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【開催報告】ことばのたき火場 第128回 全肯定の哲学がつくる「誰もが望む最期を迎えられる社会」 ―及川さんが語る、無力感を「ワクワク」に変える生き方の定義揺らめくたき火を囲むように、言葉と心が静かに交わされる「ことばのたき火場」。第128...
12/06/2026

【開催報告】ことばのたき火場 第128回
全肯定の哲学がつくる「誰もが望む最期を迎えられる社会」
―及川さんが語る、無力感を「ワクワク」に変える生き方の定義

揺らめくたき火を囲むように、言葉と心が静かに交わされる「ことばのたき火場」。第128回のスピーカー、及川さんが語り始めた瞬間、会場の空気がふっと温かく、そして深く沈み込むのを感じました。
ITと福祉、そして「全肯定」という独自の哲学。及川さんの人生という壮大な物語から紡ぎ出された、熱く、切実で、それでいてチャーミングなメッセージを、一人の参加者の視点からお届けします。

■幸せを定義する「問い」との出会い
「及川さんの考える幸せとは?」という、正解のない大きな問い。及川さんは、その難題を突きつけられたこと自体を、柔らかな微笑みで受け止めました。
「ITやAIの講義なら、そこには明確な『正解』があります。でも、幸せに答えはありません。だからこそ、この問いを与えられ、改めて幸せについて考える機会を得たこと。そのこと自体が、私にとっての幸せなんです」
技術的な確信を語るプロフェッショナルが、あえて「答えのなさ」を慈しむ。その謙虚で知的な語り口に、私たちは一瞬で及川さんの世界観に引き込まれていきました。

■原体験の光と影:押し入れの中に探した「可能性」
及川さんの人生のルーツは、昭和の情景が浮かぶような、少し切ない子供時代の記憶にありました。
夜、ふすまの向こうから聞こえてくる、両親がお金に困って囁き合う声。幼い及川少年は、その不安を一身に受け止めていました。周りの友達の家は立派な二階建てばかりなのに、自分の家だけは古びた平屋。「なぜ、うちには二階がないのか?」
「押し入れを開けたら、実は二階へ続く階段があるんじゃないか。四次元的に、どこかに隠されているはずだ」
そう信じて、押し入れの奥を必死に探し回った無垢な姿。そのエピソードをユーモアたっぷりに語りながらも、及川さんは「あの時の自分のような不安を、世の中からなくしたい。誰に聞けばいいかわからない不安を解消したい」と語ります。子供の頃に感じた「社会の穴」を埋めること。それが、今の彼の活動の根源にあるのだと、胸が熱くなりました。

■無力感という原動力:ITから福祉への越境
及川さんの職業人としてのスタートは、新卒で入社したホームセンターでした。「社長になりたい」と宣言し、有言実行で3年で店長を務め上げた後、上司が使っていたパソコンを見て「これからはパソコンが使えないと置いていかれる」と直感。そこから職業訓練を経てパソコンインストラクターとなり、さらには300名規模の会社でたった一人のIT担当「一人情シス」として活躍するに至ります。
しかし、一人情シスとしてシステムを支える一方で、及川さんの心の奥には忘れられない二つの深い「無力感」がありました。
・幼馴染の死:ガンで闘病する彼女を見舞う勇気を持てないまま、別れを迎えてしまった後悔。
・義母の介護と死:30年前、オロオロするばかりで何もできなかった自分。
「あの時、誰に聞けばよかったのか。トータルで支えてくれる存在がいれば、あんなにオロオロせずに済んだのではないか」
この痛切な思いが、及川さんを社会福祉士という「相談のプロ」へと突き動かしました。資格取得を「体系的に学ぶ最短ルート」と捉え、自身の喪失体験を、誰もが安心して相談できる仕組みづくりへと昇華させてきた歩み。それは、悲しみを「希望の灯」へと書き換える、力強い意志の結晶でした。

■理念の結晶:「ITAS.U(アイタスドットユー)」のトリプル・ミーニング
独立を機に掲げた屋号、「ITAS.U(アイタスドットユー)」。この名前には、及川さんの深い知性と愛が込められています。
・IT × AI × Social(社会福祉・繋がり)
・Universe / You:万物、そして「あなた」に。
・Ai(愛)と「I(私=及川)」:AI技術だけでなく、そこに及川自身の愛を足す。
「あなたに愛を足す」という少し照れくさいフレーズも、及川さんの口から語られると、不思議とすんなりと心に届きます。その視線は人間だけでなく、「全ての生き物」へと注がれています。一方で、「世の中を明るくしたい」と熱く語る際、「こんなこと言うとスピってるって思われる」「男性からはハズいって言われるんです」とはにかむ様子。その人間味あふれる謙虚さに、会場はさらに温かな空気に包まれました。命あるものが、望む場所で、望むように生き、望む最期を迎えられること。その壮大な理想を、ITという現実的な道具で支えようとしているのです。

■伴走者の矜持:社外番頭として生み出す「余白」
及川さんは自らを、従来のコンサルタントではなく「社外番頭」と定義します。現在力を注いでいるのが、女性起業家の支援です。
「コンサルタントが描いた『絵に描いた餅』を、実際に食べられるパンに変えるのが私の役割です」
指示だけを出してクライアントの作業を増やすのではなく、IT設定やAI活用、Web更新などの泥臭い実務を自ら代行する。特にITストレスを抱える女性起業家たちが、その重荷から解放され、本業や健康のための「余白」を手にすること。及川さんは、その「余白」にこそ、その人らしい幸せが宿ると信じているようでした。

■人生のOSを書き換える:「そこがいいんじゃない!」という全肯定
及川さんの経営指標は、売上目標(KPI)ではなく「VPI(バイブレーション・パフォーマンス・インジケーター)」。今、この瞬間にどれだけワクワクしているかという心の振動を、何よりも大切にしています。
ここで語られた、及川さんが敬愛するみうらじゅん氏の「ニイニイゼミ」のエピソードが、会場を笑いと感動で包みました。耳鳴りに悩まされたみうら氏が、「これは耳にセミが住んでいるんだ」と調べ上げ、「私の耳にはニイニイゼミがいる。そこがいいんじゃない!」と全肯定した話。
「失敗しても、ADHD気質で多動でも、『そこがいいんじゃない!』と全肯定する。特定の結果に執着せず、今を全力で楽しむことで、人生のスパイラルは想像を超えて上がっていくんです」
自身の気質さえも「フットワークが軽い」「過集中できる」という強みに読み替える及川さんの姿は、完璧主義に疲れた私たちの心をふっと解き放ってくれました。

■人間・及川さんの魅力:AI時代の知性と、スパイのロマン
質疑応答で語られたエピソードも、及川さんの多面的な魅力を物語っていました。
「AI時代にIT資格の価値は変わる」と冷静に分析する一方で、大型バスやブルドーザーなどの「乗り物系ハード免許」を網羅しているという意外すぎる事実。
「何かあった時、どこへでもスパイとして行けるように(笑)。次は『船舶免許』を狙っています」
「乗り物系の免許、めっちゃカッコイイじゃないですか!」とはにかむその姿。高度なITスキルを持ちながら、重機の操縦といった「手触りのある実務」を愛する人間味。そのギャップが、及川さんという存在を唯一無二の魅力的なものにしているのだと感じました。

■伊達政宗の辞世の句に寄せて
イベントの締めくくりに引用されたのは、伊達政宗の辞世の句でした。
「曇りなき心の月を先だてて 浮世の闇を照らしてぞ行く」
及川さんは、自らを「ファーストペンギン」になぞらえます。それは単なる先駆者という意味ではありません。現在50代の自分が、未踏の海へ真っ先に飛び込み、「こうすれば楽しく生きられたよ」という道を作ること。そうすれば、今の40代、50代が10年後に60歳を迎えたとき、安心して後を追うことができる。
「自分自身の生き方そのものを、後世への最大遺物として残したい」。そんな利他的な温かさに触れ、会場のあちこちに小さな「希望の灯」がともるのが見えたような気がしました。
「そこがいいんじゃない!」 及川さんの全肯定の魔法が、これからも多くの人の「望む生き方」に余白と笑顔を足していく。そんな確信に満たされた、最高に幸せな時間でした。

10/06/2026

ことばのたき火場(ハーベスト版)
-対話を通じていろいろな幸せのカタチに出会ってみませんか?-
ことばのたき火場、今回のゲストは、ITAS.U(アイタスドットユー)代表の及川達也さんです。
宮城県塩釜市出身の及川さんは、ホームセンター店長や介護職員、社内SEなど多岐にわたる現場を経験。大切な人との別れを機に「世の中から困りごとをなくしたい」と強く誓い、現在は「暮らしと仕事のかかりつけ医」として活動されています。
「これ、誰に聞けばいい?」という不安を丸ごと受け止めるため、社会福祉士や家電製品エンジニアなど多彩な国家資格を取得。移動修理カーでのパソコンサポートや移動書店を通じたシニア支援、法人向け「社外番頭」など、IT技術と福祉の専門知識を掛け合わせた独自の事業を展開しています。
屋号の「ITAS.U」には、「IT・Ai・Social(社会福祉)」を掛け合わせ、Universe(宇宙)やYou(あなた)に「愛を足す」という意味が込められているそうです。
「すべての人が望むように生きられる社会」を目指し、愛にあふれる活動を続ける及川さんが考える幸せや生き方を聴きながら、自分のとっての幸せや生き方あり方を感じてみませんか?
年齢職業関係なくどなたでもご参加いただけます。
会場:一番町 BLUE LEAF CAFE 2階イベントスペース
宮城県仙台市青葉区一番町3丁目8-8 一番町stear

【開催報告】ことばのたき火場 第127回 「すべての過去は、誰かを照らす引き出しになる」――マッキーこと牧野和子さんが語る、どん底からの反転と希望の軌跡パチパチ、とはぜる薪の音。暗闇に揺らめく炎の映像が、会場を温かく包み込みます。ここはNP...
09/06/2026

【開催報告】ことばのたき火場 第127回
「すべての過去は、誰かを照らす引き出しになる」
――マッキーこと牧野和子さんが語る、どん底からの反転と希望の軌跡

パチパチ、とはぜる薪の音。暗闇に揺らめく炎の映像が、会場を温かく包み込みます。ここはNPO法人ハーベストが主催する、大人の対話の場「ことばのたき火場」。第127回となる今夜のゲストは、仙台一番町でコミュニティスペース「マキノハウスの元気が出る売店」を営む牧野和子さん(通称マッキーさん)です。

ガチ度高めの大きな黒縁丸メガネの奥で、その瞳は穏やかに、けれどすべてを見透かすような強さを秘めて笑っています。肩書きを脱ぎ捨て、一人の人間として「幸せ」を語り合うこの場所で、彼女が静かに語り始めたのは、あまりにも凄絶で、それでいて最後には「希望」しか残らない、魂の救済の物語でした。

■ 「目からウロコ」の転換点:前年比を追う日々からNPO法人ハーベストへ
かつての彼女は、数字だけを信じる「戦士」でした。最初は、大好きなコーヒーの営業からキャリアをスタート。自分の大好きなものを届ける営業の仕事に楽しさを見出した彼女は常に「前年比アップ」「ノルマ達成」の思考で生きていました。

そんな彼女に、人生最大の転機が訪れます。2010年、キャリア教育を支援するNPO法人ハーベストへの参画でした。そこで彼女は、売上のためではなく、社会課題の解決に命を燃やす人々と出会います。

「自分の困りごとを、さらけ出してもいいんだ」

強くなければ生き残れないと思っていた世界が、ガラガラと音を立てて崩れた瞬間。弱さを隠して走ってきた彼女の目から、大きなウロコが落ちた日でした。

■不幸せを知るからこそ語れる「幸せ」:未成熟の家庭と17歳の決断
牧野さんは、淡々とした、けれど切実なトーンで語り継ぎます。

「幸せというテーマでお話しするために、逆にまず私が不幸だった時代をお伝えして、今が幸せという流れにしたいです」

子供時代の家庭は、赫々然々(かくかくしかじか)こういう訳で家の中に居場所はなく、学校の勉強やピアノ演奏といった「外の世界」だけが、彼女にとって唯一の自分の存在を感じれる場所でした。

限界のピークに達したのは17歳の時。暴力は雪だるま式にエスカレートし、実の父から鼻を殴られる「鼻パン」を食らわされました。血のつまったティッシュを握りしめ、自ら110番通報をした彼女を待っていたのは、信じがたい言葉でした。

「あなたが親の言うことを聞きなさい。女の子なんだから、親の言うことを素直に聞かないとダメだよ」

鼻から血を流している少女に、警察すらも「お前が悪い」と突きつける。法も大人も助けてくれない――そうした絶望的な現実を突きつけられた彼女は、のちに着の身着のままで家を飛び出す覚悟を決めます。「この家を出るしかない」。冷徹なまでの見切りと選択が、壮絶な自立の始まりでした。(結局その後、当時付き合っていた年上の彼氏宅に転がり込むも、彼氏DVにより実家に出戻ることに)

■彼(現在の夫)との出会いが転機になる。
実家に出戻った後ももちろん暴力が無くなるはずもなく、顔が腫れていたある日、赫々然々こういう訳で彼(現在の夫)と会うことに。顔をハンカチで隠しながらの出会いでも彼はごく自然に、けれど真っ直ぐに接しました。その後帰宅するも彼女の実家は鍵が掛かっており、完全に家を締め出されてしまいます。

真冬の凍えるような夜、顔を腫らしたまま帰る場所を失い、行くあてもなく途方に暮れる彼女。そんな彼女のただならぬ様子を見かねた彼は、「このまま外にいたら危ないから、ひとまず暖まれる場所に避難しよう」と、宿泊先としてラブホテルを提案したのです。彼も実家の為戻れず、頼れるあてもない極限状態のなかでの提案でした。

「どうせやられるんだろうな、って諦めていた。切実だけど外は死にそうなほど寒いし、凍死するよりはマシだと思ってついていったの」

冷え切ったあきらめの中で横たわる彼女に、彼は指一本触れませんでした。「何もしないから、安心して寝ていいよ」。その紳士的な振る舞いに触れ

「直感で『この人だ』ってわかったんです」

不思議なことに、それまで毎年命日の前後に心配そうに現れていた、私を一番に可愛がってくれていた亡き祖母の霊が、彼と出会ってからパタリと姿を見せなくなりました。「この人ならもう大丈夫」と、天国からも太鼓判を押された運命の出会いでした。

■ 「幸せの定義」
 高校中退(現在は卒業済み)という状態での就職活動は、想像以上に過酷で、社員で就職するのは諦めかけていた時に、彼女の「喋る力」や、本質的な人間的魅力を誰よりも信じていた彼(現在の夫)は、ある日、優しく背中を押すように言いました。

「お前の喋りなら年収600万は堅い」

この一言は魂を救うほどの強烈な光となりました。彼の確信に満ちた言葉を信じて、バブル時代ということもあり何とか就職口を見つけ、彼女は大好きなコーヒーの営業の世界へと飛び込み、実力だけ見てもらえることで開花させていくことになります。

さらに結婚後、取引先のトップセールスマンが「マッキーはついてるよ。本当についてる」と魔法をかけました。

「ボコボコにされてきた人生」が、「とんでもなく強運な人生」へと反転した瞬間でした。この肯定感が彼女を無敵の営業ウーマンへと変貌させました。その後、2011年には子宮頸がんを発症しますが、死を突きつけられた衝撃で、彼女の価値観はさらに研ぎ澄まされます。

「人間はいつか死ぬ。だったら、もう嫌なことに使ってる暇なんてないわ。これからは、会いたい人にだけ会う。ただそれだけで生きていこうって決めたの」

■占いを超えた「魂の親族で暮らすシェアハウス」作り
現在、牧野さんは「元気が出る売店」を拠点に、お茶飲み場作りを続けています。「占いなんてイラナイ。みんなでお茶を飲み、笑い、おしゃべりすれば人は無敵になれるから」と言い切る彼女のお店のルールは明確で「一緒にいたい人と時間を共有する」です。

かつて育児ノイローゼで我が子を可愛いと思えなくなり、「ママ嫌い」と拒絶される地獄を味わった彼女は、自宅を100人のママたちに開放し、わちゃわちゃと皆で子育てをシェアすることで救われました。

「一人で抱えちゃダメ。みんなでわちゃわちゃすれば、悩みなんて解決できる」

そんな彼女の次なる最終ゴールは「行政に頼らないシェアハウス」を作ること。外に働きに行けない人が売店で店番をして、共同食堂で外部の子どもたちもご飯が食べられる、様々な世代が助け合う「ごちゃまぜシェアハウスor村」を作ること。困っている人が「お部屋が空いてるから住みなよ」と自然に身を寄せ合える「魂の親族」が集う村を作りたいと、瞳を輝かせます。

■結び:辛い過去は、誰かを照らす「引き出し」
不完全な家庭、アルコール依存症の末に孤独死した父、育児ノイローゼ、産後うつ、子宮頸がん(完治)
「誰も何も恨んでなんていない。ただ、私の人生の『引き出し』が増えただけ。この引き出しがあるから、同じ苦しみの中にいる人のことがわかるんだから、感謝あるのみです!」

会場に映し出された炎の映像が静かに揺らめくなか、最後に彼女が贈ってくれた「大丈夫、大丈夫」という言葉。それは単なる慰めではなく、地獄を潜り抜けてきた者だけが持つ、絶対的な確信に満ちた「温かく揺るぎないエール」でした。

「いろいろあった。ボコボコにされて、死に損なって、それでも今はこんなに幸せだぞ。私を見て。生きてさえいれば、なんとかなる」

絶望の底を知るからこそ放てる、その圧倒的な温かさと強さ。マッキーさんの「今」は、過去のすべての涙を燃料にして、参加者全員の明日を照らす優しくも力強い光となっていました。

29/05/2026

ことばのたき火場(ハーベスト版)
-対話を通じていろいろな幸せのカタチに出会ってみませんか?-
ことばのたき火場、今回のゲストは「マキノハウス」代表の牧野和子さんです。
スピリチュアル占い師や個人ビジネスの立ち上げ支援など、仙台市を中心に多角的に活動されている牧野さん。ご自身の「産後うつ」を乗り越えた経験から、育児で疲れたママや日々頑張る女性をサポートしたいと一念発起し、2012年にサロン「マキノハウス」をオープンされました。
2021年には一番町にコミュニティスペース「マキノハウスの元気が出る売店」を開設。「占いなんてイラナイ」をモットーにのべ4000名以上を鑑定するほか、イベント企画やお片づけ講座の講師など、地域の起業家やママたちに温かく親身に地道に伴走し続けています。
周囲から「カラフルでエネルギッシュなキャラ」と愛されている牧野さん。そんな牧野さんが考える幸せや生き方を聴きながら、自分にとっての幸せや生き方あり方を感じてみませんか?
年齢職業関係なくどなたでもご参加いただけます。
会場:一番町 BLUE LEAF CAFE 2階イベントスペース
宮城県仙台市青葉区一番町3丁目8-8 一番町stear
※本イベントページをPC上のFBで開いた際に上記の会場地図が住所と異なる状況が報告されています。PCの場合は上記住所をgoogle MAP などで検索すると間違いないです。
参加費:無料 ただし、1階のカフェでドリンク1杯ご注文下さい。
定員:20名
18:00 受付開始
18:30 スタート
19:45 エンディング
20:00 完全撤収
※20時からは近隣のタイレストラン「チャダー」でゲストを囲んで夕飯を食べながらの延長戦がございます。(会費2000~3000円)お時間のある方、ゲストのハナシをもっともっと聞きたい。おいしいタイ飯がた

【開催報告】 ことばのたき火場 第126回「しあわせの見積書」-くまな(熊谷麻那)さんが語る「納得」と「幸福」の足跡-パチパチとはぜる火を囲むように、一人の女性が言葉を探しながら、静かに語り始めました。今回の「ことばのたき火場」のゲストは、...
29/05/2026

【開催報告】 ことばのたき火場 第126回
「しあわせの見積書」-くまな(熊谷麻那)さんが語る「納得」と「幸福」の足跡-

パチパチとはぜる火を囲むように、一人の女性が言葉を探しながら、静かに語り始めました。今回の「ことばのたき火場」のゲストは、編集者であり、アソブロック株式会社の社員でもある「くまな」こと熊谷麻那さん。
彼女が語ったのは、洗練された成功哲学などではありません。それは、自分と他者が「納得」して生きていくための、泥臭く、時に矛盾を抱えたまま進む「実験」の記録でした。

■宮城から京都、山小屋、そして「私と他者」の世界へ

冒頭、スライドに映し出された数々の写真でたどるくまなさんの略歴は、一見すると脈絡のない、カオスなエネルギーに満ちたものでした。物語の始まりは彼女の故郷、宮城にあります。
彼女は宮城教育大学に進学しましたが、「えーっと、入ってすぐ……もう、嫌いになったんです」と当時を振り返ります。教育大学で普通に教育論を語る周囲への反発から、彼女は在学中に先輩と学習塾を立ち上げますが、結果は「完全な力不足」による1年での解散。この挫折が、彼女のその後の歩みを決定づけました。
「教育大学で教育のこと語ってるやつが嫌いすぎて、実地でやろうと思った。でも、全然ダメだったんです。完全に力不足でした」

最初の写真はその頃の地域の人との飲み会の写真でした。塾の挫折後、お金がなくても地域の大人たちに支えられ「貨幣を介さなくても生きていける」という実感を持つことになります。
そして、この「敗北」は、彼女を一度教育の現場から遠ざけます。しかし、それは逃避ではなく、一つの確信を得るためのプロセスでした。スライドの写真を見せながら、京都の出版社での編集経験、編集の師のもとで制作するJAXAの広報誌、その間に飛び込んだ北アルプスの山小屋バイトでの経験。教育とはまったくかけ離れた分野で活動する日々の中で、彼女は「教育という言葉を使わずとも、何者であっても教育的な営みはできる」という確信を深めていったキャリアをかいつまんで紹介してくれました。
そんな多様な経歴は今、ひょんなことから正社員として働くことになったアソブロックという、既存の組織論では捉えきれない不思議な拠点へと集約されようとしています。

■ くまなさんの「幸福」:視野のなかの他者が選べること

「幸福とは何か?」という抽象的な問いに対し、くまなさんは10年前から自身に課してきた、ある明確な定義を持っています。
「幸福とは:視野の内側にいる他者が、自身の納得した選択を続けられる状態」
この言葉を口にする際、彼女は照れくさそうに、思考のプロセスを漏らしながら語りました。
「えーっと、なんか……利他ではないんです。おこがましいというか。でも、隣の人間が泣いていたら自分も笑えないじゃないですか。……あ、そうそう、視野っていうのは、私の手が届く範囲のこと。一旦そこから、っていう」

彼女の説く幸福論は、自己犠牲ではありません。他者を規定しようとするエゴイスティックな一面を自覚しつつ、その視野に入る人たちが彼ら自身の足で「納得」して道を選べているか。その環境を守ることこそが自身の幸福に直結するという、ドライさと優しさが溶け合ったリアリティのある感覚です。

また、彼女は人生を「仕事・お金・私・関係」という4要素で整理しています。特筆すべきは、彼女独自の「仕事」の定義です。
「自分ができることを、必要な場に対して、他者向けに行うこと。ここに金銭は関係ありません」。
掃除も、誰かの話を聞くことも仕事。この労働観は、現代社会が陥っている「賃金=労働の価値」という呪縛に対する、軽やかで鋭いオルタナティブを提示しています。お金のために働くのではなく、関係性のなかで「納得」するために動く。この個人的な指針を、彼女はアソブロックという組織で実験し続けているのです。

■ 「アソブロック」という迷宮:戸惑う聴衆と、言葉を探すくまなさん

対話がアソブロックの組織論に及ぶと、会場には心地よい「困惑」が広がりました。アソブロックは、一般的な会社とはOSが根本から異なります。「事業がない」、さらには「自分の報酬を自分で宣言する」……。くまなさんが言葉を一進一退させながら説明する様子は、まるで地図のない森を案内しているかのようでした。

「何をしたらいいですか?って中途の人とかに聞かれるんですけど、えーっと……『ないです』としか言えない。仕事は自分で探して、持ってくるものだから。普通の会社から来た人は、このOSの違いにすごく驚くんです」

ここで浮かび上がるのは、「組織人」と「社会人(市民)」の対比です。多くの会社員は、組織というフィクションの中で「与えられたポスト」を全うする「組織人」として生きることを求められます。しかし、彼女自身は「組織人に全く興味がない」と言い切り、アソブロックが求める自ら価値をプレゼンし対価を交渉する「社会人(市民)」としての自律を求めています。

くまなさんは、アソブロックを「フリースクールみたいな会社」と表現しました。高すぎる社会のハードルを越えられずにいる「野良(のら)」の人たちが、組織の歯車になるのではなく、一人の市民として成熟し、社会と関わる方法を学び直す場所。この「自由」は、実は組織のルールで守られているよりもずっと過酷な、魂の筋力を要求される場所でもあります。彼女自身もまた、その迷宮の中で、自らの「社会人としての筋肉」を鍛え続けているのです。

■幸せの値段:1087万円の必要額と28.5万円の見積書

理想論だけで終わらないのが、くまなさんの「実験」の凄みです。彼女は自身の生々しい経済状況を、数字とともに公開しました。
「去年10月からの収支なんですけど……えっと、およそ年間で1000万円超いるんです。でも、見ての通り300万円赤字なんですよ。あはは、全然幸せじゃない(笑)」1000万円を超える必要額。その内訳には、自身の生活費だけでなく、会社への寄付、チームメンバーへの報酬、そして彼女がサポートしている画家へのサラリーが含まれています。「資本主義のゲームには全く興味がない」と言い切りながらも、大切な仲間と「納得」して生きていくために、あえてそのゲームのルールに挑まざるを得ない。この矛盾こそが彼女の現在地です。
その葛藤のなかで、彼女は「しあわせの見積書」を作成しました。

家賃: 3.3万円(西荻窪の異様な安さ)
カラオケ代: 5000円(すでにプラチナ会員なのでこの金額で週1行ける)
銭湯: 5500円(家にコインシャワーしかないから)
貯金: 10万円(祖父が健在のうちに、緊急で家族で山を買うため)

合計、月28.5万円。これは単なる家計簿ではなく、「自分の幸せをいくらで買うか」を可視化する戦略的なマニフェストです。

また、彼女はこの理想を貫こうとして、現実の「壁」にぶつかったエピソードも披露してくれました。会社への寄付とチームへの支払いを維持するため、自分の給料を3.3万円に下げようとしたときのことです。
「3.3万円だったら家賃は払えるからいけるだろと思って社長に相談をしたんですけど……『最低賃金』に阻まれたんですよ。労働者である限り下げられないって。最悪だなって思いました(笑)。結局、今は15.9万円。不本意なんですけど」
資本主義を嫌いながら、あえて泥臭く奮闘する。この矛盾した闘いこそが、彼女の誠実さの証なのです。

■交錯する「はてな」と共感:質疑応答から見えたもの
後半のフリータイム(質疑応答)に入ると、常識を揺さぶられた参加者たちの「心地よい困惑」が、次々と声になって溢れ出しました。

長年一般的な企業で働いてきた参加者からは、「完全に『組織人』として生きてきたから、自分のお金でチームに報酬を払う感覚が全くわからなくて、びっくりする」と、率直な戸惑いが口にされました。別の参加者も「自分のいる会社と全然違いすぎて理解が難しい。いかに自分の常識が凝り固まったものだったか思い知らされた」と驚きを隠せません。
また、彼女の赤字での奮闘について、「資本主義を半分捨てるの逆パターンだよね。捨てているんだけど、生きていくためにあえて資本主義を食わなきゃいけない実験をやっているんだ」という鋭い指摘も飛び出しました。これに対しくまなさんは「どう食ったら面白いのか苦労しているけれど、チームのみんながいてくれたらこのゲームも楽しめるから」と、お金の先にある関係性への期待を語り、笑いを誘いました。

くまなさんの常識外れの生き方は、参加者にとって異次元の話であると同時に、自分自身を見つめ直す鏡にもなっていたようです。「子どもが3人いるけれど、自分たち家族の『しあわせの見積書』を作ってみたい」と語る父親の姿や、「人の価値観って見えていない部分が99%なんだと改めて思えた」という深い息づかいの感想からは、彼女の言葉が確実に参加者の内面に小さな波紋を広げたことが伺えます。

■結び:凡人が束になって社会に立ち向かうこと
対話の終盤、くまなさんはこの1年間の実験から得た、新たな問いを口にしました。「対価を払う側と払われる側になった瞬間、関係性は変わってしまうのか」。強い自我に頼らずとも、持続できる安心安全な関係性を、どう仕組み化できるのか。

彼女が最後に語った願いは、一見穏やかで、しかし本質を突く過激なものでした。
「私は、安心安全に悪口を言いたいんです。……あ、悪口っていうのは率直な言葉のこと。あなたの尊厳は、人の悪口ごときでは傷つくようないですよって、そういう深い敬意がある環境で、率直でありたい」
この言葉に対しても、「相手の悪口は言いたいけど傷つけたくはない、という考え方がすごいなと思った」と感銘を受ける参加者の声がありました。

「しあわせの見積書」によって自らの足場を固め、自立した凡人たちが束になって、既存の社会構造に立ち向かっていく。それは、カリスマによる革命ではなく、迷いながら生きる私たちの「納得」を積み重ねていく運動です。

帰り道、心の中に小さな火が灯ったような感覚が残りました。
あなたの幸せには、いくらの値札がついていますか? その支払いに、あなたは納得していますか?
自分だけの「しあわせの見積書」を書き始めたくなる、そんな優しくて少し痛い、秋の夜の対話でした。

【おことわり】
本開催報告記事はイベントの臨場感をいち早くお届けするため、録音をもとにAIを活用して作成しております。スピーカーご本人による細かな事実関係のチェックや最終確認作業は行っておりません。内容に一部不正確な点が含まれる可能性があることをご理解いただきますようお願いいたします。

【開催報告】 ことばのたき火場 第125回「1人では幸せになれないからこそ、私たちは他者と響き合う。」-和田正吾さんが語る「魂のルーツと命の祝福」会場を包んでいた期待混じりのざわめきが、ふっと消えた瞬間がありました。今回のゲスト、宮城県川崎...
22/05/2026

【開催報告】 ことばのたき火場 第125回

「1人では幸せになれないからこそ、私たちは他者と響き合う。」-和田正吾さんが語る「魂のルーツと命の祝福」

会場を包んでいた期待混じりのざわめきが、ふっと消えた瞬間がありました。今回のゲスト、宮城県川崎町でセラピストとして活動する和田正吾さんが、静かに、しかし確かな存在感を持って提案したからです。「始まる前に、1分間だけ、皆さんと一緒に自分の心を落ち着ける時間を持ちたいと思います」
参加者たちはそっと目を閉じました。聞こえてくるのは、遠くで響く時計の針の音と、隣に座る誰かのかすかな呼吸音。和田さんの「自分の心を観察するもよし、呼吸を見つめるもよし」という穏やかな声に導かれ、意識はそれぞれの内側へと沈み込んでいきます。日常の役割を脱ぎ捨て、「今、ここ」に在る自分だけの魂と向き合う濃密な静寂。この静かな祈りのような時間から、和田さんの壮大な魂の物語が紡ぎ出されました。

■ 「自分らしさ」の原風景:8年間のひきこもりと震災
和田さんの語りは、彼を形作った「暗闇」の記憶から始まりました。小学校2年生から始まった不登校。それから約8年間続いたひきこもり生活。世間から見れば「止まってしまった時間」ですが、彼にとっては自分を深く掘り下げるための聖域でもありました。
「ひきこもっていた時のほうが、実は自分らしかった。闇はあったけれど、ずっと自分と対話できていたんです」
その孤独な対話を、瑞々しい「生」の感覚へと変容させたのは、1995年の阪神・淡路大震災でした。小学校5年生の時に経験した凄まじい衝撃。非日常の極限状態の中で、和田さんはそれまで自分を縛り付けていた「学校に行けないダメな子」という自己否定から解放されます。
「今、自分に何ができるか」を自らに問い、近所の人たちのために水を汲み、避難所となった学校の理科室で、それまでは疎遠だった近所の子供たちと共に生活する。生きるか死ぬかの境界線上で、他者のために体を動かした時、和田さんは生まれて初めて「生きている」という確かな手応えを掴みました。この時の「誰かと共に在り、役に立つ喜び」が、彼の人生を貫く伏線となったのです。

■ 光るダンボールと、恐怖からの解放:冷凍倉庫と臨死体験
青年期を迎え、社会に出た和田さんを待っていたのは、再びの葛藤でした。冷凍倉庫で正社員として働きながらも、ミスを繰り返し、心身ともに限界を迎えていたある日のこと。彼は小林正観氏の教えに触れ、無心に「ありがとうございます」という言葉を唱え始めます。すると、驚くべき現象が起きました。
「倉庫に積まれていた、なんでもないダンボールが突然、光り輝き始めたんです。そして語りかけてきました。『そのままでいいんだよ。ミスをしてもいい、ずっと見守っているからね』と」
万物への感謝が生んだ神秘体験。しかし、本当の変容はその先に待っていました。20代前半、凄惨な交通事故での入院や、職場の先輩に誘われたカラオケでの転倒といった死の淵を彷徨う経験の中で、彼は強烈な臨死体験(幽体離脱)をします。
肉体を離れ、上空から青く透明な地球を見下ろした時、自分の人生を振り返る「走馬灯」が流れました。その圧倒的な静寂の中で、和田さんは死の恐怖から完全に解放されたと言います。「やろうがやるまいが、どっちでもいい」。この世のあらゆる価値判断を超えた「究極の全肯定」に触れた瞬間でした。自分が知っている世界など、ほんの一部に過ぎない。その気づきが、彼を未知なる世界への旅へと突き動かしました。

■ 散らばったピースが繋がる時:世界を巡り「2人でやるヨガ」へ
死への恐怖を手放した和田さんは、自らを活かせる場所を求め、ピースボートで地球一周の旅に出ます。その動機は、ひきこもり時代から目にしていた一枚のポスターにありました。難民や孤児が写ったそのポスターが、なぜか幼い頃から彼の無意識に刷り込まれていたのです。
アフリカの壮大な大地に立ち、野生動物の力強さに触れた時、彼は「自分もまた、この自然の一部である」という震えるような感動を覚えました。そして、旅先での出会いが、バラバラだった人生のピースを一つに繋いでいきます。
アフリカの地で、日本で「あんま」を学び、力強く人々に施術する盲目の施術者との出会い。ニューヨークの禅堂での、半年間にわたるストイックな修行生活。そして、かつて酒浸りだった父親が、幼い自分に施してくれたマッサージの温かな記憶。
これらが収束して辿り着いたのが「タイ式マッサージ」でした。和田さんはそれを、単なる施術ではなく「自分と向き合い、相手とも向き合う『2人でやるヨガ』」と定義しました。これこそが、彼が長い旅路で見つけた、魂を癒し、他者と響き合うための言葉なき対話だったのです。

■ 車座に広がる「空っぽ」の幸せ
後半、場は参加者一人ひとりの言葉が焚き火を囲むように交わされました。和田さんの浮世離れした、しかし深い慈愛に満ちた存在感に、参加者からは「映画を一本見たような衝撃」という感想や、生きる目的、物欲との向き合い方についての問いが投げかけられます。
「僕は、空気清浄機のようでありたいんです」
和田さんのその答えは、修行時代に得た「無私」の境地を映し出していました。「世界が混沌としているなら、それを自分というフィルターを通して消化し、清らかにして返したい」。その言葉に、多くの参加者が深い溜息をつきました。
「頭が空っぽになる瞬間が、一番幸せなんです。瞑想でも、農作業でも、アフリカの太鼓のリズムに身を委ねて踊る時でも。1人で空っぽになる幸せもあるけれど、その喜びを誰かと分かち合うことで、幸せはより深まっていく。1人では、本当の意味で幸せにはなれないんです」
自分と向き合い、内側を空っぽに整える。その上で、隣にいる誰かの幸せを共に願う。かつてひきこもり、震災を越え、死の淵を見た和田さんだからこそ辿り着いた、力強い幸福論がそこにありました。

■ 結び:日常に持ち帰る「焚き火」の火種
対話会が終わる頃、会場には静かですが熱い余韻が漂っていました。かつて修行時代の老師に「悟りたい」と願った和田さんに、老師はこう言ったそうです。「死ぬ時に『あ、幸せだったな』と思えればいいんじゃないか。忘れてもいい、それが人間だから」。
その言葉通り、和田さんは今、宮城県川崎町の豊かな自然の中で、湧き水を汲み、土に触れ、不便さの中に宿る真理を慈しみながら暮らしています。誰が主役でもないこの車座の対話会そのものが、彼が目指す「支え合い、響き合うコミュニティ」の雛形のようでした。
「1人では幸せになれない」という言葉は、私たちの命が、目に見えない無数の繋がりの中で生かされているという祝福のメッセージです。和田正吾さんの物語という名の焚き火から受け取った小さな火種を、参加者たちはそれぞれの日常へと持ち帰りました。
「死ぬ時に、幸せだったと言えるように」。
そのシンプルな願いを胸に、私たちはまた、それぞれの人生という愛おしい旅路へと戻っていきます。会場の外に広がる夜空が、いつもより少しだけ広く、透明に見えた夜でした。

22/05/2026

ことばのたき火場(ハーベスト版)
-対話を通じていろいろな幸せのカタチに出会ってみませんか?-
ことばのたき火場、今回のゲストは「くまなちゃん」こと熊谷麻那さんです。
現在は東京で、半フリーランス・半会社員というスタイルで働いている熊谷さん。会社員としては、「自分のQOL(幸福度)を上げ、成長するための舞台」として会社を使い倒すアソブロック株式会社に所属しています。「兼業必須」や自ら給与を決める「報酬宣言制」など常識破りの仕組みが日常の同社で、現在は会社の制度設計を考えるチームに携わっています。
そこで考えているのは、「仕事は自分でつくっていくもの」「ひとがひとりでは生きていないこと/他者と支え合って生きること」をいかに制度・文化にしていくかということ。熊谷さん自身もそのテーマを考え続け、現在めちゃくちゃ楽しく働きながらも日々奮闘中です!
これまでの経歴もユニークで、大学卒業後は「給与が怖くて」フリーターに。その後、月5万円で働き放題&家賃4.5万円という京都でのひとり暮らし(ご飯をたくさんご馳走になって成立!)や、標高2300mの山小屋でのアルバイト、そしていつの間にか会社員デビューを果たし鬱病のある同僚との先輩後輩関係が始まるなど、エピソードには事欠きません。
そんな熊谷さんが考える幸せや生き方を聴きながら、自分にとっての幸せや生き方あり方を感じてみませんか?
年齢職業関係なくどなたでもご参加いただけます。

18/05/2026

ことばのたき火場(ハーベスト版)

-対話を通じていろいろな幸せのカタチに出会ってみませんか?-

ことばのたき火場、今回のゲストは、川崎町でご家族と猫たちと山暮らしをしながら、ボディワークセラピストとして活動されている和田正吾さんです。

兵庫県出身の和田さんは、かつて8年間にわたる不登校・ひきこもりを経験されました。その後、ピースボートでの世界一周やバックパッカーとしての旅を経て、多様な生き方を肯定する現在の活動スタイルを確立されました。

本業のボディワークでは、「癒整体あしあ桃庵(とうあん)」を運営。15年以上のキャリアと延べ約1万人の施術実績を持ち、タイ古式マッサージやキネシオロジーなどを統合した独自の「いのちのもみほぐし」を提供されています。また、「大地の再生」の哲学に共鳴した環境改善活動や、「いろはかふぇ」「にじいろマルシェ」の主催を通じて、人々が「本来の自分」に還れる安心できる場づくりにも取り組まれています。さらにアフリカの音楽や文化にも造詣が深く、2026年には大規模な音楽・ダンスイベントを企画するなど、心と体を解放する活動も展開中です。

人生のテーマは「ほんとうのしあわせである」と語る和田さん。全世界がしあわせであるために、まず自分自身を健康に保ち、イキイキと楽しく生きること、そして家族との対話や今という時間を大事に過ごすことを大切にされています。そんな和田さんが考える幸せや生き方を聴きながら、自分にとっての幸せや生き方あり方を感じてみませんか?

年齢職業関係なくどなたでもご参加いただけます。

【開催報告】ことばのたき火場 第124回 「立ち止まることは、私らしいレールを引き直すこと。」ー樋渡久音さんが語る19年間の軌跡と「ギャップイヤー」という選択心地よい緊張感に包まれた対話会「ことばのたき火場」が始まりました 。今回のゲストは...
17/05/2026

【開催報告】ことばのたき火場 第124回
「立ち止まることは、私らしいレールを引き直すこと。」
ー樋渡久音さんが語る19年間の軌跡と「ギャップイヤー」という選択

心地よい緊張感に包まれた対話会「ことばのたき火場」が始まりました 。今回のゲストは、東北芸術工科大学1年生の樋渡久音(ひわたし くおん)さん 。山形からの高速バスを降り、開始直前に会場へ滑り込んだ彼女の表情には、少しの疲れと、それ以上の瑞々しいエネルギーが溢れていました 。 主催するNPO法人ハーベストの山﨑さんは、冒頭で「主体性」についてこう語りました。「自分の根っこから、このために生きていると思えるものに出会えた時、人は生き生きと活動し始める。誰かの役に立つことと、自分の『好き』が重なるポイントを見つけることが、人生という旅の醍醐味だ」 。 その言葉をなぞるように語り始めた久音さんの19年間は、決して平坦なものではありませんでした 。震災、いじめ、そして家族の病 。幾多の困難を「サバイバル」してきた彼女が、なぜ今、輝く笑顔で「今の自分を肯定できる」と言い切れるのか 。そこには、世の中が押し付ける「見えないレール」から一歩踏み出し、自分だけの道を引き直した勇気の物語がありました 。

■19歳のレジリエンス:黒い水に呑まれたあの日から
久音さんの物語の原点は、4歳の時に経験した東日本大震災にあります 。地元・多賀城市で、彼女は父、兄とともに車ごと津波に流されました 。 「真っ黒な水がすごいスピードでせり上がってくる。今でも鮮明にフラッシュバックするんです」 。 絶体絶命の恐怖の中、九死に一生を得たのは父の咄嗟の判断でした 。命を拾ったという原体験は、彼女に「普通の日常がどれだけ幸せか」という感謝を刻み込みましたが、その後の日常もまた、別の戦場でした 。 震災後の食生活の変化から体型が変わり、小学校の6年間、容姿を理由にいじめに遭ったのです 。
「本当は嫌だったけれど、自虐ネタで笑いを取ることでしか居場所を作れなかった。一度『そのキャラ』を演じ始めたら、突き通すしかなかった」 。それが、子供ながらの生存戦略でした。 そんな彼女を救ったのが、小2での音楽との出会いでした 。両親が「長く音楽に携われるように」と名付けた「久音」という名の通り、ジャズバンドでの演奏を通じて「人に何かを届ける喜び」を知ったことが、彼女の心の支柱となりました 。

■ 憧れの舞台での焦燥と、父の病に向き合う日々
「吹奏楽の強豪校で演奏したい」という夢を叶え、憧れの高校に入学した久音さん 。しかし、待っていたのは厳しい現実でした。小規模だった中学時代の部活動とは比べものにならない技術の差がありました 。 「1年生の時は、周囲との圧倒的な差にただ焦っていました。大会にも出られず、先輩の足を引っ張らないように必死に練習に明け暮れる日々でした」 。 持ち前の負けん気で努力を重ね、2年生でようやく「スタートライン」に立った、その矢先のことです 。父の「双極性障害」が再発しました 。 4歳と13歳の時にも父の病気は発症していましたが、当時はまだ幼く、「何かがおかしい」と感じつつもどこか他人事でした 。しかし高校生になり、彼女は初めてその病の正体と、自分自身の問題としてダイレクトに向き合うことになります 。 「瞳孔が開いた猫のような目をして、暴言を吐き、叫び、暴れる。でも、相手が感情的になればなるほど、こちらはどれだけ怖くても冷静でいなきゃいけない。感情を殺して対応するんです」 。 父の波に翻弄され、家庭に彼女の「泣ける場所」はなくなっていました。学校の自習時間、クラスメイトが皆前を向いている時だけが、彼女が静かに涙をこぼせる唯一の時間でした 。

■「見えないレール」を降りた先に見えた、ギャップイヤーという福音
経済的な不安、家族のケア、そして迫る進路 。
「父の病気を理由に、自分の夢を諦めなきゃいけないの?」 。
企画を学びたいという夢を抱きながらも、現実の重みに押し潰されそうになっていた彼女をさらに追い詰めたのは、学校の先生からのプレッシャーでした。 「ストレートで進学しないと、毎日通う場所がなくなるぞ」 。
「進学も就職もしない道を選ぶのは、非常にハードルが高いことだ」 。 先生からの言葉は心配ゆえのものでしたが、当時の彼女には「正しいレール」から外れることへの呪縛のように響きました 。しかし、その停滞感を一変させたのは、兄の同級生である先輩が贈ってくれた言葉でした 。 「働くだけの1年間ではなく、是非色んなことに挑戦して欲しい。」「浪人ではなく、ギャップイヤー(Gap year)として、活動してみない?」その一言が、彼女を縛り付けていた「高校を出たらすぐ進学」という固定概念を粉々に打ち砕きました。これは止むを得ない休止ではなく、自分の人生を自分で切り拓くための、戦略的なステップなのだと。彼女の視界は一気に開けました 。
「もう吹っ切れたんです。誰かが決めたレールじゃなくて、自分で稼いで、自分で時期を決めて大学に行く。その方がずっと私らしいって」 。

■空白を「滑走路」に変えた1年間
彼女はこの1年を、ただの「労働の時間」にはしませんでした。高校卒業後、彼女が過ごした1年間は、まさに自分自身の足で歩くための「滑走路」となりました 。昼夜を問わずアルバイトに励んで学費を貯める傍ら、兄の同級生だった先輩が「やってみない?」と彼女を巻き込んでくれ、それについていく形で外の世界へ飛び出しました。

能登地方でのボランティア(学生団体WILL): 育高校時代に学んでいた「防災・減災」の専門知識を携え、現地へ赴いて炊き出しや物資配布に従事 。 炊き出しや物資配布に奔走する中で、自分の経験が誰かの力になる喜びを、身をもって再確認しました。

食を通した人との繋がりの場: 山形で学生団体(やまがたカリーズ)に参画し、「地産地消」「食を通した人との繋がり」がテーマのスパイスカレーを通じて、地域コミュニティの醸成にも関わりました。地域イベントや能登地方でも出店

誰かに指示されたスケジュールではなく、朝起きてから眠るまで、すべての時間を自分の責任で組み立てる。 「他の人とは違うかもしれないけれど、自分で計画し、自分の足で踏み出した1年は、最高に刺激的でした」 。この「自律」の経験を通じて、彼女は19年間の人生で初めて、心の底から「自分のことが好きだ」という揺るぎない自信を授けてくれました 。

■対話から見えた「幸せの基準」
対話会の後半、ある参加者の方から、久音さんの話に共感する声が上がりました 。その方は、持参した本に書かれていた「幸せの基準」に関するワークを久音さんに紹介しました 。 「息が吸える、食べ物があるといった当たり前の幸せを書き出し、それを人生の大きな願いのために差し出せるか問いかけるワークです。結局、誰も差し出せない。私たちはすでに十分すぎる幸せを手にしている、という内容でした」 。 これを受け、久音さんは「震災や家族の病気を経て、今は幸せの基準が低い。だからこそ、日常の中に幸せを見つけられている」と応じました 。大学の帰り道に見る山形の夕景に、心から「頑張ってよかった」と感動できる感性 。その強さは、彼女が過酷な環境から手に入れた、何物にも代えがたい宝物のように見えました。

■結び:立ち止まる勇気が、誰かの希望になる
「今の社会は、やりたいことが見つからないまま早く進路を決めることを急かしすぎている」 。久音さんは、現代の若者が抱える焦燥感を鋭く見つめています。 彼女は今、大学で大好きな「企画」を学びながら、将来は「人が立ち止まってもいいと思えるような場」を作りたいと語ります 。一度レールを降り、自分と向き合った経験があるからこそ、その言葉には圧倒的な説得力が宿っていました。 「立ち止まることは、サボりでも逃げでもない。自分と向き合っている証拠だ」 もし、あなたが「正解のレール」から外れることに怯えているのなら、彼女の笑顔を思い出してください。立ち止まる勇気は、決してあなたを裏切りません。その空白の時間こそが、あなただけの新しいレールを引き直すための、かけがえのない「ギャップイヤー」になるはずです 。

11/05/2026

住所

本町2-10/33
Sendai, Miyagi
980-0014

電話番号

+81223954311

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