渡川one 宮崎県美郷町南郷区上渡川(カミドガワ)をベースに活動する地域活性化?

明日は終戦の日ですね。この話を聞かせて下さった方も今年初盆を迎えられてます。いつまでもあると思ってたものは1日1日無くしていってます。忘れないように忘れてはいけないことを今年もシェアします。
14/08/2021

明日は終戦の日ですね。この話を聞かせて下さった方も今年初盆を迎えられてます。いつまでもあると思ってたものは1日1日無くしていってます。忘れないように忘れてはいけないことを今年もシェアします。

「まぁかんかん照りで暑てぇ〜日じゃったがね。それまで何日も続いとった空襲がピタッと止んで、「今日は敵も休みばい」何て言いよったら朝飯ん時「全隊12時に飛行場に集合」する様に班長から命令が…」

こんにちは。渡川ONEです。さっき職場にいらした88歳のお爺さんが69年前の今日の事とその後の事を話してくれたので、とって出しで書きます。

69年前の今日、19歳の渡川青年が体験したリアルな8月15日です。

ー「天気が良いして暑てぇ日じゃった。かんかん照りで、その前の日まで続いとった空襲がピタッと止んで、おかしいねぇと思いつつも「今日は敵も休みばい」何て話しながら朝飯食いよったら「全隊12時に飛行場に集合するように」ちゅうもん。」

ー「今からラジオで天皇陛下から話があるっちゅうけど、飛行場におるもん全員じゃから。何百人もおるもんじゃから、後ろの方に並んどって始まったけんど、何て言いよるか聞こえんとよ(笑)。ラジオも昔のラジオじゃから途切れ途切れなったりするもんじゃから、全然聞こえんで。放送が終わってから、何人かで「結局何じゃったちゃろかい?」なんて話よったら班長が来て日本が負けたっちゅうもん。」

ー「それ聞いて泣き崩れるもんもおるし、いきなり万歳するもんもおったけんど、おりゃ、たまがりもせんかったがね。同じ隊におった大分出身の奴は「いあんばいじゃ」何て言いよったが(笑)。やっぱり。。とも思たね。」

高等科から乙種予科練に合格して福島郡山で訓練を受けていたが整備兵転向の命令を受け横須賀にいったのが20年3月。

ー「横須賀に行った頃はよ、飛行場に零戦やら紫電っちゅう戦闘機がびっしりあって格好はいいし、もぉ感動してよ「おおぉ、こりゃ、やるばい」と思いよったけんど、6月には飛べる飛行機は1機も無ぇなってしもたとよ。修理してもどんげもならんやつが2〜3台あるだけ。行った分が帰ってきよらんかったから。」

ー「行って10日ばかりした頃(3月10日)東京大空襲があって、(横須賀の)飛行場の上をB29がバンバン何台も隊列を組んで飛んでいたけんど爆弾は落とさんで全部東京に落としたわ。丸2日続けてじゃからね。横浜の港も何回も空襲受けて、あそこはタンカーやら燃料タンクがあるから、それが燃え出したら火は消えんとよ。夜も赤赤燃えとって、それが見えよった。飛行場は2〜3回爆弾落とされただけで大けな空襲はねかったがね。何が敵も知っとったとばい飛行機も何もねぇ事ぐらい。」

ー「整備兵で行たけんど整備覚える前に飛行機は無ぇなってしもたわ。零戦やらは最初はいかったとよ。ジュラルミンで出来とって軽ぅに作ってあってね。空中戦の旋回能力が高けぇしてね。じゃけんど整備する飛行機がねぇから防空壕の穴掘りばっかり。涼しいしていいばっかしじゃったわ(笑)。警報が出たら先先、防空壕の奥まで逃げたりしてね(笑)」

ー「横浜の空襲の後じゃったが、港に死体処理に行けということになって、街の方じゃ真っ黒なって男か女かも分からんとよ。杉の丸太が黒ゴゲで転がっとる様に見えるけど、死体じゃからな。最初2日は足がガタガタ震えて動けんとよ。じゃけんど何もせんと上官に叩かれるし。港にもえらいなこと浮かんどって。街に火がついたから、みんな水の中に飛び込んだっちゃな。じゃけんど、その飛び込んだ海にガソリンまいて火を点けとっちゃな。黒ゴゲじゃし水が入っとるから遺体も重てぇし、手じゃ抱えられんとよ。皮膚が剥がれて引っ付いたとれんなるし、えらいな数じゃから。じゃけんどそれを引上げにゃならんから、死体を飛び口引っ掛けて引上げっと。引上げとはトラックに投げ込んで。あれこそ地獄じゃな。」

ー「情報を何も流しとらんかったから、広島と長崎にも「特殊爆弾が落とされたげな」ちゅう話を班長から聞いただけ、特殊爆弾特殊爆弾っていうだけで原子爆弾っていうもんを知らんし被害やらもあんげな恐ろしいもんとは分からんかったわ。」

ー「トラック1杯に二広ぐらいの竹を持ってきて何すっちゃろかと思いよったら先を尖らしっちゅうもん。槍を作っとじゃっちゅうて。何が爆撃されたり雨のごと機関銃撃たれとるの見とっとに竹槍作れじゃもんな。なんちてやってゆうごたあったけんど、そんげな風じゃから、こりゃ〜いよいよいかんとばいとも思たね。」

ー「(玉音放送の)次の日頃じゃったか班長から残っとった飛行機を処分する様に命令があったがね。もう飛ばん奴じゃけんど。3台ぐらい。押して行って海に沈めたとよ。まだ沈んどるはずじゃ。」

ー「何日かすると色々噂話が出てきて、志願兵はどっか南の島に連れて行かれて基地作りをさせられるげなっていう話で。あぁもうこりゃ渡川に帰れんじゃろなと思たけんど、てにゃわんから、なるごとなれと思いよったね。」

ー「じゃけんど10日ばかりしたら武装解除の命令が出て帰っていいっちゅうもん。それから汽車に乗って帰ってきたっちゃけんど。。。」

ー「途中で広島へんで、この先線路が無くなっとるから降りて歩く様に言われて、降りてみたら、えらいな事になっとって見渡す限り燃えてしもとって。駅ちゅうてもなんもないとよ。向こうの山まで山ごし燃えてしもとって木も1本も残っとらんで禿山になってしもとる。火は消えとったけんど山の土が赤赤なっとったがね。駅の前の道が石畳じゃったが、そこに人の陰が残っとっとよ。石に写っとっちゃから。こりゃ特殊爆弾って言いよったが、えらいな爆弾がおてたっちゅう事は分かったね。」

話聞いたまんまのとって出しなので時系列もバラバラの上、渡川弁口語訳で書いたので、渡川人以外には非〜常に読みづらいに文章になってしまい申し訳ありません。しかし、渡川人らしいウィットに富んで、だおなさ混じり可笑しさを交えながら話してくれましたが、記憶力もよい方なので年月日まで覚えており昨日の事の様に鮮明なお話を聞かせてくれました。

前線の激しい戦闘の話や戦地での話ではないので、戦争とはこんなもんじゃない!!最前線で戦い亡くなられた方とそのご遺族に失礼じゃないか!という様なご意見もあるかもしれませんが、これもこの方が経験されたこの方の戦争です。そして話の途中でこうも言われました。

ー「戦争程、馬鹿なもんはねぇね。勝っても負けても。戦争だけは2度したらいかん。今も集団的自衛権なんの言うて他所の戦争にまで首突っ込もうとしとるが。もっと声を上げて。反対せんと。」

もう本当に、こんな話も聞けなくなってしまいます。少子高齢化の話というとお金の話になりがちですが、こういった事も未来への財産としてしっかり残していかなければと思います。以上長文失礼しました!

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