古津軽

古津軽 古き良き、津軽ならではの暮らしぶりが感じられる、小さな「ものがたり」が生きる里「古津軽(こつがる)」。人との出会いを通して、今につながっているホッコリした暮らしに触れてください😊

古津軽「りんご畑鉄道」として愛されてきた弘南鉄道大鰐線の素敵なお知らせです。ミュージックビデオ「ローカルトレイン大鰐線」の放映がスタートしました!弘前市の音楽レーベル「Tsugaruism Music」さんが制作。中央弘前駅の待合室で流れて...
26/04/2026

古津軽「りんご畑鉄道」として愛されてきた弘南鉄道大鰐線の素敵なお知らせです。
ミュージックビデオ「ローカルトレイン大鰐線」の放映がスタートしました!
弘前市の音楽レーベル「Tsugaruism Music」さんが制作。中央弘前駅の待合室で流れているほか、YouTubeでもご覧いただけます。

MVには、青森県中南地域連携事務所の「『わたしの大鰐線』思い出大募集!」に寄せられた写真を使用。たくさんの方の思い出が詰まった、あたたかい作品になっています。

ぜひご覧ください!
「ありがとう、大鰐線」で検索

「 #弘南鉄道」「 #大鰐線」「 #ローカル線」「 #りんご畑鉄道」「 #青森」「 #津軽」「 #古津軽」

「本所には過ぎたるものが二つあり・・・」 -お江戸に息づく古津軽の記憶-津軽稲荷神社をあとにして、もう少し本所の町を歩いてみます。江戸のころ、「本所には過ぎたるものが二つあり」とうたわれていて、その一つが「津軽大名」なのだそうです。本所界隈...
30/12/2025

「本所には過ぎたるものが二つあり・・・」 -お江戸に息づく古津軽の記憶-

津軽稲荷神社をあとにして、もう少し本所の町を歩いてみます。
江戸のころ、「本所には過ぎたるものが二つあり」とうたわれていて、その一つが「津軽大名」なのだそうです。
本所界隈には、上・中・下屋敷という広大な屋敷地を構え、藩主が用いた上屋敷だけでも、南北約220メートル、東西約110メートル。約8,000坪あったというので、街区まるごとというスケールでしょうか。

その上屋敷があったのが、津軽稲荷神社前の北斎通りを両国方面へ進んだ、現在の緑町公園周辺。
今はマンションが建ち、その前には「陸奥弘前藩 津軽家上屋敷表御門跡」の案内板が静かに立っています。
かつては大きな御門をくぐり、江戸詰めの藩士たちが行き交っていた場所。今、建物の1階には、藩士もびっくりのうどんチェーン店があり、思わずくすっとしてしまいます。

緑町公園の一角には、「すみだ北斎美術館」もあります。葛飾北斎は本所周辺で引っ越しを繰り返していた、“ご近所さん”だったとか。北斎の娘・お栄を主人公にした映画では、津軽藩士が北斎を何度も訪ね、藩邸で屏風絵を描いてほしいと願う場面が描かれています。演出かと思いきや、北斎が津軽藩のために「野馬群遊」屏風一双を描いたのは実際のことなのだそうです。
この町を歩いていると、遠く離れた津軽と本所が、静かに、でも確かにつながっている気配を感じます。
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東京は錦糸町の街なか、ビルに囲まれた一角に、ひっそりと石の鳥居が立っています。「津軽稲荷神社」。確かに“津軽”を今に伝える、小さくも大切な場所です。津軽稲荷神社は、かつて本所に置かれていた津軽藩下屋敷の屋敷神として祀られていた稲荷神。明治に...
21/12/2025

東京は錦糸町の街なか、ビルに囲まれた一角に、ひっそりと石の鳥居が立っています。
「津軽稲荷神社」。確かに“津軽”を今に伝える、小さくも大切な場所です。
津軽稲荷神社は、かつて本所に置かれていた津軽藩下屋敷の屋敷神として祀られていた稲荷神。明治に払い下げられ、現在は錦糸町一丁目町会の守護神として、地域の人々に守り継がれてきたといいます。
鳥居をくぐると、きれいに整えられた参道の両脇に、赤いのぼりがずらりと並びます。地元の店名が記され、町ぐるみで支えてきたことがわかります。

境内掲示の由来書きには、関東大震災、そして戦災によって社殿が二度焼失したこと、
それでも町民の篤い信仰により再建されてきたことが記されています。
その身ではありませんが、なんとも痛み入ります。
社殿の左手には、錦糸一丁目町会会館を兼ねた社務所があります。灯りがともっていたのでお声がけすると、町会長さんと思しき方が、穏やかにお話をしてくださいました。
弘前の和徳稲荷神社が本家筋に当たること。そして、つい先日も「津軽藩士の子孫」を名乗る方が、この津軽稲荷を訪ねてこられたこと。
お江戸の町の片隅で、今も大切に守られている津軽の記憶。やはりその立場にはありませんが、感謝申し上げて帰路に就いたのでした。
#津軽稲荷神社 #稲荷神社 #津軽 #錦糸町 #本所 #弘前 #青森#古津軽

お米のアートとルーツ展示も稲刈体験ツアーもすべて終わり、大型の稲刈機がアートを静かに終幕へと導いていました。黄金色のキャンバスは、あっという間に収穫を終えた普通の田んぼへと戻っていきます。いさぎよい津軽の季節のリズム #古津軽  #田んぼア...
19/11/2025

お米のアートとルーツ
展示も稲刈体験ツアーもすべて終わり、
大型の稲刈機がアートを静かに終幕へと導いていました。
黄金色のキャンバスは、あっという間に収穫を終えた普通の田んぼへと戻っていきます。
いさぎよい津軽の季節のリズム

#古津軽 #田んぼアート #田舎館 #弥生遺跡 #津軽 #田んぼ

黒石市の「中町こみせ通り」を抜けると、明治の香りをそのままに残す金平成園(かねひらなりえん)が現れます。黒石藩の時代から続く土地に、20年の歳月をかけて築いた庭園。津軽独自の庭園流派「大石武学流」の名匠たちが、三代にわたって丹精込めてつくっ...
16/10/2025

黒石市の「中町こみせ通り」を抜けると、明治の香りをそのままに残す金平成園(かねひらなりえん)が現れます。
黒石藩の時代から続く土地に、20年の歳月をかけて築いた庭園。津軽独自の庭園流派「大石武学流」の名匠たちが、三代にわたって丹精込めてつくった庭です。「金平成園」という名前には、「万民に金が行きわたり、平和な世の中になりますように」という願いが込められているといいます。
静かな水面に映る空や木々を眺めていると、明治の人々の息づかいが聞こえてくるよう。
デジタルスタンプラリーをお供に、ぜひ立ち寄っていただきたいスポットです。

#金平成園 #こみせ通り #庭園
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『わたしの大鰐線』思い出大募集!りんご畑列車 ~弘南鉄道大鰐線~昭和レトロな中央弘前駅で切符を買ってガタンゴトン気がつけば、街の景色は一面のりんご畑に。2028年3月末をもって運行休止となる大鰐線。1952年に運行を始めてから、時代を超えて...
09/10/2025

『わたしの大鰐線』思い出大募集!

りんご畑列車 ~弘南鉄道大鰐線~
昭和レトロな中央弘前駅で切符を買ってガタンゴトン
気がつけば、街の景色は一面のりんご畑に。

2028年3月末をもって運行休止となる大鰐線。1952年に運行を始めてから、時代を超えて地域の大切な生活の足として活躍し、様々な景色を見せてくれました。
その大鰐線にまつわる皆さんの思い出を募集中です。

【募集内容】
①思い出の写真、絵
②思い出のエピソード、メッセージ
【応募方法】
・応募サイト専用フォームから投稿
URL:https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kotsu/ch-renkei/My_OwaniLine.html
・郵送または持参
【締め切り】
2025年12月26日(金)

詳細は「わたしの大鰐線」で検索!

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津軽から世界へ ― 「コンデ・コマ」前田光世のふるさと弘前市富栄。広がるりんご畑の真ん中に、ひとつの記念碑が静かに立っています。刻まれた文字は「前田光世先生出生之地」。ここは“グレイシー柔術の祖”として世界に名を残した、コンデ・コマ(コマ伯...
15/08/2025

津軽から世界へ ― 「コンデ・コマ」前田光世のふるさと

弘前市富栄。広がるりんご畑の真ん中に、ひとつの記念碑が静かに立っています。
刻まれた文字は「前田光世先生出生之地」。ここは“グレイシー柔術の祖”として世界に名を残した、コンデ・コマ(コマ伯爵)こと前田光世の生誕地です。
明治初期、この地に生まれた少年は、優しくて力自慢。やがて柔道と出会い、海外へ雄飛し、世界中にその技を広めました。
格闘家として名を成したコンデ・コマは、人生の第2章を日本人のアマゾン入植事業に捧げ、津軽に戻ることなく生涯を終えましたが、その足跡は今も格闘技の歴史に刻まれています。

生誕地のすぐ隣には神明宮があり、鳥居の上にはちょこんと腰掛ける真っ赤な「鬼コ」の姿が。小さな体で仁王立ち(?)するその表情は、どこかいたずらっ子のよう。少年時代の光世も、この鳥居の下を駆け抜けて遊んでいたのかもしれません。

りんごの木の緑と津軽の空に映える赤い鳥居、そして記念碑。静かな風景の中で、古の津軽から世界へ羽ばたいたひとりの少年の物語が、今も息づいています。
#弘前 #柔道 #柔術 #コンデ・コマ #前田光世 #津軽 #古津軽 #鬼コ #鳥居の鬼コ #神社 #りんご畑 #グレイシー柔術

「古の津軽を知る・感じる」ツアー津軽の夏の風物詩「カランカランアイス」!昭和の香りただよう、昔ながらのアイスキャンデーを御馳走に!ひとときの涼を感じる癒しの時間です。実はこれ、弘前観光玄武の会が提供する、まちあるきツアー「古の津軽を知る・感...
05/08/2025

「古の津軽を知る・感じる」ツアー

津軽の夏の風物詩「カランカランアイス」!昭和の香りただよう、昔ながらのアイスキャンデーを御馳走に!
ひとときの涼を感じる癒しの時間です。

実はこれ、弘前観光玄武の会が提供する、まちあるきツアー「古の津軽を知る・感じる」の一場面。藩政時代の面影を今に伝える弘前城の北面エリアを、ガイドの解説とともにじっくり巡る贅沢なひととき。

武家屋敷エリアは、整然とした町割りで垣根や門柱が残る津軽でも特に歴史的な景観が保たれている場所。
時代劇のワンシーンに迷い込んだかのようなお侍住宅を見学し、藩政時代の面影を残す「川崎染工場」、商家・石場家で感じる「町人文化」などなど。
そしてフィナーレの津軽藩ねぷた村では、迫力満点の津軽三味線の生演奏を楽しみ、ねぷた囃子の太鼓にチャレンジ。音と熱気に包まれて、津軽の「魂」に触れる瞬間です。

「古の津軽を知る・感じる」ツアーは、歴史好きの方はもちろん、初めて弘前を訪れる方にもおすすめのプログラムです。ぜひこの機会に、津軽の深い魅力を体感してみてください。

お申込み・お問い合わせは:
📞 津軽藩ねぷた村 0172-39-1511
🌐 弘前観光コンベンション協会「まちあるき」公式サイト
https://www.hirosaki-kanko.or.jp/edit.html?id=tsugaru_machiaruki

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津軽の暮らしに根ざした津軽焼 ― 津軽千代造窯(ちよぞうがま)津軽焼は、弘前で焼かれる陶器。始まりは元禄の頃、四代藩主・津軽信政が江戸から陶工を招き、藩内に窯を築いたことにさかのぼります。日常の用に耐える器として生まれ、津軽の風土、四季のう...
15/07/2025

津軽の暮らしに根ざした津軽焼
― 津軽千代造窯(ちよぞうがま)

津軽焼は、弘前で焼かれる陶器。始まりは元禄の頃、四代藩主・津軽信政が江戸から陶工を招き、藩内に窯を築いたことにさかのぼります。
日常の用に耐える器として生まれ、津軽の風土、四季のうつろいの中で育まれてきた津軽焼には“質実”を大切にする美意識が息づいています。

現在の津軽焼は昭和に入って再興したもの。「津軽千代造窯」は伝統を今に受け継ぎながら、暮らしに馴染む器づくりを大切にしています。

特徴的なのが「なまこ釉(ゆう)」と呼ばれる釉薬。地元農家から譲り受けたワラ灰や、りんごの木灰を使ってつくられる、津軽ならではの素材。焼き上がりの黒を基調とした深みのある色合いは、どんな場にもやさしく溶け込みます。
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住所

青森県弘前市蔵主町 4
Hirosaki-shi, Aomori
0368345

営業時間

月曜日 09:00 - 17:00
火曜日 09:00 - 17:00
水曜日 09:00 - 17:00
木曜日 09:00 - 17:00
金曜日 09:00 - 17:00

電話番号

+81172322407

ウェブサイト

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