生坂村は、清き犀川の流れと渓谷美の山清路、雄大な大城・京ヶ倉の山並み、北アルプス連邦の眺望などの豊かな自然、村を見守ってきた赤地蔵、数百年の生命を紡いできた乳房イチョウと観音堂、金戸山百体観音などの歴史文化遺産、おやき、おにかけ、干し柿などの食文化等々の財産を背景にして、先人達の努力により守り育まれてきました。
【沿革と地勢】
生坂村は、縄文・弥生時代から人々の営みが続けられてきており、江戸時代から明治中期までは煙草産業が非常に栄えました。その後、明治末期頃から昭和50年代までは養蚕が村の基幹産業の位置を占めました。さらに昭和60年代には、巨峰産地づくりが開始され、「山清路巨峰」のブランドを確立させるに至っており、生坂は農業立村を続けてきています。
現在の生坂村は昭和32年3月31日に、町村合併促進法により誕生しています。位置は長野県のほぼ中央にあり、広さは東西5.4km、南北12.
2km、面積38.97k㎡で南北に長い形状になっています。
標高は、役場の位置で519m、年間平均気温は11.2度と、松本平に比べ気候は温暖であり、年間降水量1,000mm前後と県内では比較的少なくなっています。
【産業と就業構造 】
本村の就業者数は昭和50年からの25年間、一貫して減少しており、平成17年には1,066人となっています。
村民の就業者の産業別構成をみると、第1次産業は昭和50年では725人と全体の37.8%を占めていましたが、平成17年には194人と大幅に減少しており、今後ともこの傾向は続くものと見込まれます。しかし、村の先進的な取り組みとして、農地の荒廃防止も兼ねて平成10年から新規就農者研修事業を実施しており、計11名が新規に就農し、村に定住しています。第2次産業においても、昭和50年の728人から平成17年では434人と減少し、構成比も40.7%となっています。第3次産業は500人前後で増減を繰り返しており、平成17年では438人となっていますが、その構成比は41.1%を占めるに至っており、今後も徐々にその比率は大きくなっていくものと予測されます。
【土地利用 】
本村の総面積は38.97k㎡で、内訳は、山林が75%程でもっとも多く、田、畑を合わせた耕地が14.3%、宅地は2.3%、原野が8.0%などとなっており(平成20年)農業離れの進行などにより耕地面積が減少するとともに、増加していた宅地面積も人口減少を反映して平成12~16年には減少に転じていましたが、平成16~20年には減少に歯止めがかかりました。