機の操縦といった「手触りのある実務」を愛する人間味。そのギャップが、及川さんという存在を唯一無二の魅力的なものにしているのだと感じました。
■伊達政宗の辞世の句に寄せて
イベントの締めくくりに引用されたのは、伊達政宗の辞世の句でした。
「曇りなき心の月を先だてて 浮世の闇を照らしてぞ行く」
及川さんは、自らを「ファーストペンギン」になぞらえます。それは単なる先駆者という意味ではありません。現在50代の自分が、未踏の海へ真っ先に飛び込み、「こうすれば楽しく生きられたよ」という道を作ること。そうすれば、今の40代、50代が10年後に60歳を迎えたとき、安心して後を追うことができる。
「自分自身の生き方そのものを、後世への最大遺物として残したい」。そんな利他的な温かさに触れ、会場のあちこちに小さな「希望の灯」がともるのが見えたような気がしました。
「そこがいいんじゃない!」 及川さんの全肯定の魔法が、これからも多くの人の「望む生き方」に余白と笑顔を足していく。そんな確信に満たされた、最高に幸せな時間でした。